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獣人の幼女

 朝目が覚めると、すでに窓の外の日は高かった。

 ベッドをおりて部屋の外に出ると、シエルもちょうど隣の部屋から出てきたところだった。


「出発するわよ。準備はいい?」


 俺はあいまいにうなずいて、シエルの後に続いた。


 宿を出て道を歩く。

 街の様子は昨日と変わりはなかった。

 石造りの建物が並んでその間の大通りを大勢の人が行きかっている。


「どこへ行くんだ?」


 俺は気になって訊ねた。

 あの大荷物は宿に置きっぱなしだったから遠出ではないんだろうけど。


「あなたは昨日、勇み足を踏んだ」

「え?」


 急に非難されて、俺は思わず聞き返した。


「元いた場所に帰りたいと駄々をこねて自分勝手に判断した挙句、ことを急いて死にかけた」

「……なんだよいきなり」


 苦い味をかみしめながら訊ねる。


「昨日起きた事実の確認よ。もしかしたら認識が一致してないかもしれないから一応と思って」

「で、何が言いたいんだ?」

「これからはわたしの方針に従ってもらう。わたしの指示を何を差し置いても第一に優先しなさい」


 断る。

 と、突っぱねられるほど昨日の借りは小さくなかった。

 たとえ頼んでないことだといえどもだ。


「……わかったよ。勝手に先走ったりしない。剣神教団との接触もとりあえずは諦める」


 しぶしぶと承知する。


「それとわたしの禁術の完成を手伝うこと」

「はいはい、それも了解」


 お手上げのポーズで告げる。


「で、そろそろ教えろよ。どこに行くんだって?」

「冒険者ギルドよ」


 言って、シエルは行く手の白い建物を指さした。




◇◆◇




 その建物は市庁舎に似ていた。

 日本のというよりは外国のだ。


 一見城のようにも見えるが、それよりは質素で頑丈そうな外観。

 周りのものよりも大きな図体。

 中も広く、大きな柱が数本、天井を支えるためにずっしりとそびえたっている。


「ここが冒険者ギルド……」


 見回すと受付らしきカウンターがあるだけでなく店もいくつか開いている。

 武器に防具、旅の食糧、雑貨屋らしき店もある。


「ぼーっとしないの。田舎者丸出し」


 うっせーよ。

 田舎っつーか異世界だよ。


「で、俺は何をすればいいんだ?」

「とりあえず受付で登録手続きをしないとね」

「俺もギルド員になるってことか?」

「そうよ。何かと便利だからね。嫌?」

「そうじゃねえけど、なれるのか?」

「登録には審査もあるけど、まあわたしの推薦があればそう難しくないわよ」

「へえ……」


 何となくだけどシエルは結構すごい奴なのかもしれない。


「ほら行くわよ」


 促されて受付へ向かう。

 俺はシエルの後に続きながら、周りをそれとなく見回した。


 いろんな人がいる。

 掲示板の前で張り紙を物色する青年、難癖付けて干し肉を値切る中年の女。

 どう振るうんだかわからないような長物の剣を軽々と運ぶ鎧の老人。

 それからボロ着をまとったやせぎすの幼女……


「幼女……?」


 違和感を覚えて俺は立ち止まった。

 振り返って視線をめぐらす。

 違和感の正体はすぐに見つかった。


「ねえおねがーい、誰かフラウと友達になってよー!」


 その幼女は、まだ短い手足をわたわたと振りながら精一杯声を張り上げていた。


「なんでー? なんで気づいてくれないのー? フラウが見えないのー?」


 ぼさぼさの長い髪を振りながら手近な女の足元に駆け寄る。

 さっと身をかわされてぺちゃんと転ぶ。


「ひどい! 泣く!」


 言う割には起こした顔には涙の気配すらなかったが。

 めげずに別の人間にかかっていく幼女を見ながら俺は首を傾げた。

 なんだあれ。


「タウ族ね」


 声に振り向くと、シエルがすぐそばに立っていた。


「タウ族?」

「別の呼び方をするなら獣人よ。あるでしょ。頭のてっぺんに」


 目を凝らすと、ぱたぱたと走り回る幼女の頭にピンと立つ獣耳が見えた。あと尻にふさふさのしっぽ。

 思わずうめく。


「うわ、さすが異世界……」

「おおかたどこかの奴隷商のとこから逃げだしてきたんでしょ。ギルドに逃げ込んだのは悪くないけど、どのみち逃げ切れるもんじゃないんだから意味ないわね」

「奴隷?」

「来たわよ」


 シエルのつぶやきと同時、バタバタと大きな足音が入り口の方から向かってきた。

 足音だけじゃない。

 怒声もだ。


「こなくそ! ガキが! ここにいることはわかってるんだ!」


 見ていると、人を押しのけて恰幅のいい男が人相の悪い二人を連れて姿を現した。

 息を整えながら拳を振り上げる。


「ここにいたかクソガキ! 冒険者ギルドなんぞに逃げ込んで、何を企んだかは知らねえが俺から逃げられるなんて思うなよ!」


 ボロ着の幼女は男をちらりと見上げて、


「フラウと友達になってくれる人ー! 手をあげてー! はーい!」

「聞け!」


 奴隷商は顔を真っ赤にして怒鳴る。

 幼女は彼に向き直るがおびえてはいなかった。

 それどころか頬を膨らませて言った。


「聞いたら友達になってくれる?」

「なるか!」

「じゃ聞かない。フラウは友達作りいそがしーの」


 そのころには奴隷商と幼女の周りには人だかりができていた。


「なんだなんだ?」

「タウ族の奴隷が紛れ込んだって……」

「このギルド本部に? どうやって」

「さあ行くぞ!」


 最後の声は奴隷商だ。

 幼女の首根っこをつかんで無理矢理に連れて行こうとする。

 幼女は暴れたが抜け出せないようだった。


「はなしてー!」

「無駄だ無駄だ! せいぜいおとなしく――いつっ!」


 偶然だろうが幼女の爪が、男の顔をひっかいた。

 傷に血がにじむ。

 獣人というからには結構な鋭さだったのかもしれない。


「このっ!」


 どん! と重い音がした。

 床に放り出された幼女に奴隷商が蹴りを叩き込んだ音だ。

 さらにまた首根っこを持ち上げて、今度はその顔を張り飛ばす。


「商品が持ち主に逆らうなクソが! 汚らしい獣人のくせに!」


 幼女の口から血が飛んだ。

 奴隷商がその顔を覗き込む。


「いいか、ガキ、この際だ。俺とお前、持ち主の商品の立場の違い、思い知らせて――アァ?」


 奴隷商の言葉が止まったのは。

 俺が後ろからその手首をつかんだからだ。


「なんだァお前……?」

「そんなに殴らなきゃ言うことも聞かせられねえか?」


 すごむ商人に静かに告げる。


「プロならせめて一発で済ませろよ」

「何が言いた――」


 言いかけた奴隷商を、俺は拳の一撃で黙らせた。

 彼は床に崩れ落ちて気を失った。


「このバカ……」


 後ろからシエルの深いため息が聞こえた。

 俺は無視して身構えた。

 まだ奴隷商が連れてきた用心棒が二人いる。


 が、用心棒たちとやりあう前に決着はついた。

 シエルが前に出たからだ。


「雇い主を連れて帰りなさい。ここは冒険者ギルドの本部よ。無理して暴れてもろくなことにならないと思うけど」

「……」


 用心棒たちは迷ったようだ。

 だが、もっともな言葉だと思ったんだろう。

 気絶した奴隷商と幼女を連れて出ていこうとした。


「待って。その子は置いていって」

「なに……?」

「大丈夫、悪いようにはしない。あなたたちにも得になるようにするから」

「……」


 これはかなりギリギリな判断だっただろうが。

 なにはともあれ用心棒たちは少女を置いて出て行った。


 その背中を見送って。

 俺は大きくため息をついた。


「やーれやれ」

「こっちのセリフよ。あなたわたしの指示に従うって約束忘れたの?」

「覚えてたけど無視した」

「……呆れた」


 これも無視して幼女のそばに近寄った。

 かがみこむと、意識は失っているが大事はなさそうだった。

 そう言い切れるのはその表情がまるでいい夢を見ている寝顔のようだったからだ。


「へへへー……」

「……」


 なんの夢を見てるんだか。

 とりあえずその軽い体を支え起こした。

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