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情報収集

 俺を嫌う奴ばかりの世界で、俺が親しく思っていた人間が二人いる。

 一人が妹のハルカで、もう一人が源蔵じいちゃんだ。

 二人の共通点は多くない。

 というか違うところばかりだった。


 妹は俺を慕っていた。じいちゃんは俺みたいなやつは大っ嫌いだっただろう。

 妹は病弱、じいちゃんは屈強な武術家。

 かたや穏やか、かたや怒りっぽい。

 意外と大雑把と意外とこまいきれい好き。

 ほかにもあげていけばきりがないがそれでも似ているところもある。


 二人とも本を好み、絵画の良し悪しを理解し、歌うのが上手だった。

 違うところだらけでも、奥底に漂う己を信じる力の確かさはまったく一緒だった。

 俺はそんな二人のことが好きだった。


 二人が死んだのはちょうど一年ほど前の同時期だった。

 俺は親類に嫌われすぎていて、葬式に出ることすら許してもらえなかった。




◇◆◇




 宿を出て歩きながらも、行く当てはまったくなかった。

 見知らぬ土地、という言葉では足りないくらい見知らぬ土地で、俺は盛大にさまよっていた。


 路地を後戻りしてさっきの広場に出るのにも苦労した。

 夕方近づく空の下では相変わらず人が行きかっていたが、元の世界への帰り道のヒントは見当たらなかった。

 露店の一つで情報を集めようとしたものの、声をかけたところではたと気づいた。

 異世界から帰る方法なんてどう聞けばいい?


「まいったな……」


 こっちが客ではないと気付いた店主に追い払われ、天を仰ぐ。

 いきなり手詰まりだった。

 頼れる人間もいない。


「うーん……」


 腕を組んで記憶をたどる。

 この世界にはなぜ来てしまったか。


 まず学校の屋上でボコられていた。

 次に屋上から落ちた。

 落ちている途中で剣が手の中に現れた。

 最終的にドーム天井の建物の中にいた。


「……召喚って、言ってたか」


 老人たちのうちの一人が確かそう言った。

 儀式という言葉も。


「じゃあ俺は召喚されてここにいるのか。いや……」


 もう一つ思い出す。

 お前は余計だ、という言葉。


「俺を呼び出したかったわけじゃない……?」


 なんだかよくわからない。

 だけどわかったこともある。


「まあここが異世界で、超常的な力が存在するんだとしたら、俺はそれに巻き込まれたわけだな……多分」


 だとするなら、同じ方法で帰れるはずだった。

 ようやく方針が決まった。


「モント村だったっけか?に戻らねえと。あのじいさんたちまだいるかな……」


 門に走ろうとしたが空を見て思い直した。

 もうすでに夕闇が迫り始めている。

 今からここを出たところで、どんなに急いでもモント村に着くのは夜中になってしまうだろう。


「……しょうがねえ、まずはこの世界の情報収集でもするか」


 回れ右して街の中へと急いだ。




◇◆◇




 情報を集めるには人が大勢集まるところがいい。

 酩酊して口が軽くなったやつばかりならなおさらいい。


 俺はすっかり日が暮れた空を見上げてから、酒場の入り口をくぐった。

 そこは路地の奥にあった店で、わざわざここを選んだのはシエルがもし(ありえないだろうが)俺を探しても見つからないようにするためだった。


 中は意外と明かりが多い。

 思ったよりは奥行きがあって広い。

 だが、予想通りに雑然としている。


 テーブルと椅子の並びはてんでばらばら。

 元はあったかもしれない規則性もすでになくなって長い気配がある。

 ビールジョッキや人間も、ぶっ倒れていたり、倒れていなくてももうすぐぶっ倒れそうな顔だったりとかなり乱痴気な様子だった。


 俺はカウンターの空いた席に腰かけた。

 老マスターが寄ってきてむっつりと言う。


「ガキがこんなところになんの用だ」

「別に珍しくもないだろ」


 後ろ手で店内を示してみせる。

 そう歳も違わないような少年が、見た限りでも三人は酔っぱらいきっている。

 マスターもわからずに言ったわけじゃないだろう。

 彼は舌打ちしてカウンターの天板を指でたたいた。


「注文は?」

「何がある?」

「酒だ」

「グノーサには初めて来たんだ。もう少し詳しく頼むよ」

「酒は酒だ。それ以外にはない」


 適当に話を広げていろいろ聞きこもうと思ったがそう簡単にはいかないらしい。

 マスターは露骨にイライラし始めていた。


「注文がないなら帰れ。金も落とさん客に用はない」


 帰れるならとっくに帰ってるよ。

 思わず吐きそうになった悪態をのどの奥に押し込めて、俺はさらに言葉を続けようとした。


「まあまあマスター、そう邪険にするなよ」

「……?」


 横から割り込んだのは禿頭の大男だった。

 両肩が筋肉で盛り上がって異様に大きい。

 半端な金属バットなんて素手でへし折ってしまいそうな迫力がある。

 いやこの世界に金属バットがあるかは知らないが。


「なあ坊主、グノーサは初めてだって? そういうことなら歓迎するぜ。知りたいことがあるんなら何でも訊いてくれや。おいマスター、坊主と俺にビールを頼む!」

「……」


 俺が黙っていると男は上機嫌に話を続けた。


「さあて何から話す? っていうかお前どっから来た? キプロム? ゼナータ?」

「……モント村」

「おおいマジかよ。あそこにはなんもねえだろ。いや、儀式場があるんだっけ? なんか聞いたな。剣神教団の奴らが近いうちに大層な儀術式を執り行うとかなんとか」

「剣神教団?」

「なあんだそれも知らねえのか。本当に田舎者っつーのは……おっと、マスターありがとよ!」


 運ばれてきたビールに大男が歓声を上げる。


「剣神教ってのはよ、なんていうんだったか、そうだ、国教だよ。皇帝サマが定めたこの帝国の公認信仰だ。世界を生み出した剣の女神をあがめて剣の教えを守るんだ」

「ふうん……」


 剣神教団。皇帝。帝国。

 俺は手に入れた情報を一つ一つ数え上げる。


「ま、俺も詳しくは知らねえけどよ、熱心な教徒でもねえし。でもま、逆らわねえに越したことはねえな。いろいろきなくせえんだ、奴ら」

「どこに行けば教団の人らに会える?」

「おい、俺の言ったこと聞いてたか?」


 大男は呆れた顔をした。

 俺はうなずいて答える。


「ちょっとその人らに用事があるんだ」

「……俺もそのあたりのことはわからねえな。この街にも教会はあるから会えねえことはないんだろうが」

「そうか。ありがとう。助かった」


 簡単に礼を言って席から立ち上がると大男はそれを手で制した。


「おい待てよ、もう行っちまうのか?」

「急ぐんだ」

「だとしても礼が言葉だけってのはないだろう」

「……」


 黙って大男の目を見返していると、彼もゆっくりと立ちあがった。

 俺はゆっくりと見回す。

 いつの間にか周囲の席からも男が二人ほど立ち上がって距離を詰めてきている。

 無駄だと思いながらも一応言う。


「金はない。この街には本当に来たばかりなんだ」

「そんでもまあ座れよ。そのビールを飲んでから話をしようぜ」

「……」


 マスターの方を見ると、彼は素知らぬ顔で距離をとっていた。


「……」


 他の客にも動揺はない。

 むしろこうなることがわかっていたように平然とジョッキをあおり、そうでない奴はこれから起こる騒動を心待ちにしているようにすら見えた。


「……」


 わかってはいた。

 俺は生来の嫌われ体質だ。

 進んで世話を焼きに近づいてくる奴なんていない。

 わかってはいたんだ。


「……わかってなかったかもな」


 ちょっと親切にされて舞い上がっていた部分もあるかもしれない。

 かぶりを振る。

 嫌われ者の俺の弱みだ。


「おい、いいから座れよ」


 大男がカウンターをたたいた。

 その瞬間だった。


「!」


 俺は鋭く一歩、大男の方に踏み込んだ。


「てめ……っ!」


 荒事には慣れているんだろう。大男は瞬時に反応した。

 大きな拳が、下の方から俺の顎をとらえる。


 俺は大きく吹き飛ばされ、床にたたきつけられた……と。

 多分大男はそういうつもりで拳を振るったし、他の客もそうなると思っていただろう。


 だからきっと驚いたはずだ。

 倒れているのが大男で、立っていたのが俺だったことに。


 左手に持った空のビールジョッキを捨てて、俺は周囲をぐるりとにらみつけた。


「邪魔するな。じゃないと後悔するぞ」

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