消えたフラウ
フラウが姿を消して数時間。
俺とシエルは広場の片隅で、鞄を椅子代わりに座りこんでいた。
上空では日が傾いて、徐々に日暮れが近づいてきている。
探せる範囲は精一杯二人で探しまわったが、まだフラウは見つかっていなかった。
「どこ行ったんだよ……」
少なくともこの空き地には影も形もない。
追跡隊の男たちに訊いてみても、フラウを見かけた奴はいなかった。
「ここを出ちゃったのかしら」
「……」
それは薄々思ってはいても、あまりしたくはなかった想像だった。
あんな小さい奴が一人で森の中に入るなんて。
奥の方には獰猛な獣がいくらでもいるだろうし、そうでなくてもこんなところで迷ってしまえばもう誰か人のいる場所に戻ってこられるかすら怪しい。
「くっそ、俺が目を離さなきゃ……」
あまりに不用心だった。
目の前のことだけに気を取られすぎて、視野が狭まっていた。
シエルに焦るなと偉そうに言っておいてこれか。
もう少しだけでも注意を周りに向けていれば防げたに違いないのに。
「たらればを言ってもしょうがないわね。もう時間がない。わたしたちはやるべきことをやらないと」
「え?」
立ち上がるシエルをぽかんと見上げる。
ちょうどその時空き地の反対側から聞こえてきた声があった。
「そろそろ出立するぞ! 準備はいいか!?」
あのリーダーの男だ。
他の男たちもそれぞれに立ち上がって返事の声を上げる。
武器を手に、リーダーの方へと集まっていく。
シエルもそちらへと歩き出した。
俺は慌ててそれを呼び止める。
「お、おい、ちょっと待てよ!」
シエルが肩ごしに振り向いた。
その目は驚くほど冷たい色をしていた。
「なに?」
「いや、何じゃねえだろ。フラウはどうするんだ。まさか、放っておくんじゃないだろうな」
「まさかってほどでもないでしょう?」
「はあ?」
シエルは面食らった俺にかぶりを振った。
「あの子は自分からわたしたちから離れていった。それを追うのは野暮ってもんよ」
「だから待てって。そうとは限らないだろうが!」
「あの状況で消えた理由を説明するのに、他に納得できるものなんてある?」
俺は言葉に詰まった。
確かにそうかもしれない。
人ごみではぐれたのとはわけが違う。
自分で姿をくらましたと考えた方がしっくりは来るだろう。
だが、だがそんなの納得できるわけがない。
「なら本人に訊けばいい! フラウを見つけて直接訊くんだよ! 一発だろ!」
「……そうかもしれないわね。でも時間はもうない。わたしたちは地味でもコツコツ動かないと。でしょ?」
「言ったけど……!」
俺はわからなくなった。
なんでシエルはこんな平気な顔をしていられるんだ?
シエルこそつらいんじゃないのか?
そう思った俺が間違っていたのか?
「お前、もしかしてフラウのこと嫌いだったのか?」
俺が訊ねると、シエルは前に向き直った。
「好きよ。だから、ここでさよならすれば巻き込まなくて済む」
そう言って歩き出した。
俺は慌ててその後に続いた。
◇◆◇
俺たちは薄暗くなっていく森の中を、茂みをかき分け下草を踏みしめて歩いた。
道なき道を進みながら、全員が無言だった。
もちろん雑談なんかしている余裕がなかったのもあるが、それ以前に前を歩くシエルにかける言葉がなかったのだ。
さよならすれば巻き込まなくて済む。
彼女がさっき言った言葉だ。
俺は拳を握りしめた。
ここから激戦になることはもちろん予想している。
だが、彼女はもしかしたらそれ以上を覚悟しているのかもしれない。
もしかしたら、死ぬことも。
俺は慌ててその考えを振り払った。
「怖かったらあなたも逃げていいのよ」
不意に声がして、俺はシエルの背中に視線をやった。
奥歯をかみしめながらうなる。
「バカにしてんのか。別に怖くなんてない」
「そう? わたしは怖いけど」
シエルはさらりと言って肩をすくめる。
「でもわたしは逃げるわけにはいかないからね」
「……」
答えあぐねているうちに水のにおいがすることに気づいた。
リーダーの男の指示で姿勢を低くして前に進む。
さらにしばらく行くと森が途切れた。
月が出ていた。
その光を、湖面が静かに反射していた。
広い湖だ。
反対側の岸が暗闇に沈んで見通せない。
「……いたぞ」
木の陰に隠れながらリーダーが指さす先に、黒々とうずくまる影があった。
湖のちょうど真ん中あたり。
まるで、『大地の創成』の伝説の通りに。
「……」
リーダーの男が無言で手ぶりの合図を出した。
追跡隊のメンバーが音もなく散開する。
暗闇の中静かに移動し、潜む。
俺とシエルは位置を変えずに木の陰に伏せた。
しばらくの沈黙があった。
そして。
「……行け!」
リーダーの男の号令で、戦いの火蓋が切られた。
まばゆい光が、暗闇に弾けた。




