自宅で女神! ~ゴブリン保護条約~
「とくきたれや、古の妖魔女神よ。降臨の儀式に応じてくれゴブ~~~ッ」
ウッホホ、ウホホ、ウッホッホー♪
自室の中華天界製の安価PCから、いつもの独特なアラーム音が軽快に鳴る。
「はいはいはい、いま行くナリよ~」
嘆息した声でパソコンの前に走るあたし。緊急コールなので、部屋着のトレーナー姿なのは致し方ない。
眼鏡のずれを直しながら椅子に座り、専用のアプリケーションを立ち上げる。
最近通販で買い替えたばかりのキーボードをカタカタといじって、メイン画面を呼び出した。
青いブルーバックから、そこは大自然の空間へと変化していく。
あたしの名前は南真希。昼間は某大手飲食チェーン店に勤めるピカピカの社会人一年生、そして同時に、夜は異世界の女神でもあるのだ。
「お待ちどお、妖魔女神降臨であ~る!」
「おお、破壊の邪神ミーナ・ミーマキーのお姿がゴブリン大魔鏡の中に! 待ちかねたゴブ~」
耳障りなガラガラ声が画面から響く。緑色の醜悪な顔面アップが現れた。馬鹿でかい鼻。人間離れした尖った長耳。裂けた口から剥き出しの牙。あたしを崇拝するゴブリンシャーマンの姿だ。
どこかの未開部族の酋長みたい格好で、刃の欠けた大鎌なんかを持っている。彼がいるのは、どこかの深い森の中。周囲には大きな魔鏡の前(あたしからは鏡自体は見えないが)に平伏するゴブリン戦士達。
傍らの魔法陣には、生贄らしい羊の丸焼きなんかが置いてあった。うちの店の業務用ソースで味付けしたら、きっと凄く美味しいのだろう。画面の中の捧げものでは食べられないが。
第一天界では、表立っての獣肉食は禁止されてるのよね。裏通りのお店では内密に色々あるけど。
「いやいや、この時間帯は召喚されたくないって前回ちゃんと教えたよね、あたし」
「申し訳ゴブリン。しかしながら、またぞろ人間の冒険者どもが、ワシらの森を襲撃してきたのゴブ」
「え~? 以前竜の牙とか、ガーディアンの材料多めに渡しといたっしょ。とりあえず自分たちで防御しなさいよ」
「無慈悲なことを言わないで下さいゴブ、どうか偉大なる神のお力を・・・・・・」
地面に頭を擦り付けるデカ鼻シャーマン。敬虔なゴブリン信者にそう懇願されると、あたしも結構弱い。
近年の冒険者ギルド急増と、対ゴブリン戦闘マニュアルの浸透により(広めたのはどこのどいつだ!)、天界絶滅危惧種Bランクに指定されたゴブリン資源の保護があたしのアルバイトである。
「真希・・・・・・また異世界の女神バイト?」
その時、微糖缶コーヒー常備でPC作業中のあたしの背後から、若い女の声がかかった。
「あ、うん。いつものネット稼業」
「夜はいつもソレやってるのね、あなた廃神になりかけてない?」
背後からは、微妙につき刺すような、冷たい視線。
「まさかまさか。そのへんはあたし、重々わかってますぜ」
「そう、ならいいの」
「とりま玲奈だけ先にお店に行っといて。後から追いかける」
「・・・・・・そう」
淡々とした抑揚のない響きで返答があり、会話の女は鏡を見ながら、外出の準備を続ける。今日はたまの休日。これから二人で買い物に行く予定だったのだ。
彼女の名は綾崎玲奈、あたしの現在のレズ彼女である。
実は第11次元女子高時代のクラスメートで、もともとそんなに親しいわけではなかったが、ひょんなことから部屋に同居させてあげたのがきっかけとなり、最近くっついた。
普段から極力他人と関わらない冷徹で無表情な娘だが、決して顔立ちは悪くなく、スレンダー系のショートカット美人である。
仕事はアルバイトしながら、声優の卵なんかをやってる。
「深淵の支配者ミーナミーマキー、この危機を脱するため我らに力をお与え下さいゴブ!」
「毎回毎回、面倒くさいなあ。ずずずずぅ~~」
ゴブリンシャーマンの懸命な要求に、缶コーヒーをすすりながら愚痴を漏らす。
「あの・・・・・・邪神様、できたらお茶とか飲むのやめてくれるでゴブ? うちら今、いちおう部族存亡の真っ最中なので・・・・・・」
「お茶じゃなくて、コーヒーなんですけど?」
「いや、飲料の種類とかでなくて」
「なに? 女神は仕事中飲食禁止とか異世界に掟でもあんの?」
「あ・・・・・・いえ別に・・・・・・ドーゾ」
いきなり呼び出されてイライラが治まらないあたしの声に、シャーマンはたじたじと恐縮する。
「それじゃ、先に行ってるから」
玲奈が冷ややかな声であたしに言った。どうやら外出の準備が整ったらしい。
う~ん、さすが声優の卵だけあってよく響くいい声だ。
彼女は黒のジャケット上下をボーイッシュに着こなしていた。そのままドアを開けて部屋を出ていく。
「あ、はいはい。ごめんね~、すぐあたしも追いつくから」
あたしは外の通路に向けて、声を張る。
玲奈とは半年くらい前にたまたま再会した。街角で堕天使に強引にナンパされそうになってるところを、 あたしが偶然通りかかって、天界同級生のよしみで助けたのだ。
11次元女子校時代は同じ水泳部所属だったのだが、玲奈は綺麗だけど凄く無口な女で、当時あまり口を聞いてもらえなかった。
しかし再会後、彼女は自身の進路で、親と揉めて家出中に困っていた。
そんな境遇に同情したあたしは、現在一人暮らしである我がマンションにしばらく泊めてあげることにしたのだ。まあ当時、彼女募集中だったビアンのあたしとしては、下心も多少あったのだけど。
あの時玲奈の方はまだノンケだったが、ひとつ屋根の下で同居していると、氷のクールビューティーとはいえ、互いに情も自然と湧いてくるもの。同居開始から半年くらい籠絡して、やっと先日落とすことが出来た初彼女なのである。
それまでには、お風呂や寝室で女同士いろんなラッキースケベもあったし。彼女が無表情な顔して、意外とむっつりな性格なのも最近知ったことだ。
まあ、あたしが強引にビアンの世界に引きずり込んじゃったとも云う。
今夜は玲奈との大事なデート日である。さっさと今日のバイトを終わらせるべく、あたしは再度PCに目を向ける。
「で、あんたらは具体的にどーして欲しいの?」
「また前みたいに、異世界の強力な武器を送ってくれゴブ!」
「あ~、そーだなあ(カタカタ)・・・・・・じゃ、今回はウィンチェスターライフルとかでいいかな?」
ちょうどいい武器を探して、天界ネット「グルグル」で画像検索してみる。すぐに目当てのものは見つかった。
アメリカ西部を征服した銃として知られる、ウェンチェスターM1873。44口径を15発も装填できる画期的な銃だ。これさえあれば平ゴブリンも一騎当千の兵となる。
「なんか、武器商人の気分だね~」
女神専用物質構築ソフトを使い、ちゃっちゃと分子構造データごとコピーペーストして、異世界に転送してやる。
どうせ24時間が過ぎれば、次元の異なる文明アイテムは消滅するのだから、別に遠慮はいらない。
「ホイ、転送っと・・・・・・あ、もう届いた? 使い方は前にも教えたよね」
「オオオオ・・・・・・魔法陣から異界の飛び武器が! 女神よ、感謝しますゴブ!」
どうやらちゃんと転送されたらしい。PC画面からは、ゴブリン戦士たちの浮かれた雄叫びが聞こえてくる。銃の撃ち方をまだ記憶しているか心配だが、ゴブリン族はやたらと覚えがいいので、まあ大丈夫だろう。
しかしまあ、最近は冒険者もチート技能を使えるやつが増えてるんで、これでも絶対勝てるかどうかは、正直わからない。
あたしの役目は、目に余る無双チート能力に対して、異界兵器の転送でパワーバランスを取ることである。世界の天秤が均衡することがなにより重要で、やりすぎても破綻を招く。
そのへんのバランス取りに失敗すると、このバイトはすぐクビになってしまう。女神の時給はいいので、我が家の高い家賃のためにも、なんとか続けているのだが。
「じゃあ頑張って。あたし、今から別の用事あるから」
これから玲奈とのショッピングが待っているのである。街で買い物して、雑誌に載ってたレストラン「俺のヴィーガン」でお腹を満たし、最後はちゃんとラブホも予約してるんだから、長々とゴブリン相手に付き合ってはいられない。
「あや、待って欲しいでゴブ。最後まで戦いの指揮もお願いしたいゴブよ」
「やーよ。女神さまはこう見えて忙しいのだ」
画面の中からは、早くも森の中で戦闘が始まったらしい。ズッダーン! ズッダーン!と銃の発射音が聞こえてくる。
「ゴブリンはどこだ!」
鬱蒼とした森の中を、ガシャガシャと鉄の鎧のこすれる不快な音が響いた。
ズガーン!
大盾を構えて突っ込んでくる騎士鎧の男を、茂みの奥から発射された44口径弾が、盾と鎧ごと貫通して大地に転倒させる。
その後方から出現した革鎧の盗賊は、手に火炎瓶を持っていた。軽快なフットワークで、ゴブリン戦士の群れに投げ込んでやろうと駆けてくる。
「全員焼き殺してやるぜ!」
すると森の各所に掘られた塹壕の一つから、ライフルを構えた平ゴブリンが身を乗り出した。過激な放火魔の頭部を見事に撃ち抜く。
「があっ!?」
鉄の弾丸にヘッドショットを受けた革鎧は、火炎瓶を握ったまま、脳漿を撒き散らして無様に倒れた。
「ゴブーッ!!」
緑肌の銃手は雄叫びを上げ、自慢げにガッツポーズした。
しかしすぐに攻め手側から、棍棒を振り回す坊主頭の巨漢やら颯爽たるイケメン剣士などが次々突撃してくる。新手はいくらでも湧いてくるのだ。
だがゴブリン側も負けてはいない。あらかじめ森に仕掛けた複数のブービートラップで敵の足を止め、そこに銃火を集中してなんとか射殺していく。
ズッガーン! ズッガーン!
吠える巨漢が何発も弾丸を喰らって地に沈み、しなやかなイケメンの細身が着弾のパワーにきりきり舞いする。
過去に冒険者たちとの銃撃戦を経験していることで、ゴブリンも自分がやるべき仕事をちゃんとわかっているようだ。よしよし。
だが今度は、敵の後続から弩を保持したエルフ弓兵達が現れた。こいつは手強い。
「我が弓を喰らいなさい、汚らわしい妖魔ども!」
エルフの矢が空気を切り裂いて飛び、ゴブリン銃手は慌てて塹壕の中に身を隠していく。
そして冒険者側は森の木に身を隠しながら弩や魔法で攻撃し、ゴブリン達は塹壕からライフルをぶっ放すという流れに変わる。
「ゴブリンめ、異界のアイテムを使っている! 火を吹く棒だ!」
「早くS級冒険者の先生方を連れてこい!」
戦闘区域での冒険者同士の会話が、逐一テキストになって画面上に表示される。頭数は数十人規模だ。そのステータス画面を見ていたあたしは、思わず目を剥いた。
「あちゃあ、マジか~。S級が複数いるじゃん。こりゃ今回ゴブリン側は苦戦するなあ」
敵側のステータス一覧には、「S」と赤く横に等級表示された人間が数人分確認できる。あたしは苦々しげに寝癖の残る長髪をかきむしった。
S級冒険者には異能使いが多い。これでは連発銃があっても、勝てるかどうか怪しくなってきた・・・・・・
あたしはゴブリンに多めの弾薬を補給するべく、さらに中華天界製1500円(日本円換算)キーボードを叩く。
結局その日の戦いは、複数のチート異能力者を含む冒険者隊に対し、ゴブリン族はかなりの損害を強いられた。
当初、ゴブリン優位であった戦況が変わったのは、最初の銃撃から十分が過ぎた頃であったろうか。
銃弾の雨に攻めあぐねる冒険者たちであったが、その中から白マントの男女ニ名が悠然と姿を現したのだ。
どちらも齢三十を過ぎているであろう、熟練の重装戦士。傷の目立つその鋼鉄鎧は、二人が歴戦の猛者であることを証明していた。
「ゴブリン狩りは俺たちに任せておけいっ」
「あたしたちは都からやってきた魔獣ハンター!」
二人は声高に檄を飛ばす。そして腰から輝く長剣を引き抜き、銃弾の嵐の中に自ら身を投じた。
「秘技、無双心眼剣!」
「超速奥義、ブレードダンス!」
キン! キィーン! ギュイーン!
魔法の刃が鉄の弾丸を叩き斬る。S級冒険者二名は、ゴブリン側の放つ弾道を見切り、魔剣で弾くという神業を駆使してきたのだ。
異能剣士たちは剣を閃かせながら、ゴブリンの陣地に斬り込んでいく。たちまち妖魔の青い血飛沫が次々と舞った。
うぬぬ。たま~に、こういう手練れが攻めてくるから油断ならないのだ。大至急、ゴブリン側に新たな支援が必要だった。あたしは機敏にキーボードを叩く。
こういう強敵には、さらに文明レベルを上げて対抗するしかない。
「鉄の鳥だ! あいつら今度は鉄の鳥を召喚したぞぉ~」
「間合いが遠すぎて、弩もファイアボールも全然効かない!」
そう。焦ったあたしは急遽、現役の武装ヘリを異世界に転送投入したのである。
AH-64アパッチ。アメリカ陸軍が採用する対地攻撃ヘリコプターだ。
30mmチェーンガンやロケット弾、対戦車ミサイルを武器とする、恐るべき天空の破壊者。
とてもじゃないが、ゴブリンには操れない代物なので、自ら遠隔操作せざるを得なくなり、パソコンの前からまったく離れられなくなってしまう。
しかも、あたし自身が冒険者を直接殺したら規約違反なので、やることは援護のみ。
あくまで戦闘はゴブリンにやらせないといけないのだ。まったく、やりにくいったらないよ。
「・・・・・・来ないの?」
戦闘発生から約2時間後、絶対零度の如く冷たい声が携帯から届くまで、あたしは必死にマウスを握って、激闘を繰り広げていた。
だってこの巣がもし全滅したら、天界市役所からバイト代振り込んでもらえないんだもん!
天界も最近電気代やガソリン代がまたまた上がったし、今年は稼がないといけないのだ。
だが玲奈からの怒りのコールに、ハッと我を取り戻したあたしは愕然となった。もはや時間の猶予がない。早急に事態を解決すべく、マウスをダブルクリックする。
「ここから出ていけー!」
ヴァルルルルルルルルルルルッ!!
「のわー!?」
上空からチェーンガンを乱射する。タマが当たったら当たったで、もうしょーがないや、と割り切った猛射撃だ。
土煙を上げて大地を穿つその破壊力に、雑魚冒険者たちは蜘蛛の子を散らすように逃げ出す。
「お次は催涙ロケット砲、全弾一斉発射!」
続いて、天界特製の非殺傷催涙弾を片端から発射する。殆どの大砲に汎用で装填出来る便利なアイテムだ。ヘリから連続発射された特殊弾頭は、激烈な催涙効果のある膨大な白煙を冒険者の周囲に立ち込めさせる。
「目が凄く痛い!?」
「鼻も凄く痛い!?」
これにはS級異能冒険者のロートルファイターズも打つ手がない。目と口元を抑え、ゲホゲホと激しく咳き込みながら後退していった。
そうしてあたしは、なんとか彼らをゴブリンの森から撤退させることに成功したのである。
「闇の女神ミーナミーマキー、おかげで今回も巣は守られたゴブ。群れで感謝の舞を踊るゴブ!」
PC画面の中で、深く頭を垂れたゴブリンシャーマン、ゴブリンロード、ホブゴブ、平ゴブリンたちが焚き火を中心に、奇妙なダンスを披露している。まあそれは正直どーでもいい。
とにかく今は玲奈だ。彼女は一度へそを曲げたら、表情には出さずとも当分機嫌が治らない娘なのだ。
お互いまだ22歳。初めての恋人同士なので、慣れてなくて色々融通が効かない。
今から大急ぎでお店に向かわなくては。恋人とのショッピングもグルメもラブホも全部諦めたくない!
だが、女の自由な暮らしに先立つものが必要なのもまた事実。だからあたし南真希は、これからも時給1000円(日本円換算)の暗黒女神、ミーナ・ミーマキーとしてアルバイトを続けるのである。
(完)