シャルーちゃん
さっそく街に出て捜索を開始した。
「冬狼ってどんな魔獣なんだ?」
依頼用にギルドの店で買った丈夫なジャケットとズボン。
ごわごわとあまり体になじまないその表面を撫でて俺は訊ねた。
前を歩くシエルは周囲に隙なく視線を飛ばしながら答える。
「成獣は見上げるくらい体高が高くなるわ。雪山に紛れるために白い体毛。厚い脂肪。だからちょっとやそっとの攻撃は意味がないし、そもそも素早くて手ごわい。彼らのフィールドでは絶対に敵に回しちゃだめよ」
言葉通りを想像すると確かにヤバそうな猛獣だった。
体高が見上げるくらいってどんだけだ。
「でも彼らの能力はそれだけじゃない。本当に厄介なのは天候を操ることよ」
「天候を?」
「魔獣って言ったでしょ。彼らも魔法を使うのよ。雪を降らせ吹雪を起こす。山で不自然な気候の変化があったら彼らの接近を疑った方がいい。まあ大体の場合手遅れだけど」
「……」
俺は黙ってそれらの情報を吟味した。
そしてベルトにセットした短剣を見下ろす。
「……これ、出会ったら確実に死ぬだろ」
「そうね。覚悟なさい」
「正気かお前」
俺の言葉を、シエルは鼻で笑った。
「選択肢がないって時に自分の正気を疑っても意味ないわよ」
俺はシエルの後姿を眺めた。
大きな杖を持った、ローブ姿の細いシルエット。
強力な技を使うところは何度か見たが、見上げるほどの猛獣をねじ伏せられるようにはとても見えない。
「……お前の目的ってなんなんだ?」
「なんのこと?」
「とぼけるなよ。選択肢がないって言ったんだ。やるしかないってんなら何のためにそんなに必死になるんだって聞いてんだよ」
「一体何を言ってるのかしら」
シエルは振り向かずに歩いている。
だがその背中にわずかにこわばったのが俺にはわかった。
「フラウが言ってた、ガンナロードって何なんだ」
「……」
シエルの足が止まった。
数呼吸の間を置いて、振り返ってくる。
「余計な質問でわたしの集中を乱さないでくれる? ウザいんだけど」
「……」
俺はその険しい目を真正面からにらみ返す。
緑色の澄んだ瞳。
もうそこには緊張も恐れもない。
「もういい? 行くわよ」
俺は舌打ちしてから、後はもう何も言わずに、その後ろに続いた。
◇◆◇
捜索は芳しくなかった。
街をくまなく歩きまわっても(と言っても一日で回りきれる広さではないようだが)、どこにも影も形もその痕跡も見つからなかった。
もう半日は歩き詰めか。
見上げると太陽がかなり傾いている。
そろそろおかしいなと思っていた。
シエルもそれは同じようだった。
「なあ、冬狼は見上げるくらいの大きさなんだろ。なんでこんだけ探して見つからないんだ?」
「よほどうまく隠れた? それとももうグノーサの外に出たかほかのチームが捕まえた……?」
俺に返事したというよりは自問しているようだが。
「だとしてもそんだけの猛獣が出て街が騒ぎになってないなんてありえないだろ。そもそも依頼自体がなんかの間違いだったんじゃねえの?」
「……」
シエルは顎に手を当てたままうつむいている。
よほど考え込んでいるのかもう俺の声にも反応しない。
「なあ、いったん、本部だっけ? 戻ろうぜ。またなんか新しい情報が入ってるかもしれないしよ」
「……」
やっぱり返事はない。
俺はため息をついて街を振り返った。
昼下がりの光が降り注いでいる。
この調子では今日中に見つけることは無理だろう。
そして今日が無理なら明日も延々歩くことになるかもしれない。
「うわ面倒くさ…………ん?」
見覚えのある背中を見つけた。
すぐそこの細い路地の入口。
ボロ着とぼさぼさ髪、ピンと立った獣耳。
「……フラウ?」
近寄って声をかけると、小柄な少女はこちらを振り返って見上げてきた。
しゃがんでいたのだ。
「カズキ?」
「なにやってんだ?」
訊ねる。
フラウはそれを聞いて得意げに鼻を膨らませた。
「知りたい?」
「いやあんまり」
「なんで! 聞いてよ! 自慢したい!」
俺はフラウをざっと観察した。
彼女が今いるそこは食堂と思しき建物の裏手。
ゴミ箱と積み上げられた木箱とがあって割と臭う。
少し考えてから俺は言った。
「残飯あさり?」
「ちがうよ! フラウお腹はいっぱいだもん!」
「じゃあなんだよ」
「むっふー」
また得意げな顔に戻って、彼女は並んだゴミ箱の間に手を突っ込んだ。
灰色の毛玉をごわさと抱え上げる。
「シャルーちゃん! 友達!」
「……?」
毛玉は、よく見ると猫だった。
フラウの腕の中からキラキラした目をこちらに向けてくる。
違和感のあるくらいものすごい長毛だ。
いや長いというか多い。
いくらか刈りとってやらないと暑さで死ぬんじゃないかというくらい毛の層がありそうだった。
変な猫だ。
「ちょっと前にそこで会ったの! お腹すいてたんだって! すっごくかわいそう!」
「……へえ」
「ちょっとケンカしたけど今は友達!」
「ケンカ? なんで」
「おいしそうなパンがあったから、その……」
「……」
残飯の取り合いになったらしい。
気まずそうに目をそらすフラウの頬には、かみつかれたっぽい傷のあとがあった。
……結局あさってんじゃねえか。腹はいっぱいなんじゃなかったのかよ。
「で、でもシャルーちゃんの方がちっちゃいからパンはあげたよ。フラウはえらいから! セーフ!」
「えらかったらそもそも動物と残飯の取り合いなんてしないんじゃないか普通」
「……アウト?」
「いややりたきゃやればいいけど」
「じゃあやるー!」
「やりたいのかよ」
「なに? またその子?」
声に振り返ると、いつの間にかシエルが真後ろに立っていた。
かなり引いた顔で言う。
「どこ行ったかと思えばもう残飯あさり? さっそく奴隷以下に落ちてどうすんのよ」
「むぅー……ふたりとも友達なのにいじめること言う……」
「友達じゃないぞ」
「友達じゃないわ」
「ちょっとくらい迷ってから言ってよー!」
涙目でフラウが飛び跳ねる。
その腕の中で毛玉がもさもさ揺れた。
「はあ……時間無駄にした。さっさと捜索に戻るわよ」
「だからいったん本部に戻ろうぜ。さすがに疲れたしよ」
シエルと俺はぼやきながら大通りに歩き出した。
が、その行く手にフラウが走って回り込む。
「ダメ! 行っちゃダメ!」
「……」
シエルと顔を見合わせる。
あっちは明らかに面倒くさいことを嫌がってる顔だった。
後は任せたという無言の圧を強烈に感じる。
仕方なくしゃがんでフラウと視線の高さを合わせる。
「通してくれ」
「友達になってよ!」
「そっちの怖い姉ちゃんはどうだか知らないけど俺は友達なんて作らないって決めてるんだ。悪いな」
「なんでそんなさびしいこと言うの!?」
「……お前みたいなチビにはまだ難しいよ」
俺は首を振りながら答えた。
出会う人全てに嫌われるということがどんなことかなんて、好かれるのを当然と信じている奴に理解できるわけがない。
「ふんだ! わかってもらう気なんてないくせに! いくじなし!」
フラウに同調したのか、その腕の中の猫もウーッ、とうなり声を上げ始めた。
俺は取り合わずに立ち上がった。
いつまでもチビの駄々っ子に付き合っているわけにもいかない。
「じゃあな」
シエルを振り返って手ぶりで促す。
フラウはもう邪魔してはこないだろう。
多分もう会うこともない。
が。
「……?」
シエルは何かを凝視したまま動かなかった。
まるで凍り付いたように硬直している。
「……どうした?」
言いながら俺は嫌な予感がした。
猫のうなり声がさっきよりも大きくなっている。
「グルルル……!」
はっとフラウの方に視線を戻す。
猫は毛を逆立て、犬歯をむいていた。
犬歯?
違和感は、そうだ、さっきからあった。
「こいつ……」
視界の端に白いものがよぎる。
一つ、二つ、三つ。
雪。
「下がって!」
シエルの声とともに飛びのいた俺を追って、フラウの腕から猫が飛び出した。
……いや、猫じゃない。
「冬狼!」
その瞬間、寒風がその場に吹き荒れる。
俺の喉元を狙って、猛獣の牙が光った。