10話◆僕、ゲームはラブるより、ボコる派なんで。
飛空魔法により、森から去って行ったイワンと名乗った『自称、半ズボンの少年の格好をするのが好きな変態の大人』な少年の姿を見送ったニックは、自身も身体を浮かせて森から去った。
暫く上空を飛行していたニックは王都の中心街にある人の目に付きにくい広大な敷地内にある庭園の隅に降りた。
庭園に降り立ち、黒いローブのフードを脱いで顔を出すとフウと息を漏らす。
「貴方は一体、一人でどこへ行っていたんです!?
いきなり黙って姿を消すなんて!!」
いきなり現れた司祭の衣装を身に纏う少年はニックの腕を掴み、心配から来る苛立ちを隠せない。
いつも穏やかな面持ちの少年司祭であるリュースが滅多に見せない感情を表に出した素の表情を見せた。
「おぉこわ…久々に見たな、怒るリュースなんて。
…俺さ、レッサーキマイラを倒しに行ってたんだ。」
「……!そんなバカな事を!あんなの一人で倒せるワケ無いじゃないですか!!
まさか深淵のへさきに行ったんですか?
大司教である私の父上と、王宮魔導師である君の父君の二人でだって洞窟の完全攻略は難しいって言うのに!
分かっているんですか!ニコラウス!」
激昂して怒鳴り散らす様に説教をするリュースに、ニコラウスは困った様に微笑んで指先で頭を掻いた。
その様子を見たリュースは呼吸を整え、自身を制する。
「まぁ…こうやって無事に帰ったって事は、洞窟内に入る前に思いとどまってくれたって事ですよね……。
ニコラウス…君が私の為を思ってしてくれた事、気持ちは嬉しいけど…君が死んでいたら私は……」
ニコラウスはリュースの前で、アイテムバッグを逆さにして振った。
リュースとニコラウスの前に、互いの姿が隠れて見えなくなる程の大きな羽根が二つと、ボールの様に大きな眼球が4つ、ツララの様に大きな牙が十本以上バラ撒かれた。
「な、な、な、な!!何ですかコレは!!」
巨大な羽根に隔たれニコラウス側からは見えないが、向こう側でリュースがパニックに陥っている様子がうかがえる。
「リュースには、これが何に見える?」
ニコラウスは姿の見えない羽根の向こう側のリュースに、意地悪な質問を投げ掛ける。
だが、これは自身に向けての問い掛けでもあった。
夢でも見ていたのでは無いかと。
目の前にあるこれは、自分の目に見えている物とは違うのではないかと。
「……レッサーキマイラの牙、眼球、翼…に見えますが…そんな…
…まさか、一人で倒し…そんなの有り得ませんよ!
魔法が使えるだけで戦う術を持たない君が、あんな魔物を倒すなんて!」
やはりレッサーキマイラの━━
ニコラウスはリュースの答えに、改めて信じられ無い現実を突き付けられた。
「だいたい、レッサーキマイラは洞窟最奥部に居るんですよ?
無事に最奥部まで辿り着くなんて無理ですよ!」
興奮状態で熱弁するリュースの声を聞きながら、ニコラウスはいまだにふわふわとした夢の中に居るような気がしていた。
実際、自分は死に掛けていたのだから。
「奇跡でも起きない限りは無理です!」
リュースの言う様に、ニコラウスは改めて自分の身に起きた事が奇跡だったのだと気付いた。
倒せるハズの無い魔物を簡単に倒せる少年に会えた事も、欲の無い少年が貴重な魔物の素材を全て譲ってくれた事も。
生きて帰れた事も。
「ああ、奇跡だ。すべてが普通…じゃなかったんだ。
あの子は、たった一人で軽くあしらう様にキマイラを倒して……
全てを俺に譲って去って行った。」
ニコラウスは自分が飛んで来た空を見上げる。
つい、先ほど森から飛んで去って行くイワンの背中を見送った事を思い出した。
見上げた空の陽射しを遮る様に出した右手の中指に、イワンがくれた指輪が装備されたままだと気付いた。
「また、あの子に会いたい……。」
「何ですかそれは……誰かに恋でもしました?
お相手は、冒険者のお嬢さんですかね。」
呆れるリュースを尻目にニコラウスはキマイラの素材を再びバッグに片付けた。
巨大な羽根が無くなり互いの姿が見え、顔を見合わせた二人は、共に暗い表情となり、ニコラウスから重い口を開いた。
「やはり…誰かに盗まれたのか?」
この大聖堂の地下では、魔の出入りが容易に出来ない様に女神の御力を借り堅固な結界が張られた研究所がある。
そこには、集められた魔物の素材が研究の為にと多く保管されているのだが、先日レッサーキマイラの素材が盗まれたのだ。
「ニコラウスの気持ちは嬉しいのですが、失った物を新たに補充しておけば済む問題ではないのですよね。
大聖堂の地下は、父上の許しを得た者でなければ誰も立ち入る事が出来ない場所。そんな場所から…。」
リュースは言葉を濁してハッキリとは言わない。
だからニコラウスが代わりに言った。
「金が欲しいだけなら研究所なんか行かなくても、大聖堂で簡単に手に入る高価なモンいっぱいあるだろ。
これはもう……魔物であるレッサーキマイラを呼び出して従属させるつもりのヤツがいるんだろうよ…この教会内で、大司教様の信頼を裏切った奴が。」
「女神に仕える身である我々の仲間の誰かが……ですか。」
何とも言えないドロリとした気持ちが胸に渦巻く。
「リュースの父君…大司教様は今回の事で責任を問われたりしないのか?」
「するでしょうね……心配させまいと、大丈夫だとは言ってくれてますが……
教会内部に盗みを働き、魔を手にしようとする者が居たことに気付かなかった事は大きな失態です。
国王陛下と知己の仲の父上と言えど…。」
リュースは青白い顔をして項垂れた。
もし、盗まれたアイテムを使用してレッサーキマイラを呼び出し、国を混乱に陥れる様な輩が現れたりしたら…。
魔物を使役し王族の暗殺を目論んだりされたら…。
その責任を問われた管理者は、どんな重い罪を課せられる事か。
ニコラウスは、リュースの憂いを断ってやる手段が見付からず気の利いた慰めの言葉も浮かばない。
「何かが起こる前に、俺達でソイツを捕えて突き出せば…」
「どんな危険な人物かも分からないのに?…現実的ではないですよ。
我々は、少し魔法が使えるだけの何の力も無い脆弱な子どもですから…」
リュースの言葉に、暗く沈み俯いていたニコラウスが顔をハッと上げ、リュースの肩を掴んだ。
「子ども!脆弱でない子ども!リュース、イワンを探そう!
彼なら、何とかしてくれるかも…!」
「イワン…?それは誰ですか?」
「俺が大聖堂を飛び去ってから素材を手に入れた今に至るまでを詳しく話すよ。その脆弱でない子どもの事も。」
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「やったぁ~!」
深淵のへさきから帰宅した僕はゴキゲンだった。
自室のベッドにダイブして、猫の姿になった岩ノリのイワンを抱き締めてゴロゴロ転がる。
だって欲しかった蘭鉱石というレアアイテムが大量に手に入ったたんだもん!!
え?レッサーキマイラの素材?
あんなモン、レアでも無いし何の役にも立たない。いらない。
売れば金にはなるけど侯爵令息の僕には、はした金。
素材があれば、レッサーキマイラを造り出せると言うか呼び出せるけど、ワンパンに近い状態で倒せるモン呼び出してもさー。
経験値にもならないし。
その点、蘭鉱石はレベルが50にならないと入手不可な武器製造に必要なアイテム。
乙女ゲームとして、サッサとゲームをクリアしたプレイヤーには存在すら知らない人も居るんじゃないかな。
この世界を、RPGとしてジックリやりこまないと多分気付かない。
このゲームでは自分で武器やアイテムを造れるスキルがレベル50で解放される。
僕は、そのスキルと蘭鉱石を使ってオリジナルマイソードを造りたいのだ!!
「父上がくれた剣、僕が本気で振ったら折れるんだよね。」
殺傷能力有りの本物の剣ではあるけれど、子ども用に軽く短くしてある分、耐久性が低い。
レベル99を越えてるらしい僕の本気には耐えられそうも無い。
「って、よく考えたら何処か鍛冶場を借りないと造れないじゃん!!」
ヒロインだった前世の時は、学園内部の研究室の鍛冶場を借りたり、学園を出て旅に出てからは大聖堂の地下研究所にて場所を借りていた。
今の僕が学園に行くのは勿論無理だし、一般人には存在を隠されている大聖堂の地下研究所の存在を、こんな子どもが知っている上に借りたいなんて言ったら頭オカシイし、第一貸してくれそうなツテもない。
「ああっ!クソ…!ヒロインの時は、ベタボレなリュースが二人きりになれるからと、喜んで大聖堂地下に案内してくれていたのに!
ヒロインではない今世では、大聖堂を借りれないかも知れない…。」
となると、来年学園に入るまでオリジナルマイソードはお預け?
えー!!ヤダ、すぐ手に入れたいじゃん!マイソード!
……いや、24時間フル稼働の学園研究室とは違い、深夜の大聖堂なら誰も居ないかも知れない。
ひそかにコッソリ不法侵入して鍛冶場を借りたり出来ないだろうか。
使用料として超レアアイテムの蘭鉱石をひとつ置いてくれば、お釣りがダダ漏れする位だよ!
WIN-WINだし、良くないか?誰も損しない。
善は急げで、僕は今夜大聖堂に忍び込む事にした。
誰かに見つかった場合の事を考え、半ズボンではない、忍者みたいな黒装束を身に着けた。
と、言うかイワンがそんな衣装に変化した。
なんて便利なヤツ。
「これで、万が一見つかったとしても、小さい大人だと言い張ろう。」
見つかる事を前提みたいな覚悟もどうかと思うけど。




