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イノシシ狩り

 紆余曲折を経て、俺たちは正式に三人のチームを組んだ。

 結成を決めたその当日、フラウはめちゃくちゃに喜んだ。

 またタウだタウだと宿中を騒ぎまわって、シエルにきつく叱られた。


 あまり行儀悪くするようなら追い出す、とはシエルの言葉だが、夜寝るときは宿代の節約と称してまだ一緒のベッドを使っているんだからそれが本気かどうかは疑わしい。

 数日後早くも「くっつかれて暑いから一人で寝たい」と言い出したフラウに慌てたのもシエルだった。


 ギルドから借りた資金の返済が終わらないうちは独り立ちは違法がどうの、自分には奴隷商から身柄を買った立場としての義務や権利がどうのと根拠を必死にでっちあげるシエルの声をどこか遠くに聞きながら、俺はそのとき思った。

 完璧に過干渉の母親だなこれ。


 さてそんな俺たちだが、今は見渡す限りに広がる畑の前にいた。

 ゆったりとした風に吹かれてまだ緑色の麦穂や野菜の葉がさわさわと揺れている。

 きっとこれから大きく実って何倍もの収穫になるんだろう。


 ここはグノーサから数時間ほど歩いたところにあるスリンという村だ。

 畑を所有する村の人々は、それらの作物をグノーサをはじめとする都市のいくつかに持ち込んで取引し、冬越しのための蓄えを作る。

 が、今年はその村に、毎年の習いを覆す事件が起きていた。


「村の外れに土猪つちいのししが住み着きましてな」


 村長が、歳の割に筋肉質な肩を落としてうなだれる。


「畑の作物を荒らすんですわ。小さいなりをしてそりゃもうめちゃくちゃに。このままの勢いでやられたら、我々の冬越しに響きます。何とかしていただけたらと思うのですが……」


 大体の話はグノーサを発つ前に聞いていた。

 俺たちは、ギルドが仲介した村長の依頼を受けてスリン村までやってきたのだ。


 村長にもう一度話を聞いた感じでもとりあえず問題なさそうだった。

 敵が小ぶりのイノシシならちゃっちゃと追い払うなりなんなりして終了だ。

 だがえてして希望的な予測というものは裏切られるものだと、俺は知った。

 そりゃそうだ。相手が本当に小さいイノシシならわざわざ外の人間に頼む必要はない。


「――くそ!」


 俺は擦り傷を作りながら草地に転がった。

 至近距離を駆け抜けていく獰猛な気配。


 なんとか勢いを殺して起き上がると、土を巻き上げながらターンしてくる黒い影が見えた。

 土猪だ。

 胴体が太く、横に倒したビール樽ほどの大きさがある。


「どこが小ぶりだよ……!」


 村としては下手に強敵として報告して余分に金をとられたくなかったんだろうが、こっちとしてはいい迷惑だ。

 短剣を構える。


 ……ははっ、短剣?

 走るビール樽に比べれば裁縫針程度でしかないこんな刃が、果たしてどんだけの役に立つものか。


「時間を稼いで! 少しでいい!」


 シエルの声。

 空に浮揚して空中からの指示だ。

 少しでいいとかどんな目線で言ってやがんだ。

 その少しが現場にとってどんだけ難しいかわかって言ってんだろうな!


「命令すんな! 了解だコラ!」

「どっちよ!」

「了解だっつってんだろタコが!」


 俺は声と共にイノシシに向かって駆け出した。

 やけくそじゃない。

 いややけくそな気分もかなりまじっていたのは確かだが、ただ棒立ちで待ち構えるよりはずっといい。


 それに対しイノシシは。

 カッ、と一回小さく跳ねたように見えた。何かにつまづいたかのように。

 しかし地面に顔から突っ込んで、が―っ、と土と砂利を巻き上げたところでつまづいたわけじゃないと気付いた。

 ものすごい勢いで土に潜っている。


「っ……!」


 地割れのような土の盛り上がりが俺の足元まで走って伸びてきて、すんでのところで飛びのいた俺のいた空間を、地面から飛び出してきたイノシシの牙が薙いだ。


 土猪はただのイノシシじゃないそうだ。土に潜るモグラのようなイノシシ。

 発達した前足の爪は土を掘るために丈夫なつくりになっていて、あんな巨大なナリでもすぐに地下潜航に切り替えられる。

 その性質に加えて彼らの好物は草木の根で、野菜も果樹も構わず食い荒らしてしまう。

 確かに農村には厄介な敵だろう。


 イノシシは完全に攻撃を奇襲型に切り替えたようだ。

 地面の下を縫うように移動し、俺の死角から飛び出しては急所を狙ってくる。

 でかい図体のくせに地中でもなんとも素早い……いや、地中の方がはるかに素早い!


 このままじゃジリ貧だ。

 どうにか次に相手の来る方向を見極めなければ――


「わあーい!」

「……え?」


 俺の目の前をすれすれにイノシシが通り抜けていった。その背中に何かをくっつけて。

 地面に潜り、また飛び出してくるイノシシ。

 だが狙いは俺から大きく外れていて、避けるまでもなかった。


 もう一度地面に潜り、飛び出してきたとき、俺はその背中にしがみついているのが何なのかようやく理解した。

 フラウだ。


「なにやってんだあいつ……」


 とりあえず暴れまわるイノシシの背中に楽しそうにしがみついているが。

 謎だ。いつの間に飛びついたのかもわからない。

 さっきまでは離れた場所に避難させていた。

 なのに今はなぜかすぐ目の前でロデオをしている。


「わーい、きゃほーい! ほっほーい!」


 土に潜りまくるイノシシにしがみついていたせいでフラウの体も泥だらけだ。

 だがそれを気にした様子もなく、彼女はただただキャーキャーと笑っている。

 イノシシだけが必死だった。そんなフラウを何とか振り落とそうとめちゃくちゃに暴れていた。


 それでもフラウは一向に振り落とせない。

 焦れたイノシシは、最後の手に出た。

 激しく地面を蹴って跳躍する。

 見上げるほど高く、そしてそこから一気に地面に潜り込もうと――


「頑迷硬度! シルクの盾!」


 シエルの呪文の声と共に、ゴン! と音を立ててイノシシが地面に激突する。

 見るとそのあたり一帯の地面が光に包まれて、真っ白になっていた。

 しゃがんで触れると、どうやら掘れないほど硬くなっているらしい。

 光はすぐに消えて、土は元の質感に戻った。

 気絶して倒れるイノシシの背中からフラウを受け止めて、俺はため息をついた。


「何やってんだよ」

「楽しそうだったから!」

「お前なあ……」


 その時ちょうど空からシエルも降りてきた。

 慌てたように駆け寄ってきてフラウを抱きしめる。


「バカ、危ないじゃない!」

「楽しかったよ?」


 フラウは首をかしげるがシエルは気が収まらないようで彼女の頭をはたいた。

 あくまで軽くだが。


「せっかくの服もこんなに汚して。まったくもう!」

「……」


 ちょっとズレてないか……? と思わないでもなかったが。

 とりあえず終わった任務に、俺は息をついた。

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