友達になってよ!
しばらくして獣人の幼女が目を覚ましたので、俺は彼女を隅にあった椅子に座らせて、店で手に入れてあった道具で手当てしてやった。
痛がるかとも思ったが、幼女はそういうそぶりは全く見せなかった。
ただ、手当てが終わるや否やこう言った。
「友達ね!」
俺は少しだけ考えて、訊ねた。
「何が?」
「フラウとカズキ!」
俺はまた考えた。今度はさっきより長く考え込んだ。
「なんで?」
「わかんない。でもそうだから」
彼女には自明のことだったらしい。
「友達のカズキ。ありがとう!」
「ううん?」
いろいろと訊ねたいことはあるが。
とりあえず確認しておいた。
「フラウっていうのか」
「うん!」
「なんで俺の名前を?」
「違う?」
「いや合ってるけど」
「そかー。よし!」
「いやよしじゃなくてな」
なんだか会話がかみ合わない。
いろいろと見失いそうになるがこれだけは念押ししておく。
「あと友達じゃないからな」
「えー! なんでえ!?」
悲鳴のような大声に耳を塞ぐ。
「なんで? なんでなんでなんでどうして?」
「助けたくらいで友達になんてならん。道理をわきまえろ」
「難しいわかんないずるーい!」
フラウという名のその幼女はさらに俺に詰め寄ってきたが、というか飛びかかってきたが、ちょうどその時シエルが向こうからやってきた。
「奴隷商との話はついたわ。あなたたちのギルド登録も済んだ。……何やってるの?」
フラウの一撃に倒れかかっている俺を見て不審そうに顔をしかめる。
「え? なに? そんな小さい子を襲うの?」
「どう見ても襲われてるのは俺だろ馬鹿」
受け止めたフラウの体を床に下ろしてシエルに向き直る。
「もう終わったのか? 早いな」
「まあ金の話だからね。ある程度はきれいに終わらせられるわよ。それより本当に襲ってないの? 大丈夫? 変態?」
「いい加減にしろよ……ていうかそれより、こいつの分もギルドに登録したのか?」
「そうよ」
彼女はそう言って(疑惑の目をもう一度俺に向けてから)、フラウに向き直る。
「というわけであなたはこれから自由よ。と言っても昨日までよりはってことだけど。ギルド登録の際の資金貸付制度であなたの身柄を買ったから、これから精一杯働いて返済していくといいわ」
「……?」
言われたフラウはよく呑み込めてなさそうな様子だった。
まあ確かに複雑なことが理解できるような歳にも見えない。
シエルがかぶりを振る。
「まあいいわ。とりあえずどこかのチームに入れてもらって荷物持ちでもなんでもしてなさい。幸いあなたそんなに高くなかったから数か月もすれば完済して本当に自由よ。もちろん返済せずに逃げるのもありだけど、ギルドを敵に回すのはおすすめしないわね……」
「シエル・ガンナロード?」
「……っ!」
フラウのつぶやきに、シエルがはっと目を見開いた。
よろめいたようにすら見えた。
「あ、なた、一体それをどこで……」
フラウはそんな反応の方がわからなかったようだ。
「うその名前? なんで?」
何か言いかけてシエルは口をつぐむ。
それから咳ばらいすると、しっしっと手を振った。
「何を言ってるかわからないけど、わたしたちに付きまとっても何も出ないわよ。さっさとどっか行きなさい」
「えーやだー! 友達になってよ!」
「嫌」
シエルが言うと同時、フラウが突進する。
で、避けられぺちゃんと転ぶ。
しばらく何も言わずうつぶせのままだったが、急に顔を上げてわめきだす。
「ひどい! 泣く! なんでだれも友達になってくれないの! けち!」
「えーと……」
なんとも言えずうめくしかないが。
とりあえずシエルに向かって顔をしかめる。
「本当にこういう放り出し方で大丈夫なのか?」
「問題ないわ。わたしだって最初はこんなものだったもの」
「マジか。この世界の常識シビアだなぁ……」
「おにー! あくまー! こぶたー!」
「うるさいわね」
「ぶった! 今フラウのことぶった!」
「ちょっとぶったたいただけでしょ」
「それ言い逃れできてねえだろ」
「いいの。とりあえず言っておけば信じる奴もいるわよ」
「そうか……?」
そんな感じでがちゃがちゃやっていると。
唐突に建物の入り口ドアが開いた。
なんだ、と思う間もなく制服姿の男が早足で奥へと歩いていく。
「役人?」
シエルがつぶやく。
と、なぜか同時にフラウが反応して獣耳を立てる。
「来た!」
そのまま反対方向へ駆け出して、外へ飛び出して行ってしまった。
「……なんなの?」
目をぱちくりさせてシエルが言うが、俺にもわかるわけがない。
それより後ろの方が騒がしかった。
振り向くと、さっきの役人が受付の方でなにやら焦った様子でやり取りしている。
それを眺めながらシエルが目を細めた。
「もしかしたら大口の仕事が入るかもね」
「大口の仕事?」
俺が疑問を口にするのと同時、掲示板に紙が貼りだされた。
すぐに人だかりができる。
シエルはその間をかき分けて掲示板に近寄った。
俺もその後に続いた。
見上げた紙には数行の文章が書いてあるが日本語ではないようで読み取れない。
話し言葉は日本語でも、書き言葉までは同じではないということか。
文章の脇には何か動物らしき絵も描かれていた。
「なんだこれ。犬か?」
「冬狼ね」
冬狼?
俺はシエルを見る。
「本来は寒冷地の山間部に住む魔獣だけど、それが街に出たみたい。捕まえろってお達し」
「……そういうことってよくあるのか?」
「ないわよ。ないからわざわざ帝国のお偉いさんから依頼が出てるんでしょうが」
「え?」
聞き返すとシエルはため息をついて貼り紙を指さす。
よく見ると紙の右下に朱色の印が押してあった。
剣と冠と、バラを合わせたどこか気品のあるマーク。
「この依頼、絶対こなすわよ」
俺はシエルを振り返る。
彼女の瞳は珍しく強い光を灯している。
「これを足掛かりに、帝国の上層部にコネを作らなきゃ」
俺は何も言えずに唾をのんだ。
その数分後、俺たちは本部の建物を出た。