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第1章:第6話 翼の力の片鱗

 

 【ファラさんを…助けてあげて】

 「…!?…エゼ…!?」


 その時、声が聴こえた。

 目を見開き、エリザベスの顔を凝視するアリステア。手を自分の耳に当てる。幻聴ではない。少なくとも彼女にははっきり聴こえたのだ。


 「エゼ……。…うん、うん。…わ、分かったよ…」

 「…ガイルークさん?どうしたの?ちょ、ちょっと!」

 

 涙を拭き鼻を啜りながらやおら立ち上がったアリステアは、制止するフローラの声も聴かず、ファラと対峙するラルフィエルの前に出てきた。


 「…ちょ、おい、お前―――」

 「ファラさん…」

 「なによ、アンタ…?仇でも討とうって言うの?ふふ…いいわよ、好きにしたら?どうせ碌な人生じゃなかったんだし、こんな終わり方なんて…アハハ、最高じゃない」


 自暴自棄になったファラの笑い声をしっかりと受け止めるアリステア。涙の跡はあれど、彼女の表情は凛として、じっとファラを見つめ続けた。


 「ファラさん…」

 「思えば…何も良い事なんかなかった。…末期の癌で婚約者には裏切られて、親身になってくれた人ですら私を馬鹿にして。でも2人を見返す事も出来ないまま…」

 「ファラさん…」

 

 打ち震えるファラの沸々と煮えたぎる怒りが爆発した。


 「ねえどうしてなの!?なんで私だけがこんな目に遭わなくちゃいけないの!?私はそんなに罪深いの!?アンタ達は天の裁きがどうとか言ってたけど、あんな目に遭った人生の私は、それでも裁かれなくちゃいけないの!?」

 「…それは…」

 「答えてみなさいよ!!ゴーストワーカーっていうのは一体なんなの!?私を助けてくれたりするんじゃないの!?」

 「…ゴーストワーカーは霊魂に寄り添う存在、なんです…」

 「寄り添う存在?アハハ…笑わせるわね。じゃあさ、アンタも死んでよ。あ、消えてって言った方がいいか。どっちでもいいけど、私に寄り添ってくれるんなら、今すぐ…消えてよ!」


 エリザベスの神具の刃先をチラつかせ挑発する様に笑うファラに、アリステアは押し黙った。


 「いい加減にしろよ…てめー。黙って聞いてりゃ好き勝手言いやがって」


 すかさずラルフィエルが割り込んだ。


 「てめーが気の毒な人生を歩んできたからって、エリザベスに八つ当たりしてんじゃねーよ!あいつはなぁ、これからだったんだ…!これからだったのに、全部お前がブチ壊したんだぞ!」

 「ハッそんな事、私が知ったこっちゃないわ。そこのお嬢ちゃんが言う様に、霊魂に寄り添う存在なら自分の身を犠牲に出来て本望なんじゃないの!?」

 「てめー…!…いや分かった、寄り添ってやる。だから、今すぐ消えろ」


 ラルフィエルがファラに飛び掛かろうと構えを取った時、


 「待って下さい!」


 アリステアが再び彼の前に立ち塞がった。


 「おい、邪魔すん―――」

 「そうですよね…ゴーストワーカーが寄り添う存在ならば、自分が犠牲になる事も躊躇っちゃ駄目ですよね」


 おもむろにアリステアは自分の神具を彼女の前に投げた。


 「!!!」

 「お前ッ―――」

 「拾って下さい。そして僕を刺して下さい、エゼにしたように」


 アリステアは戸惑うファラに構わずに距離を詰め、自分が投げた神具を拾い、彼女の手に握らせた。


 「さぁ、どうぞ。これであなたの気が済むのなら、刺して下さい」

 「あ、アンタ…」

 「魂が昇天した筈のエゼが…さっき言ったんです。【ファラさんを…助けてあげて】と。ぼ、僕には、こんな事しか…グスッ、で、出来ないですけど…」


 刃先が自分に向いたままの神具を持ったファラの手を握りながら、彼女の目を見つめるアリステア。一筋の涙が頬を伝い、ファラの手にぽたりと落ちた。


 「…エゼと違って、僕は無力です…。だ、だからこれ位しか出来ないですけど…せめて、あなたの悲しみも怒りも悔しさも…全部、僕が受け止めます…。受け止めさせて、下さい…」

 「あ、あ…あ…ああああああぁぁぁぁぁぁっっっ―――――――!!!!!!!」


 堪らなくなったファラが神具を落とし、カランという鈍い音が二つ鳴り、絶叫にも似た泣き声が会議室全体に響き渡る。その場にへたり込む彼女をアリステアは優しく…壊れ物を扱う様に抱き締めた。


 「ファラさん…ファラさん…え、エゼ…う、うう…」


 2人が抱き締め合っている光景にじっと見入るラルフィエルとフローラ。

 そして、落ちている神具を拾おうとすると、そこに奇妙な物を見つけた。


 「羽…?」

 「まさか…この子、『翼の力』を…?」

 「…無意識に発動させようとしてたのか。まだ訓練も受けて無い筈なのに…」


 天使の潜在能力を一時的に引き出す『翼の力』。

 普通のゴーストワーカーでは発動する為には訓練を受ける必要がある特殊な能力の片鱗を垣間見せた事に驚嘆する2人を尻目に、ファラを抱き締めるアリステアはエリザベスを思い、いつまでも泣いていた…。


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