断れない依頼
空気がすっ、と冷えたように錯覚する。
その張り詰めた雰囲気の中で、カンザは俺たちにこう言った。
「何度も繰り返したくはないが、蘇生禁術の完成を手伝う、これがわたしから君たちに提示できる報酬だ」
俺の頭をいくつかの疑問が駆け巡った。
蘇生禁術の完成を手伝う?
どうやって?
いや、そもそもなんで禁術のことを知ってるんだ?
それより殴れないまま拳を引っ込めて後悔しないか?
カンザはつまらなそうに続ける。
「君の頭にあるであろう疑問のいくつかを解消しよう。蘇生禁術のことについて知っているのは単純に、調査したからだ。さっきも言っただろう。大体のことは把握している。君が召喚の儀式で聖剣と共に降臨したコウコウセイなる存在だということも、それから一度死んでシエル・ベゼの欠陥術により中途半端によみがえったこともな」
俺は何も言えなかった。
カンザは気にせずさらに続ける。
「おそらくは小娘が独自に編み出した術なのだろうが……君に施された処置から逆算するにかなりお粗末なものだと言わざるを得んな。改良の余地はいくらでもあるし、むしろ改良の余地しかないとも言える」
シエルが何か反論したそうに口を開きかけた。
結局何も言わなかったが。
ただ杖を強く握りしめたのは見えた。
「どうせろくでもない目的で編み出したものだろう。それは想像がつくがどうでもいい。術には欠陥があって、わたしならその欠陥を修正できるということが重要だ。わたしの助けがあれば魔法を完成させて、君は完全な形で蘇ることできる」
「本当に?」
シエルの声だ。
とうとう自分で決めた禁を破ったことに気づいてか舌打ちする。
だがもう腹をくくったらしい、さらに続けた。
「あなたなら禁術を完成させるなんて確証はあるの? どこにそんな自信が?」
「わたしが誰だか、そしてどれだけの力を持った者かは君も知っているはずだがね、シエル・ガンナロード」
「……その名前で呼ばないで」
「まあ構わんが」
カンザは言ってこちらに背を向けた。
歩き出す。
全くの無防備に見えるが、多分まだ防衛手段は残してるんだろう。
迂闊に手を出してもきっとまた撃退される。
だが。
それはただの言い訳かもしれない。
後ろに寄り添っているフラウの体温を感じる。
完全にカンザのペースにのまれている今、後ろめたさでその顔を見ることができない。
フラウはどんな気持ちでいるんだろう。気になってしょうがなかった。
カンザはホールの隅にある、教卓に似た机に近づいた。
よく見ると天板の中央には手のひらほどの大きさの水晶玉のようなものがはまっていて、カンザはそれに手を触れた。
「ではわたしを信用してもらえたところで話を続けよう」
「信用はしてないぞ」
信用どころか疑いばかりが増えている。
だが、カンザは小さく肩をすくめるだけで流した。
「大した問題ではない。どのみち君たちにわたしの依頼を断る選択肢などないのだからな」
同時、水晶玉が光を放った。
カンザの手の指の間から光が筋状にこぼれ、集まり、広がって、ちょうど彼の頭上あたりに四角い光の板を形作った。
「……?」
それは最初、ただ白いだけだった。
それがだんだん輝きが薄まり、次第に何かの映像が見えてくる。
「君たちは剣神教団の大聖典を読んだことはあるかね?」
板に映っているのは、どこまでも続く天と海だった。
大地はなく、透き通るような空と水だけがそこにある。
「聖典は『大地の創成』から始まっている。内容は……まあかいつまんでいえば『古代樹』と呼ばれる怪物が、聖剣を携えた女神に殺されることで大地が生まれるというものだ」
空と水の間に、黒々とうずくまる何かがあった。
天の果ての果てまで腕を伸ばし、水底の奥の奥までうずまる何かだった。
目を凝らすも大きすぎて何が何やらわからない。
と、その空から何かが降ってくる。
火の玉にしか見えなかったが、水に降り立って大火が消えると剣を提げた女の姿をしていることがわかる。
これが女神?
一つ一つをうまく理解できないうちに映像の状況は動いていく。
黒々としたデカいものと女神とが戦闘をはじめ、激しく衝突を繰り返す。
しばらくすると女神がデカブツに剣を突き刺してとどめを刺した。
デカブツは水に沈み、広がり、その死骸はちょうど大地のようになった。
女神も戦闘の疲れのせいかふらふらと大地に降り立ち、それから自分の胸に剣を刺し、そこから草木や生物が生まれた。
そこで映像は途切れる。
「……これが『大地の創成』?」
「そうだ。まあ真偽も定かでないおとぎ話に過ぎなかった上、これはただのイメージ映像だが」
「よくわかんないけど、これが何なんだよ」
「これはただの前置きだ」
俺の問いに、カンザは指先で眼鏡の位置を直しながら言う。
「単刀直入に言おう。君たちへの依頼は、この聖剣の回収と『古代樹』の捕獲だ」
また板に剣とデカブツの映像が映る。
『古代樹』の方は名の通り樹木のようでもあり、節くれだった関節のつながり方から独特な形状をした爬虫類のようにも見える。
俺はそれをしばらく見上げ、それから口を開いた。
「……は?」
「減点の三」
「いやいやいやいや」
小刻みに首を振る。
「ちょっと待てよあんた。何言ってんだ」
「難しいことを言ったかね? 確かに難易度は高いかもしれないが」
「そういうことじゃない、あんた言ったじゃないか、ただのおとぎ話でイメージ映像だって」
「反論するのなら相手の話はしっかり聞くべきだな。わたしはおとぎ話に過ぎなかった、と言ったんだ。過去形だ。今は違う」
「違わないだろ。何が変わったんだよ」
「君の召喚だ」
「俺の召喚……?」
俺はわけがわからず訊き返した。
俺がこの世界に来たことか?
それがどう関係するっていうんだ。
「正確には、聖剣の召喚だがな。君は巻き込まれたに過ぎない」
カンザは水晶玉に触れた手で、さらに何か操作をした。
映像が切り替わり、ドーム状の建物の内部と、そこに立つ少年を映し出す。
……いや、少年は俺だ。
いきなり呼び寄せられた俺が、そのことに戸惑っている映像。
右手がアップになる。
そこに持っている長い剣。
「女神の聖剣。またの名をアジンノイルの刃。あるいは千変の棘。剣神教団のアホどもの勇み足など今に始まったことでもないが、成功するのは珍しい。召喚されたあれは間違いなく聖剣だよ」
そして映像では建物のドーム天井が吹き飛びドラゴンが顔をのぞかせる。
火を吐いて老人を焼き、首を伸ばして別の一人を食いちぎる。
映像が止まり、ドラゴンの頭にもアップがかかる。
「失敗に関してはこの通り、毎度のことだ。飽きもせずよくやるよ。さて」
いったん映像が消え、それから再び映る。
二分割の大画面で剣とドラゴンとを映している。
「つまりは剣神教団はおとぎ話を真に受け聖剣を召喚しようとした。で、成功した。だが問題も起きた。『古代樹』も復活したんだ。あのドラゴンだよ」
「うん……?」
いまいちのみこめずに首をかしげる。
カンザはできの悪い生徒に呆れる教師のようにかぶりを振った。
「聖剣は『古代樹』とセットの存在だとわたしは見ている。剣神教団はその可能性を考慮に入れずにことに及んで聖剣だけでなく『古代樹』も出現させた」
「……なんか、まずい感じに聞こえるけど」
「神話級の存在は確かに放っておけばどうなるかわからん。明日にも世界が消滅することだってありうる。剣を『古代樹』が持ち去った今、ことはどう転がるかわからんな。だから君たちに確保を頼もうというんだ」
「慈善事業ってこと? あなたが? わたしたちと?」
嫌味の口調でシエルが言う。
カンザは鼻で笑った。
「まさか。ただ利用できる状況に乗っかろうというだけだよ。聖剣と『古代樹』を剣神教団に先んじて手に入れ、蘇生禁術の完成に利用する。君たちにとってもわたしにとっても利になる」
カンザは水晶玉から手を離した。
映像は途切れ、虚空に展開していた光の板そのものも消えた。
そしてこちらに改めて向き直る。
「説明は以上だ。では依頼を受けるか否か、一応答えを聞こうか」
俺はシエルと顔を見合わせた。
考えるような間が空いたが……その実考える必要なんてあるわけがない。
「そんなの――」
「引き受けるわ」
「……は?」
拒絶の言葉を口から吐き出しかけたまま俺はシエルを見た。
シエルの横顔は凛として迷いがなく、その目はただまっすぐカンザの方だけ向いていた。
「……シエル?」
俺の呼びかけもシエルは無視する。
「で、わたしたちはどうすればいいの?」
「詳細は後日連絡する。今日のところは宿に戻って休みたまえ」
カンザはそれだけ言って踵を返した。
俺が呼び止めるより早くホールの扉を出て姿を消した。
俺はただシエルを振り向くしかなかった。
彼女は何を言うでもなくそこに立ち尽くしていて、俺はそのせいで詰め寄るタイミングも逃す。
同じように立ち尽くすしか、俺にできることはなかった。




