俺が友達を作らない訳
「フラウのおとーさんは、せんそーでしんだの。おかーさんもしんだの。フラウだけになったの。とってもさびしかった」
フラウは泣きはらした目をこすってそうつぶやいた。
「だから決めたの。友達いっぱい作ろうって。フラウは一人じゃなくなるの。タウになるの。おとーさんは、神さまたちフラウのこと大好きだからだいじょうぶって言ってた。だからフラウは目と耳がいいの。どこでも行けるの――」
冬狼を見失ってから一時間ほど。
俺たちはギルドに戻ってきていた。
また隅の方の椅子に集まり、フラウには豆のスープを飲ませていた。
ようやく落ち着いてきて言ったのがさっきの言葉だ。
「タウになる?」
「彼らの言葉でたくさんって意味」
シエルがそっぽを向きながらも教えてくれる。
「タウ、たくさん、たくさんのわれら。タウ族よ」
むすっとした顔は標的をとり逃した苛立ちのせいだろう。
だが、あるいはもしかしたらもっと別の感情かもしれない。
例えば我が子につらく当たりすぎて後悔する母親のような。
「フラウたちはもういっぱいじゃないから、だからいっぱいになりたい。友達がほしい」
「だからってあんな危険な真似しないでよ」
「ごめんなさい……」
素直に謝られてなおさら居心地が悪くなったのか、シエルの方が後ろめたそうに顔をしかめた。
「……わかればいいのよ」
気づまりな沈黙が落ちる。
何も言えないのは話を始めようとするとどうしても意見がぶつかることがわかっているからだ。
俺とシエルは冬狼を捕まえたい。
フラウは冬狼を――シャルーを守りたい。
だからどうしたところでこれは破れない沈黙だった。
何かを言わなきゃいけないことはわかっていても、それでも何を言うべきかわからない。
「あー……なんつーか」
喉から絞り出せたのは、そんな不器用な声だった。
途中で途切れそうになるが、なんとか言い切る。
「俺も悪かった」
フラウの耳が不思議そうにぴくんと動く。
「なにが?」
「なんで友達を作らないか訊かれたとき、チビには難しいって言った」
好かれることを当然と信じる子供には理解できないと思った。
だけどそうじゃなかった。
「考えが浅かった。悪い」
「……」
フラウが無言で見つめてくる。
俺はその視線に少したじろぐ。
しばらくまじまじと見つめてきた後にフラウが言ったのは、こんな言葉だった。
「なんで友達は作らないって決めたの?」
「それは……」
答えるかどうか迷った。
それは俺の心の柔らかい部分だ。
とても脆くて弱い。
言えばもう引き返せない。
だが答える前に事態が動いた。
ギルド本部の入り口から駆け込んでくる奴がいる。
「冬狼……冬狼を見つけたぞ!」
建物の中の人々が色めき立つ。
フラウが血の気の引いた顔で椅子を立つ。
「どこだ? もう捕まえたのか?」
「いや、それが、かなり大事になってるんだ」
「なんだ。要点を言え」
せっつかれて、男は手を大きく広げた。
「あいつ、城門前広場で大暴れしてやがる!」
◇◆◇
城門前広場は昨日も通った。
グノーサ市に入ってすぐの、大勢の人が行き交う屋台や露店があった場所だ。
とにかく広くて活気があった。
が、今はめちゃくちゃだった。
雪の混じる寒風が吹き荒れている。肌に触れるだけで痛みを覚えるような刺すような冷たさ。
その中を逃げ惑う人と人と人。
風は竜巻のようにばらけた屋台の破片を巻き上げ、あたりに壊滅的な被害を与えている。
時折それらの間に何かが素早く駆け回っているのが見える。
冬狼だ。
汚れて灰色だった体の毛は今は白銀色。
目をらんらんと光らせてその本領を発揮している。
「くぅ……!」
ギルド員たちも大勢広場に集まったが、暴風の勢いに圧されて手出しができないようだ。
時たま突撃する奴もいる。
そのたびに風に跳ね返されて転がっている。
「シャルーちゃん」
フラウが呆然と呟く。
「シャルーちゃん!」
彼女の声は届かなかったようだ。
冬狼は構わず暴れまわっている。
「危ないわ。下がって」
「うん……」
耳としっぽを垂れて、ひどく落ち込んだ様子でフラウはうなずく。
その数歩前方に、飛んできた陶器の破片が落ちてさらに細かく砕け散る。
「シャルーちゃん……」
「泣かないの。わたしがついてるでしょ」
フラウの頭をぽんぽんと撫でるシエルを横目に、俺は周囲を見回した。
何か役に立つものはないかと思ったのだがあいにく何も見つからない。
大体のものはなぎ倒さればらばらにされ、無残な姿をさらしている。
耳を澄ます。
風の音にまじって、人々の悲鳴と子供の泣き声が聞こえる。
「……もしあの吹雪の中で倒れてる奴でもいたら、どれくらいもつと思う?」
シエルに訊ねる。
「この低温よ。そう長くは……」
なら急がなければいけないが。
下手に手を出せばさらに本気の抵抗を食らって死人が出るかもしれない。
どうする?
俺は考えて、もう一度見回した。
さっきと何が違うわけでもない。
遠巻きにするギルド員の人数は増えたかもしれないがそれでどうなるものか。いや……
増えたのはそれだけじゃなかった。
俺は制服姿の男を視界に収めながらフラウに話しかけた。
「なあ。さっき訊かれたことだけどな」
「え?」
フラウはなんのことかわからなかったようだ。
だが構わず続ける。
「俺は嫌われ者だ。いろんな奴に嫌われまくった。でも妹とじいちゃんだけは仲良くしてくれたんだ。その二人が去年死んだ。その時俺はもう一生友達を作ったりとか、人と親しくはならないって決めた」
「……」
フラウはぽかんと俺を見上げていた。
その顔に、にやりと笑いかけてやった。
「シャルーを助けてやろう」
「……うん!」
フラウは大きくうなずいた。