表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
<R15>15歳未満の方は移動してください。
この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

トラウマ級の地獄を味わった娘に今度は俺がほのぼの天国を贈りたい。

作者: 小野 華茶

拙い文章だとは思いますが、どうぞよろしくお願いします!



 今年で28歳になる男はやっと安定してきた仕事も終わり、帰りの道を歩いていた。


「今年で28かぁ、あっという間に時間って過ぎるよなー」


 そんなどうでもいい事を言っている男の手には、さっきまで仕事の付き合いで食べていた店の、余り物の手羽先や唐揚げがこれでもかとタッパーに詰められていた。


 余り物の入った袋をチラ見して言う。


「家に帰ったら、貯めてたアニメでも観ながら二回戦、始めるか!」


 しばらく鼻歌まじりに軽い足取りで歩いていると、突然。


「きゃあぁぁぁ!!」

「そこの奴!避けろ!」

「え?」


 前に向き直すともう、すぐ側に男が迫っていた。

 何かが俺のお腹に届く瞬間、それを見た。


 それは、銀色の輝きを放っていた。


 ドスッ…!


「ぐっ…!」


 お腹に物凄い痛みが襲った。……が、

 俺は苦悶の声を上げながら、逃げようとした男に一矢でも報いようと、渾身の横蹴りをいれた。半ば反射的に。


「なっ…!!」


 刺してきた男は驚きの声をあげ、俺に蹴られた衝撃で後方に吹っ飛んでった。


 蹴り飛ばした俺は、


(ハハッ! ざまぁみろ!!)


 と心の中で叫び、反動で後ろに倒れた。


 俺の周りにはちょっとした血の池ができていた。


――蹴り飛ばした男が周りの人達に取り押さえられるのと同時に俺の所にも誰かが来て、俺に必死に呼びかけている。

 意識が薄れていく中で、近くにいる人に向かって、


「俺…の…手羽…先……」


 と言った所で男の意識は暗転した。



◇◇◇◇◇



 灯りは蝋燭(ろうそく)だけの暗い部屋。

 壁や床は石で作られており、その石は冷たい色を放っている。

 天井は木製で、一箇所にだけ同じ木製の古びた扉が存在し、扉のすぐ近くの地面には階段が数段あった。


「ぐあっ…!」


 その部屋は倉庫のようにあまり大きな部屋ではなく、隅々まで掃除が行き届いていない。

 探せば鼠などが出てきそうなくらいである。


「がはっ…!」


 そのような部屋で手を拘束器具によって封じられたまだ7歳の少女は、受け身も出来ず、直に鞭で痛めつけられ苦悶(くもん)の声を発していた。


「んぐっ…!…ふぐっ…!」


 その身体には恐らくもっとずっと前からこのような状態だったのだろう、痛々しい傷がまだ残っていて、服は既にボロ雑巾のような状態である。


 少女をこのような状態にしている人物とは、

一体誰なのか…


 バチンッ!


 また鞭で痛めつける音が聞こえる。


「全部お前のせいだ…!」


 そこには、目を血走らせて鞭を振るう、

少女の父親(・・)の姿があった。


そしてまた怒鳴り声が響く。


「お前の…お前のせいでっ…!」


 父親は半ば叫び、目を血走らせ、手にしている鞭で少女を殴りつけた。


「ぐぅぅ…!!」


 痛みに呻き声をあげながら少女は思う。


――あぁ、


もう何度目だろう。この言葉を突きつけられたのは。


――あぁ、


もうどの位経ったのだろう。この地下室に閉じ込められてから。


――あぁ、


もうどの位殴られただろう。あの優しかった堅い拳で。


――もういっそのこと、殺してほしい…。


少女はまた、考える。

何故こんな事になってしまったのか。



◇◇◇◇◇



 少女は赤ん坊の時に養子でこの家に迎えられた。



 家族は全員で三人。

 少女と父親、そしてとても美しい母親。

 父親と母親はとても仲が良く、養子の少女と、二人の間に産まれた本当の子供のように接し、笑顔絶えない日々を幸せに暮らしていた。


――だが、少女が4歳になったある時、母親が亡くなってしまった。


 母親はもともと、身体の強い方ではなかった。


 母親をとても愛していた父親は、その日からずっと魂の抜けた様な顔になり、元は結構お調子者な性格だったのに、全然喋らない無口な人になってしまった。


 少女は元気を出させてあげようと、いっぱい話しかけたが返ってくるのはいつも、


「ああ…」


 空っぽの言葉だけだった。


 家の中の空気は最悪で、いつもドロドロである。


 それから父親は少女が何かで失敗をすると暴力を振るうようになった。


 それはどんどんエスカレートしていき、

 少女が5歳になる頃にはもはやストレス発散道具のような存在と化していた。


――そんな矢先、地下室に入れられた。


 少女に非は全く無いのだが、母親を亡くした父親には心の余裕がなくなり、周りのことが完全にどうでもよくなっていた。



◇◇◇◇◇



 それから待っていたのは地獄だった。


 激痛と苦しみと罵声の毎日。


 父親が来ない時は暗闇の中に一人、たまに貰える食べ物もほぼゴミのような物で、とても食べれそうに無いモノを吐きそうになりながらでも無理矢理、喉の奥に押し込んだ。


 父親が来ると引っ張られ、吊るされ、殴られ、蹴られる。


 地下室に入れられて、奴隷のように扱われ、過酷な状況の中、どうにか生きて、2年が経過した。


(もう、いっそのこと死んでしまった方が楽なのではないか)


 またこの感情だ。


 不幸な考えが何度も頭をよぎる。


 いつものように、頭を振ってその考えを吹き飛ばす。


――こんな『地獄』で終わってたまるか。



 これまでの毎日で心が強くなっていた少女には、いつしか『地獄』への反抗心が生まれていた。


 その心を汲み取るかのように未だ拘束器具が付けられた少女の目は鋭く光った。


 爛々と強く生きようとするその輝きは、まさに命の輝きそのものである。


――そしてそれは唐突に。


「なんだ、その目はぁぁ!!」


――良くも悪くも。


「ぐぅぅ…!」


 少女の目を見た父親はその目から通じた反抗心に激昂し、少女の元へ近寄って行き、その首を絞め上げる。

 その手の力はかなり強く、怒りに狂い少女を絞め殺そうとしている。


――これまでの日々に終わりを告げる。


 少女はまだ7歳だ。もがいても力で敵うはずもない。

 このままだと、あと十数秒もかからずに少女は死ぬだろう。


 その状況は一方的だ。覆しようが無い。


「ぐぁっ……っ!」


 意識が薄れていく中で少女は願う。


――こんな地獄に負けたくない。


――あの優しい温もりを忘れたくない。


 目の前の首を絞める父親の顔はなんて酷いのだろう。


(あの時のように…また…)


 少女の目から涙が溢れた。


――あぁ、もっと生きたかったぁ…なぁ……。


 少女の一生懸命に抵抗していた両腕から力が抜け、だらりと下がった。


――黒い感情が渦巻いてゆく。


 今まで見ないように、目を逸らし続けてきた現実に目を向けてしまう。


――黒い渦はやがて心へ侵食し、


激しい後悔が少女を襲う。


――その瞬間、


(生きてくるんじゃなかった……)


――少女の心を閉じ込めた。


 ドサッ…


 父親(・・)が倒れた。



「う、ゲホッ…ゲホッ……」



 激しく咳き込む少女は、疲労で意識が暗転する前、直前にあるものをその目で見た。


 それは、

 父親が子供のように激しく泣いている姿だった。



◇◇◇◇◇



 男は眠りから覚醒するように目が覚めた。



(俺は確か…帰り道で変な男に刺されて…)


 ああ、まだ意識がはっきりしない。


 そんな俺は、自分が両手で何かを強く握っている事に今更ながら気づいた。


(なっ!?)


 俺の手の中にはボロボロな少女がいた。

 普通にとんでもなく驚いた。


 何に驚いたかって、少女がいたのにも驚いたけどそれよりもその少女の首を絞めている事にとんでもなくびっくりした。


 びっくり仰天な俺は思わずその少女を放した。


 ドサッ…


少女が地面に落ちる音がした。でも、あまりにも音が軽い。


(殺したのか!?)


 内心共々ドキドキしながら少女に手を伸ばすと…


「っ…!?」


 これまたとんでもない頭痛が襲ってきた。


(なんだ…これ……記憶…?)


 その正体は頭に流れ込む記憶だった。


 改めて今の服装を見ると、


(なんだこの服装?)


 これまでの異常に俺の頭が1つの考えを導いた。


(まさか、転生!?)


 俺が好きだったラノベのジャンルだ。


(てことは…この記憶は、この男の……)


 流れ込む記憶に集中すると、


(なんだこの記憶…!)


――絶句した。


 記憶は、1人の男の人生の記録だった。



―それは、色々な事に対する成長の「驚き」



―それは、大切なものを守るための「強さ」



―それは、自分の心を満たしてくれる「愛」



―それは、愛するものと一緒に過ごす「幸せ」



―それは、愛するものが消えた時の「絶望」



 これまでの男の全てが俺の中に流れ込む。


「ぐぅ…うっ…うぅ…うぅあぁぁ…!」


 そして俺は………泣いたんだ。



◇◇◇◇◇



 男の絶望は大き過ぎた。


 確かに幸せもあった、あったのだけど、男を取り巻く絶望はあまりにも大き過ぎた。


 妻をそれほど愛していたのだろう。

 愛して、愛して、愛している絶頂でそれは消えた。


 そしてその分、男の心には大きな穴が空いてしまった。


 そこでこの()だ。



――この()は2人の実の子供ではない。


 心に大穴の空いた男は妻のいない日々に、少しずつ、少しずつ、病んでいき、とうとう、妻が亡くなった事実を全て娘の所為(せい)にした。


 誰かの所為(せい)にしなくては気が狂いそうだった。


 だけど、と俺は思う。


――なんでその大きな穴を娘への『愛情』で埋めなかったんだ?


 男はその空いた空間を娘への『愛』ではなく、娘に濡れ衣を着せて、偽りの『怨恨』で埋めたのだ。


 そんな偽りの心でこの()にずっと途方もない地獄を味わわせてきたのだ。


 俺にはこの()に与えてきた地獄が、これまでの2人分(・・・)の記憶が、鮮明にのこっている。


 だから俺は泣いた。



―この()の悲痛な現実に。


―この()の本来のあるべき未来に。


 本当ならもっと笑って暮らせるはずだった毎日に。

幼いこの()に与えられた途方もない地獄に。



―この()には、俺が幸せを与えてあげよう。



 もう一生分の苦しみは味わった。


 残っているのはあと一生分の幸せだけだ。


 もう絶対に苦しみは与えない。



――絶対に俺が許さない。



 目の前に涙を流して倒れている(むすめ)に目をやりながら、


 俺はそんな事を心に固く誓った。



◇◇◇◇◇



 俺には転生する前の記憶と転生した男の2つの記憶がある。


 男とは「お前のせいだっ…!」とか言っていた奴のことだ。


 28歳のこの男の名前は、『バーン・クーヘン』

転生する前と同じ年齢だ。なんという偶然。それでもって、名前が完全にデザートじゃん! ネタか! と思ったが許してほしい。

 ていうか家名がクーヘン。逆にどんな名前ならこの家名と合わせてカッコよくなるんだろうか。うん、めっちゃ謎だ。


 それなのに俺の名前だけは名前と家名がマッチし過ぎていて思わず親のいじめか、と思ったぐらいだ。

 だけど、この世界に『バ○ムクーヘン』なる物は無い。そう、偶然起きた奇跡なのだ。そのため親は悪くない。それどころかむしろ『バーン』単品ならそこはかとなくいい感じなのだ。


 え? ……良いよね?


 ま、まぁ、親さん、グッジョブ!



 そしてそんなバーンだが、実は冒険者だった。


 冒険者とは色々な仕事を依頼として請け負い、その依頼を達成した時に報酬をもらうのが一般的だ。


 簡単に言えば『何でも屋』。


 依頼には色々な種類があり、例えば魔物や獣の討伐、特定の素材探し、ゴミ掃除にネコ探しなどがある。


 これらは、この世界に転生した際に流れ込んできたバーンの記憶が教えてくれた。


 そしてさらに重要な事がわかった。そう、この世界は剣と魔法の世界だったのだ。



◇◇◇◇◇



 この世界は剣と魔法の世界だ。


 魔法には、「火」「水」「風」「地」「治癒(ちゆ)」が主で他に「光」「闇」がある。


 これらは『魔力』というこの世界の人なら誰でも持っている力を使い、発現させる。


 魔力の量は生まれつきの素質も影響するが、子供の頃は魔力の限界値を大きく拡張するのが簡単で、子供の頃から魔力を限界まで使い、その限界値を拡張するのが一般的なのだが、魔力を限界まで使うと疲労が身体に一気に溜まり不快感や疲れが押し寄せる。


 そのため、子供の頃からやろうとする者は少なく、大人でも拡張する事が出来るが、それは子供の頃と比べて極端に少なくなっている。


 つまり、子供の頃は使い道などを知らず、疲労や不快感が残るためそれを行うことを拒むが、大人になり使い道を知り、それらを我慢出来るようになった所でもう遅い。というわけだ。


 『火』や『水』、『風』はその名の通り魔力を使いその言葉通りの現象を発現できる。

 そして『地』は地面に穴を開けたり、盛り上げて壁を作るだけでなく、土を弾丸のように飛ばすことが出来る。攻防一体の属性だ。


 魔法は素質が重要で、素質が無ければ絶対出来ない、というわけではないのだが、とてつもなく難しい。そのため素質がない時は諦めてしまう人が後を絶たない。

 さらに魔法には属性にも素質があり、『火』の素質はあるけど、『風』の素質が無い場合、火は余裕で使えるが、風が難しいという事がある。


 魔法が使え、魔法の全てにおいて素質があるというのはほぼない。

 それでこそ、『勇者』くらいの存在でないと。



◇◇◇◇◇



 次に剣と魔法の「剣」の方だ。


 こっちには『スキル』というものがある。スキルには2つの種類があり、1つ目が『自分の力で磨き上げた技能』これは、長年の修練や才能で自分で編み出すものなので、スキルの習得が難しいが、利点は大きい。このスキルは魔力をあまり消費しないのだ。


 そして自分で編み出すものなので、こっちのスキルも多種多様である。

 例えば、速度を重視した高速の4連撃だったり、攻撃力を重視した遅い痛恨の一撃などなど。

 難易度の高いスキルである。


 2つ目が『ふとした切っ掛けやレベルアップした際に神様から(たま)う、魔力を消費する(・・・・・・・)スキル』だ。

 こっちは、1つ目の修練のスキルとは違い、魔力を消費する。消費する代わりに現実的には不可能なことも行えて、スキルの行使も簡単である。


 賜うスキルはランダムで、こんなのが欲しいと願ったらそれが貰える訳ではない。あくまで偶然で、レベルアップ毎に貰える訳でもない。


 スキルは年齢が10歳になる際に必ず1つ貰えるが、それによって自分の人生のあり方を決める人も少なくないらしい。


 そして今出てきたように、この世界にはレベルがあり、レベルの上限は存在しない。確か、約300年くらい前に魔王を倒した勇者のレベルは249だったとされている。


 ここら辺で改めて、「異世界だなぁ…」と実感したりもした。

 まぁ、前世の俺の憧れみたいなものだったから。


 そして最後に、冒険者が存在するように、魔物も存在する。

 勇者が存在するように、魔王も存在する。


 全体的に見れば平和そうな毎日でも、良く隅々まで眼を凝らせば色々な現実が見えてくるものだ。



◇◇◇◇◇



 泣き終えた俺はまず、少女の拘束器具を外した後、少女の着ている服が服と呼べるような物ではなくなっていたので、着替えさせることにした。


 ぐっと腰に力を入れ持ち上げると、少女は……やはりとても軽かった。


 腕や脚、体は痩せ細りとても弱々しい。髪は手入れがされず伸ばし放題となっていた。



「ごめんよ……ティア……」



 これだけで俺の心は締め付けられ泣きそうになった。


 少女の名前は『ティア』、家名と合わせると『ティア・クーヘン』。何年もの間、地獄ような無慈悲な時間をたった1人で耐えてきた、とても可哀想な()だ。


 取り敢えずこの倉庫は二度と使わないことを心に誓いつつ、ティアの部屋だった(・・・)部屋へ連れて行き、ベットへ寝かした。


 体を拭いてやり、クローゼットに入っていた一番まともな服を着せた。


 ティアの小さな体には歴戦の戦士を思わせるような傷跡が身体中に無数に残っていた。

 その1つ1つが痛々しく悲しい気持ちになるとともに小さな怒りが湧く。


 クローゼットの中の服はどれも少し小さく、何か食べれる物を作ろうとも思ったが、台所には食材が雀の涙ほどしかなかったのでどっちも買いに行くことにした。


「ごめんティア……本当は起きるまで側にいたいけど、少し出掛けてくるよ……」



 そう小さく(つぶや)くように言った俺は、大きい音が鳴らないようにそっと扉を閉めた。



 異世界に転生してから初めての外、こんな状況じゃなければワクワクしていただろう。

 今度はティアと一緒に行こう。


 行き場のない怒りを胸に、今、屋敷の玄関を開けた。



◇◇◇◇◇



 ここは冒険者の街『ドネーシア』


 ちょっと前世のどこかの国の名前に似ている気がしなくもないが……気のせいだろう。


 ここには冒険者が多いのはもちろん、暮らす人も多い。

 理由は色々あるが一番大きいのは、住みやすいからだろう。この街は無数にある街の中間地点にあるためだ。

 ここから行商人は色々な街に行けるし、街の真ん中ということで他の街から来る人も多い。


 そして何より、この街の冒険者は温厚な者が多い。冒険者といえば街で絡んできたり、なにかと争いが絶えない印象があると思う。

 なのだが、なんとこの街ではそんなことは少ないのだ。


 そのため今日も街道は商店や露店、冒険者や他の街から商品を売りにきた馬車などで賑わっている。


 そんな中に漆黒の長いローブを身に付け、頭にはフードを被った男が、その場には不相応な少し暗い雰囲気で歩いていた。


 そんな怪しい男の行く先は『服屋』、ティアの着替えの服を買いに来ていた。



 服屋に入ると直ぐに店員が来た。清楚な雰囲気の女店員だ。


「今日はどんな服をお探しですか?」

「ああ、」


 返事をして、バームの記憶にある方の、ああなる前のティアの姿を頭に映し出した。


 太陽の光を優しく包み込むような金色の髪に、大空のように清々しい爽快な空色の瞳。

 顔のバランスが完璧で非の打ち所がない美少女。


 俺からしてみれば同じ場に立つことさえ躊躇(ためら)うほどだ。


 それなのに…


――あんな苦痛しかない毎日のお陰で今のティアは心身共にボロボロだ。


 ティアがそんな時に何も出来なかった自分にも怒りが湧いてくる。


「ど、どうしました?」


 店員が焦り気味で聞いてきた。


「あ、いや、すまない、何でもない。」


 少し顔に出ていたようだ。感情の変化が顔に出るのは直さないと。世の中ポーカーフェイスだ。


 そしにしても改めて考えてみてもどういうのが良いかよく分からないな。そうだ、こういう時は…


「そうだな…」


 オールマイティなやつを頼むに限る。



「白のワンピースを三着くれないか?」



 通じるか少し心配だったけど、どうやらちゃんと通じたらしい。


「わかりました!」



――1つ目の任務完了。



 次の向かう先は食材の売っている場所、露店だ。


 露店は主に木で出来ていて、物が落ちない様に工夫されたテーブルに布で屋根を作った簡素なものだ。

 転生系にありがちなやつ。


 ゴロゴロ転がっている食材を真剣に品定めして、生きが良いのを選び抜く。


 転生する前の俺は朝、昼、夜、問わずコンビニで買って食べてたから手作り料理なんてほとんど出来ない。が、今のティアに食べれて栄養のあるものといえば、お粥しかない! 流石の俺もお粥くらいは作れるさ!


 そんで俺は「卵お粥」を作ることにした。


 この世界にお粥なんて料理、もちろん無いし、同じ名前の食材もほとんどない。

 だけど俺にはこのバーンの記憶がある。


 記憶を頼りに大体同じような物を選び抜いて買った。



 こういう時に思う。記憶があって良かったぁ、と。


 異世界初心者だったらこんなスムーズに事が進まなかっただろう。


 そこはバーンに感謝しよう。



 さぁ、目標は達成した。後は我が家へ帰るだけだ。



◇◇◇◇◇



 我が家は普通の家よりすこし大きい。バーンの妻がまだ生きていた時に2人で買った、自慢の家だ。


 家のある場所は町より少し離れた、山を登り、開けた場所にある。

 のどかで空気がとても美味しく感じる。


 そしてこの森には危険な動物が存在せず、安全に登り降りできる。いちいち登ったり、降りたりするのが面倒くさそうと思うだろうが、この世界の冒険者には体力がとてつもなく大事だ。体力作りのためにも丁度いいという戦法だ。


 そして登った先、


 肝心の家の中は広く、日本の一軒家の4倍くらいの広さは余裕であると思う。ほぼ屋敷じゃん!と思うかも知れないが、結構高いお金を払ったのだからこれであってる。


 転生する前の俺の部屋は1LDKだったが…


 ちなみに二階建てだが、バーンは心の余裕が無かった為か使用人を1人も雇っていなかった。

 そのため家の中は(ほこり)やなんやで結構汚れている。これじゃ健康面でも心配になる。後で綺麗にしよう。


 そして最後に家の周りの庭だが、これもまた広い。手入れをすればラノベとかによくある特訓とか出来る清々しい庭になるのだろうが、あいにくこっちは全く手入れをしていない。

 雑草が伸び放題になっている。ぱっと見、荒地だ。これも後でどうにかしたい。


 庭の周りは森なので魔法の練習とかをしてもお隣さんからの苦情は無く、特訓などにとても良い環境になる事だろう。


 そんなこんなで家に着くまでの道のりで色々な課題が見えてきた。


 そんな事を考えて歩いているといつのまにか家に到着していた。


 今はとにかくティアに買った服を着せて卵お粥を作ろう。……何をするのもその後だ。


 やるべき事を頭に思い浮かべながら俺は屋敷の玄関を開けた。



 帰ってきた俺は最初に二階にあるティアの部屋へ向かった。


 体を余り見ないようにしつつ服を着替させている途中である事を思い付いた。


「そうだ……ティアのこの傷……治癒魔法で治せるんじゃないか……?」


 試してみる価値はあるだろう。


 幸いにもこの家には一際大きな部屋で、色々な種類の本が無数に保存されている書斎(しょさい)がある。


 そこになら治癒魔法の書くらいあるだろう。


 この傷が治せるんだったら努力なんて惜しまない。全身全霊でやってやる。


 意気込みは完璧だが、物事には順番がある。まず最初にやるべき事、それは……そう。


「お粥作るか」


 お粥を作る事だ。



◇◇◇◇◇



 お粥クッキング! 始まるよ!



 えー、今回作るお粥メニューはこちら!


 ドドンッ!


「卵お粥」です!


 こちらは風邪などの病気にかかってしまった時や身体が弱ってしまった時などにとても有効な料理です! しかも、作り方も簡単! 色々な具材を入れる事ができ、そのバリエーションも豊富!


 栄養あってバリエーションも豊富だなんて、素晴らしいですね!


 はい、そうなんです! 色々作れるので味には飽きませんよ! それでもって今回は「卵(ぽいもの」を使って作っていきましょう!



…………茶番はこれくらいで、はい。



 作り終わりました。「卵お粥(ぽいもの」です。


 早速ティアの元へ持って行きましょう。



 ……と言ってもまだ寝てるんだった。



 ティアの部屋へ静かに入室し、お粥を近くの机に置き、椅子を持ってきて寝ているティアの近くに座った。


「………。」


「……すぅ。……すう。」


 ティアの寝顔を見て、寝息をしばらく聞いているとなんだかこっちまで眠くなってきた。



………。



………。



………。



…いかんいかん。



 頭を振って眠気を覚ますが、またすぐに睡魔さんがやってきて、しばらくもしないうちにいとも簡単に眠ってしまった。



………。



………。



………。



………ゴソッ…



…ガサッ…ゴソッ…



 ……え、ああ……見ている間に寝ちゃったのか。


 辺りを見れば、もう暗くなり始めている。


 俺はティアの方へ目をやると、既にティアは起きていた。態勢はというと、ベットに寝転がったまま自分の伸ばした両手を見上げていた。


(…何してるんだ?)



「…大丈夫か?」


 聞いた瞬間にティアはビクッと驚き、


 半目でこっちへゆっくり向いた。



――こちらを見つめる瞳には光が宿っていない。



「っ…!」


だめだ、テンパるな俺!


「…ご、ご飯作ったが…食べれるか?」


「………」


 そ、そうだ、まずは水を飲ませてあげないと。


 お粥を温め直して水をコップに注いで持ってきた。


 ティアの口へとコップを持っていき、首を抑え、ゆっくりとコップを傾け飲ませた。


「…こくっ…こくっ…」


 辺りは物音一つしない。聞こえるのは水を飲む音だけだ。



………。



………。



 おっと、


 次はお粥だな。急いで温め直してきた。


 持ってきた後、まだ熱いだろうからスプーンですくってふーふーと冷ましてから食べさせた。


 すると、


 ティアの綺麗な目から涙が溢れた。



(…え! なに!? なんかやっちゃった!?)


 内心驚きまくっていたが、とうの本人は泣きながらぱくぱく食べていたので大丈夫だと……思う。多分……


 ティアは食べ終わった後、また直ぐに眠ってしまった。


 余程疲れているのだろう。今はぐっすり、休んで欲しい。


 気付けば部屋はもう真っ暗、なんとか窓から差し込む月の光で見えている。


「…ティア……」


 その後俺は、頰を濡らす涙をそっと拭いて、見守るように部屋を出たのだが、最後に見えた静かに寝息を立てる少女の顔は、



こころなしかうっすら微笑んでいるように見えた。


気軽に評価や感想お願いします!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ