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ロスタイムは終わらない

 また光に包まれて、俺は白い世界にいた。

 今度は街もシエルの姿もない。

 ただただ白いばかりだった。


 見回す。

 何もないように見えた世界だったが、振り返るとそこに剣が浮いていた。

 魔剣だ。

 ものすごい唐突さで、それでて当然のごとく自然に浮遊している。


「なんか用かよ」


 何となく話しかけた。

 もしかしたら返事があるかもと思ったのだ。


「用というほどでもないが。まあ礼くらいは言わせてやろうと思ってな」


 果たして返事はあった。

 思ったよりも低くて渋い声だ。

 声に合わせるようにして柄頭の宝石がピカピカと光っている。


「礼?」


 剣がしゃべる不思議を感じながらも、俺は首を傾げた。

 特に恩義を感じるようなことはなかった気がしたからだ。

 魔剣は不服に思ったらしい。不機嫌そうに言った。


「むう。若造よ、すべてを自分の力のみでやり遂げたと思うことほど傲慢なことはないぞ。何事も他人様という意識から礼節は始まる」

「でも少なくともあんたに世話にはなってないと思うので」

「いかん。それはいかんぞ若造」


 魔剣が多少焦りだす。


「お前はこの世界でたくさんの物を得ただろう。それがそもそも誰のおかげかは、うむ、わかっておるだろう?」

「あー……」


 俺はそもそもの発端を思い出す。

 屋上から落ちて、この魔剣に引っ張られて召喚されたのが始まりだった。


「つまりあんたのせいか」

「え、いや、おま、楽しかったのではないのか……?」

「まあいろいろあったしなあ……死んだりとか」


 しみじみと思い出す。

 あれは痛かったしつらかった。


「そ、そうか、余計なお世話であったか……」

「ていうかお前、なんで俺をこんな目に?」

「こんな目に扱い……」


 よほどくじけたのか、しばらく魔剣は立ち直らなかったが。

 それでも何とか続けた。


「いや、お前の妹に頼まれたのだ」

「……ハルカに?」


 意外な名前が出てきて俺は驚いた。


「どういうことだ?」

「天国のお前の妹が、あまりにお前のことが心配なのでと我輩に矯正プログラムを組んでほしいと」

「矯正プログラムぅ……?」

「うむ、名付けて異世界送り式難性格矯正ブートキャンプなのだ。因果を無理矢理につなぐ我輩の能力を使い――」

「うっせ黙れコラ」

「ああやめて、蹴らないで……」


 めそめそ泣き出す魔剣を見下ろしながら、俺はぼやく。


「なんだよそれ。納得いかね」

「やはり余計なお世話であっただろうか……」

「いや。まあこの数か月間で余計なお世話は慣れたし。感謝もしてはいるかな」

「本当か! よし、矯正完了を祝ってとりあえずシャンパンタワーでも立ててみようではないか」

「うっせまた蹴るぞコラ」

「あああ……」


 それはともかくとして、また泣き出した魔剣に訊ねる。


「で? 俺はこれからどうなるんだ?」

「ん? 性格矯正が終わった故元の世界に返すだけだが」

「ふうん……」

「なんだ不満か」

「いや不満ってほどでもないけど」

「あっちに残ってもいいことはないぞ。何しろ崩壊が約束された不死の体はそのままであるしな」

「そこは何とかなんないのかよ」

「ならぬ。ならぬものはならぬ」

「チッ、肝心なとこで都合悪いな。ま、いいか」

「ん? なにやらあっちに残る、という風に聞こえたが」


 怪訝そうな魔剣の声に俺はにやりと笑った。


「まあ、そういう選択肢もあっていいだろ?」


 魔剣の呆気にとられた気配が手に取るように分かった。

 しばらくの沈黙があった。


「若造……」

「ん?」

「お前、もしやマゾか」

「ちげえよ」


 思わず言ってから付け加える。


「それだけのメリットがあるってだけだよ」

「マゾの気持ちはわからん」

「だからちげえって」

「まあいい」


 ふわり、と魔剣が高く浮かび上がった。


「ではあの二人によろしく言っておいてくれ。特に獣人の方には世話になった」

「わかった。伝えとく」


 答えると同時、真っ白な光に視界が包まれた。




◇◆◇




 どこまでも抜けるような快晴の下。

 どこまでも広がる花畑の中で。

 俺はイーゼルを立てて絵を描いていた。


 いつからそこでそうしていたのかは覚えていないが、長いこと描いていたようには思う。

 絵はほぼほぼ完成し、俺は大きく息をついた。


「おーい!」


 その時背後から声がした。

 振り返るとフラウがシエルを引っ張るようにして、二人がこっちに来るのが見えた。

 俺は大きく手を振ってそれに答えた。


「カズキ! お待たせ!」

「おう」


 フラウにうなずき返す。

 なんだかとても久しぶりに会う気がした。

 そんなはずはないと知ってはいるのに。

 それからシエルの方を見る。


「……よう」

「う、うん」


 声をかけると、シエルは何だか照れたような顔をした。

 まあ多分俺の気のせいだ。

 シエルに限ってそれはない。


 お互いに黙ったまま見つめ合い、それからにやにやとこちらを眺めているフラウに気づいて慌てて目をそらす。

 俺は空を見上げて言った。


「なんつーか、その、いい天気だな」

「そうね」


 そしてそれから気づいて周囲を見回す。


「……ここどこだ?」

「いまさら……?」


 シエルは呆れたようだったが、それでもあまり気にしなかったようですぐに続けた。


「どこでもいいじゃない。わたしはあなたとフラウがいればどこでも楽しいわ」


 何気ない風にそう言ったので思わず流してしまいそうになった。

 だがその意味が急に胸に押し寄せてきて、俺は猛烈に照れくさくなった。


「……ちょっとそこに立てよ。フラウも、ほら」


 無理して難しい顔を作って花畑の一角を指さす。

 言う通りに並んだ二人を前に、キャンバスに線を走らせる。


「帰らなくてよかったの?」


 シエルが聞いてくる。

 俺は手を止めないまま答えた。


「わかんね」


 そうだ、わからない。

 また帰れる機会が来たら帰るかもしれないし、帰らないかもしれない。

 この体も元に戻せる保証はない。


 今は何もわからない。

 でも、それでいい。


 今は絵を描く。

 友達の絵を。

 今までで一番うまく描く。


「これからもよろしくくな」

「ええ」

「うん!」


 そう俺たちの旅は終わらない。

 ロスタイムはまだ、終わらないんだ。


(完)

お読みいただきありがとうございました。

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