素直に死なせて下さい
52歳になるおっさんが、一人寂しく帰宅する。
家に帰っても迎えてくれる人はいない。自由な時間を謳歌する独身貴族だ。
とは言っても、これといった趣味もなく、只々同じような毎日を過ごすだけの日々だ。
こんな人生楽しいか?と聞かれたらつまらないと即答する位退屈だ。
一応趣味をみつける為に色々やってみたが、どれもパッとしなかった。
面白いと思える物もあったが、趣味にまで昇華できる物はなかった。
そうして今では、早く寿命が尽きないかと考えるようになったのだった。
駅から歩くこと10分、我が家につく。
2回建てアパートの101号室の前に立ち鍵を開ける。
中に入ろうとした時、中から物音がした。
明かりを点けて中を確認しよとしたら、突然黒い物体が俺にぶつかってきた。
あまりの勢いにうしろに倒れ、背中を強打した。
最初、背中の痛みに気を取られていたが、黒い物体がぶつかった所に強烈な痛みが走った。
お腹を触りながら上を見上げると、目の前に黒いフードをかぶった人影が、赤い液体に染まった包丁を持って立っていた。
「か、金はどこにある。は、早く出せ、出さないと又刺すぞ」
その言葉で、空き巣にお腹を刺された事に気づいた。
こんな状況ならパニックになりそうだが、痛みのせいか逆に冷静になっていた。
「俺が持ってた鞄に財布があるから・・・勝手に持っていけ」
黒いフードの男は鞄に視線をやると少し考えこんでいた。
そして、独り言をつぶやきながら俺に切りつけてきた。
「ここまでやったならとことんやってやる。お前を殺してゆっくり物色するよ」
俺が死ぬまで、いや、死んだ後も包丁をぶん回していた。
自分の体の感覚がなくなり、意識だけはある。
そして、その意識は上へ上へと昇っていく。
死に方は最悪だが、これでやっと開放される。
この世に未練もなければ悔いもない。このまま魂が消滅するのを待とう。
そう思った時、白い光が俺を包みすぐに弾け飛んだ。
すると、体の感覚が戻り、今までとは違う場所にいた。
「52年の生涯お疲れ様でした」
優しい声が聞こえ、その声のする方へ向くと一人の女性がいた。
「私は女神です。あなたの人生はとても健康的で仙人のような生き様でした。
そんなあなたに、今世よりもより良い来世をプレゼントしたいと思いまして、この場に呼びました」
何を言っているのか意味がわからなかった。
いや、意味はわかっていたが、それを受け入れたくなかった。
「あなたにとって地球はとても退屈のようでした。なので、地球とは別の世界で転生させていただきます」
自称女神が勝手な事を言っている。
俺の望みは純粋な死なのに、又生まれ変わって、退屈な日々を過ごせだと。
「その世界で楽しく生きていけるように、特別なスキルを授けます」
これは昔読んだ小説、異世界ものだ。
チートスキルで魔王を倒したり、異世界の文明を良くしたり、ハーレムを作ったりの展開。
わざわざ生まれ変わって大変な事をしなきゃいけない?
チートスキルだって使い過ぎれば飽きるだろうし、魔法とかも興味ないし、このまま死なせて欲しい。
「と言うわけで、これからあなたを異世界に転生させます。準備はいいですか?」
やばい、凄いイラつく。
こっちは何一つ言葉を発してないのに、勝手に話を進めている。
死ぬ前まではこんな短期じゃなかったのに、死んで性格変わったか?
そもそも、俺は神を信じていない。
ましてや、自ら神を名乗るやつは信用ならない、そんな輩は大抵詐欺だから。
そう、忘れもしない20年前、精神的にまいってた時に変な宗教団体に捕まった。
耳心地いい言葉を匠に使い、神の啓示を受け取れる私は神に等しい、なんて言う宗主を筆頭に、神の奇跡を起こせる幹部達、それを崇拝する信者。
この宗教団体はダメな奴だとすぐにわかり帰ろうとしたら、一度この地に足を踏み入れたら信者とみなされます。なので、ここから出たいのであれば、脱退料30万支払っていただきます。
それからなんだかんだと1時間話をして、20万にしてもらい後日支払って脱退した。
詐欺として警察に行ったが証拠もなく、20万はお布施だと言われ、泣く泣く引き下がった。
だから、自称神は信用しないし、神も信じない。
「それでは今からゲートを開きます。ゲートが開いたらそこから異世界に転生します」
プッツン
俺の何かが切れた。
「自称女神、こっちは何一つ了承もしてないのに勝手に話進めてるんじゃねぇ。
生に対して未練もないし、異世界に興味もない。このまま死なせてもらう」
俺の発言に口をパクパクして、驚いている様だ。
暫く口をパクパクしたと思ったら、突然後ろを向き小声で話しだした。
誰かと通信しているみたいだ。
通信が終わったらしく、こちらに向き直る。
「地球はあなたにとって退屈の様でした。
なので、刺激ある異世界で楽しく暮らして見てはどうでしょう?」
「自称女神、あんたにとっては刺激があって楽しい世界かもしれないけど、俺にとっては退屈な世界かも知れない。
楽しいかどうかもわからないのに、そんな危険を冒してまで生まれ変わりたくない」
「私、女神が保証します、あなたにとってこの異世界は楽しい場所だと」
「自ら神を名乗る奴を俺は信用しない。
もし本当に神であるなら、俺の本当の願いである死を受け入れるべきじゃないのか?」
神を否定されてイライラしているのか、俺が素直に転生しないことにイライラしているのか、
自称女神の顔が紅潮し、ただならぬオーラを発して睨んでいる。
そんな事をされてもビビリはしない。
死ぬ前から決めていた事を、簡単に諦めたりはしない。それこそ死んでも死にきれない。
ん?何か矛盾しているか?
「わかりました。あなたを転生させることで私が女神であることを証明しましょう。
転生されれば、私の言っていた事は間違いでない事に気づくはず。
なので、今すぐゲートに飛び込んで下さい」
言葉使いは変わっていないが、所々怒気を感じる。
俺もイラついているので、そんな事は気にせず反論する。
「別にあんたが女神だとかはどうでもいい。それは些細なこと。
俺は異世界に行きたくない。このまま死にたい、ただそれだけだ。
なのに、こっちの都合を考えず、異世界は楽しいから転生しろとは勝手過ぎるだろ。
それに、そこまで異世界に行かせようとしてるのは何か裏があるんだろう。
そっちの都合に巻き込まれるのはごめんだ」
自称女神がうっすらと笑を浮かべプルプル震えている。少し怖い、いやかなり怖い。
これはキレる寸前だ。そう思った矢先、自称女神は
「うっさいんじゃボケ。さっさと転生すればええんじゃ。
それに、女神が現れているのにその言葉使いと態度は何なんじゃ。もっと敬え。
お前が思っているよりも神々の世界は色々あって大変なんじゃ。
素直に女神の言う通りに転生すればええんじゃ。ハァ、ハァ、ハァ」
キレた。
そのせいか論理でくるのではなく、力でねじ伏せにきた。
どっちにしろ、転生する気は毛頭ないから問題ない。
そして再び俺は反論する。
あれからどれくらい時間が経過したのかわからない。
ここは朝もなければ、夜もなく、時計すらもない異空間。
ずっと女神とやり取りしても、眠くもならないし、疲れることもない。
感覚的には10年以上やり取りしていると思うが、そんな事はどうでもよく感じる。
「本当に強情ですね。早く転生しなさい。今なら時間を操る時空魔法を付与します」
「何度もいってるが、魔法に興味はない。素直に諦めて死なせてくれ」
結構な時間が経っても、やり取りする内容はあまり変わらない。
そういえば、神々の世界は大変とか言っていたけど、
こんな所で時間を使っているって事は、そこまで大変ではないのだろう。
なんだかんだと、こんなやり取りも楽しく感じる。だからと言ってこんな所にずっといたくはない。
「頼むから、素直に死なせて下さい」
俺の叫びが異空間を駆け抜ける。そして又、不毛なやり取りが続くのであった。
終わり