11話◆ゲームスタートまでは関わらないつもりが。
前世では、リュースと二人で何度も大聖堂の地下門に来た。
前世のヒロイン時代、僕は地下門の鍵を所有しているリュースを、『二人きりでデートみたいですわね、うふふ』なんて言いくるめて何度も連れて来て貰っていたけど……。
ビビリの女神……もとい、女神ヴィヴィリーニアへの祝福の祝詞と、高レベルで放つ結界魔法があれば鍵が無くても一人で研究所へ行ける事がアイテム図鑑コンプリート直前で判明した。
それを知った時、前世の僕はヒロインではあったけど思わず皆の前で
「嘘だろ!今さら!?マジかよ!」
なんて素で言ってしまったもんだ。
男臭かったなぁ、中身が地球人非モテ女のヒロインの素。
だから今世では使わせて貰いましょうとも。
伝説の中でしか使える者が居なかったとゆー上級結界魔法『破』の魔法と、ビビリの女神を称えるだか何だかな祝詞の合わせ技。
黒装束姿で深夜に自室の窓から邸を抜け出して夜間飛行をした僕は、姿を消した状態で大聖堂の敷地内に降り立った。
何処に警備兵が居て、どの辺に侵入者をサーチする魔法があるか等は覚えていたし、難なくスタスタと歩いて地下を目指す。
大聖堂の内部は、相変わらずだだっ広い。
以前に来た事が無ければ迷子になっていただろうと思う。
地下に降りる入り口は大聖堂の最奥部にあり、教会にて聖職者と呼ばれる者達の中でもシェンカー大司教に鍵を授与された限られた者達にしか行く事が出来ない。
僕は結界を一部解除し、難なく中に入った。
ま、聖職者つーのは基本、早寝早起きだから深夜には誰も居ないだろう的な。さっさとマイソード造って帰ろう。
「現れたな!!この慮外者め!!」
━━なんと!!姿を隠し、気配を完全に絶っている僕に気付いただと!?━━
と、思わず身構えてはみたが、どうも僕が相手では無い様だ。
司祭服に身を包んだ綺麗な顔立ちの少年と、魔導師の衣装に身を包んだ少年がいる。
その二人が指さした先には、司祭服を着た見知らぬオッサンがいた。
うん、オッサンは見知らぬオッサン。
だが少年二人には見覚えある…。
乙女ゲームの攻略対象、若き司祭のリュースと、若き魔導師ニコラウス。今はまだ会いたくない相手だ。
何か…内輪での揉め事だろうか?
何だか分からないけど、今夜は研究所を使うの無理な様子。
残念ではあるが、剣を造るのは明日か明後日にして今夜は帰った方が良さそうと判断した僕は地下を出ようと階段に向かった。
「ガキが二人で罠を張りおって、まさかわしを捕らえられると思ったのか!?ハハハ!!甘いわ!!」
「うわっ!!リュース!!」
「ニコラウス!!大丈夫ですか!!」
地下を出ようとした僕の背後で、ガラガラっと壁が崩れる音がする。
オッサンが二人に対し何らかの魔法攻撃をした様子。
おい…これ、教会内部の小さな揉め事じゃ済まん事態だぞ?
オッサン、リュースとニコラウスに攻撃する気満々じゃん。
ゲームスタート地点の来年を待たずに、二人殺されそうじゃん?
つかテメェ……貴重な研究所を破壊する気かよ……。
マイソード作成計画がパーになるじゃん!!
「嘆かわしい!!女神に仕える身でありながら、この様な悪事に手を染めるなど!!」
もう一人、見知らぬオッサンが出て来た。
いや、よく知った顔だ……リュースのお父さんの、大司教シェンカー様だ。
大司教様がバリアを張って、リュースとニコラウスを守っている。
…………一体、ナニが起きてるんだろう?何の揉め事?
何しろゲームスタート地点よりも前の出来事なんで、僕には良く分からない。
この世界が、僕の良く知るゲームに繋がるのであれば……
攻略対象である二人がこの場で死ぬなんて無いかも知れないけど……。
「ふははは!!罠を張ってわしを陥れたつもりだろうが、罠に掛かったのはお前らの方だ!!死ねぇ!!」
オッサン、中々魔法の腕が良い。
と言うか、このゲーム世界の聖職者は神聖魔法に特化してる筈だから、攻撃魔法って苦手じゃなかった?
攻撃魔法使える時点で、中身はもうただの聖職者ではなさげ。
シェンカー大司教様がリュースとバリアを張り、ニコラウスが魔法で攻撃をしている。
大司教様クラスになれば、癒やし魔法や補助魔法メインの神聖魔法にも攻撃魔法はあるハズなんだけど、人が相手では使えないんだっけ?
「何だか焦れったい攻防だよね。イワン。」
僕は隠れて様子を見ながら、黒装束に身を変えているイワンに話しかけた。完全に傍観者だしな。
「わしがレッサーキマイラの素材を奪ってすぐ、再びレッサーキマイラの素材が補充されておるとは、さすがに驚いたがな!
で、あればそれらも奪い、従魔を2体に増やすまでよ!!」
━━レッサーキマイラ?素材が補充?━━
少し話が見えてきた。
昨日の昼に洞窟内で会ったヘタレの魔導師はニコラウスだったって事か。
研究所の貴重な素材を盗まれてたのか。
補充しときゃいいってワケじゃないと気付いての今この状況かな。
「まずは、先日奪ったアイテムにより召喚したわしの従魔レッサーキマイラを見せてやろう!!」
グアアアアア!!!
現れた獣が咆哮をあげ、地下が震える。
中が軋んで、パラパラと屋根の一部が剥がれて落ちる。
威圧効果のある咆哮により、レベルの低いリュースとニコラウスが萎縮してスタン状態となってしまった。
大司教様は大丈夫だったようだけれど、行動不可能状態の二人を守るだけで手一杯で反撃出来ない。
「いいざまだなシェンカー!!わしよりも後に教会に入った分際で大司教なんぞになりおって!!
あんな見る目の無い、空っぽの国王なんぞと仲が良いからだと!?
フザケおって!!このまま息子共々死ねぇ!!」
「息子達だけは、守る!!」
アホな言いがかりをつけるオッサンの魔法と、レッサーキマイラの物理攻撃を2つのバリアを同時に張って耐えるシェンカー大司教様。
僕は正座をして腕を組み、喉元まで出掛かっている何かを思い出そうとしていた。
なんだろう…アハ効果待ちと言うか…産みの苦しみに似てるとゆーか…。
何かを思い出せそう。
「うわああっっ!!」
僕の目の前で、物理攻撃を防御していた大司教様のバリアが割れた。
レッサーキマイラの爪がシェンカー大司教の顔を削り、胸の辺りまでを抉った。
鮮血が飛び、両眼を裂かれたシェンカー大司教が片手を床につく。
「思い出した!!!」
ゲームとしてプレイしていた時は、設定の説明文をほぼスルーしていたし、知らなかったけど……
前世のヒロインだった時にリュースとの親密度を上げる会話イベントで、リュースが辛い過去として話してたわ!!
自分が未熟だったばかりに、父上が傷を負い失明、胸の皮膚を抉られ右腕を失った上に、歩けない身体になったと。
それがコレか!
話の流れ的には、こんな状態でもシェンカー大司教はレッサーキマイラと、あのオッサンを倒した…んだっけ?……。
生きてはいたよな…。
「神をも恐れぬ愚か者よ…!!我が心に在りし女神の聖なる雷鎚を受けよ!!」
巨大な大聖堂地下に激しい電撃が走る。
スパークした電子レンジみたいだ。
聖なる力に弱い、魔物であるレッサーキマイラにはてきめんな様で、尾を踏まれた犬みたいにギャワン!と鳴いて、真っ黒に焦げてズズぅんと床に倒れた。
同時にシェンカー大司教様も床に両手をついてハァハァと苦しげな呼吸を繰り返す。
僕はチラッと、言いがかりオッサンの方を見た。
少しばかりダメージを受けているようだが、あの魔法はやはり人間には効きにくいようだ。
従魔を倒され、逃げるようにその場を去ろうとしていた。
「イワン、アレ捕まえといて。」
イワンは僕の身を纏う黒装束から、髪の毛一本程の細い糸を出し、逃げようとした男の手首と足首を縛った。
僕は黒装束で顔を隠した状態で、消していた姿を現した。
リュースとニコラウスは目を開いてその場に居るが、スタン状態が解けてない為、今はまだ何も見えてないし聞こえてない。
「シェンカー大司教様…お見事でした。レッサーキマイラは倒れましたよ。」
僕はシェンカー大司教様の前に行き、視力を失った彼に話し掛けた。
「……君は……誰だ?」
「怪しい者ではありません…とは言い切れませんが敵ではありません。でも味方でもありません。
私は今、貴方と交渉しにこの場に現れました。」
僕は改めてシェンカー大司教の怪我の様子を見る。
この世界に転生してから、ゲーム画面では知る事の無かった魔物の生々しい死体を幾つも見て来た。
それらを血みどろになりながら解体する作業までも慣れてしまった。
今なら地球人に戻ってもプロハンターでやっていけそうだ。
鹿や猪や熊も倒した上にさばけそう。
だが、人の痛々しい姿には慣れる事は無い。
シェンカー大司教のまぶたごと深く刻まれた顔面は、鼻と口は残っているが、目がもう完全に裂かれてしまっている。
地面に付いた右手も、肩の辺りが捩じ切れそうだ。
「交渉だと……?私は魔の者の誘惑には乗らん。去るが良い。」
潔くてカッコいい。
美形のリュースのお父さんなだけあって、大司教様も若くは無いけど美形だ。
大司教としての心構えも素晴らしい。
「貴方のその姿は…息子さんの心に深い傷を残します。息子さんの心を救えるのは、貴方が私を信じる勇気です。どうか……
私ならば貴方の傷を治す事が出来ます。」
「………傷を治す事が出来るという事は、君は聖職者か…神の恩寵を受けし者なのかね?………ならば、魔に属する者ではないのだね。
条件は何だね…。」
大司教の言葉には上手く返す事が出来ない。
僕は聖職者でもなければ、僕を腐れビッチと呼んだ女神の関係者ではないし。だから質問には敢えて何も答えない。
「私に、この研究所を利用する許可を下さい。人の目の無い深夜だけ、使用させて頂きたいのです。
使用料として、貴重な素材を置いて行きましょう。
必要な物があれば、出来る範囲で手に入れて来る事も出来ます。」
考えながら俯くシェンカー大司教様の下に、滴る血が血溜まりを作ってゆく。
あまり時間を置かれると血が流れ過ぎて、高レベルの僕が唱えるとは言えどハイヒール位じゃ間に合わなくなる。
「…………君の言う事は、普通では有り得ない事ばかりだ。
この酷い傷を治す?貴重な素材を集めて来る?
そんな、有り得ない話をする君が研究所を悪用しないと信じろと。」
「……自分達のせいで貴方を今の姿にしたと彼らは自分達を責めて苦しむ。若い彼らには、その十字架は重すぎる。
……リュース君とニコラウス君の為にも、是非。」
「……分かった…君を…信じよ………ぐぅっ!…」
シェンカー大司教は小さく頷き、そのまま倒れた。
意識は失っていないが、相当血を失ってしまった様だ。
傷も魔物の持つ毒気が化膿を早め、苦痛が激しくなった様子。
もうハイヒールじゃ全治はムリ!
だから早く決めて欲しかったのに!!
「ああああ!!誰にも見せたくなかったのにぃ!!
エクストラヒールうゥ!!!」
僕は、今現在この世界で誰一人唱えられる者が居ない、伝説級の魔法を使わざるを得なかった。クッソ!!




