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飛べた魔女はただの暇つぶし

 今日もいい日だ、餅美味い

 何処で医学書の情報を手に入れるべきかとふらふらと歩いていたら、餅つき大会というものをやっていて、【餅】と呼ばれる食べ物を貰った。自分の中ではスーパーで見かけたカチカチに固まった四角いもののイメージだったので、柔らかいつきたての餅は初めてだ。


「なるほど。これが、餅」

「まだまだあるから、食べていき」

「ありがとうございます」

 餅を丸める係の人が、ニコニコと渡してくれたので、ありがたくいただく。甘いきな粉が口どけ、餅と奏でるハーモニーの素晴らしさ。しょっぱい醤油もまた素晴らしい。

「ゆっくり食べなね」

「ももももももっ――んぐっ。そうでした。これは、殺人兵器でした」

 餅は毎年人々を天国から地獄へ落とす、悪魔の食べ物と呼ばれていると聞く。そんな死をも恐れぬ食への飽くなき探求心を持つ、異界の戦闘民族が食べる究極の食べ物。彼らはこれまで、毒を持つものも、塩漬けするなどして克服していた。それでも、この白い悪魔は毎年死者を出す。

 しかし今なお彼らは飽くなき挑戦を続けている――とネットと呼ばれる場所に書かれた文献を読んだ。

 素晴らしい。私も見習わなければ。


「若い娘さんは太るのを嫌ってあんまり食べないが、どうせ正月は太るんだ。我慢するだけ損だよ」

「はっ。なんという世界の心理」

 流石異界の人は賢い。王子にも聞かせたい言葉だ。そう。正月は太る。……まあ、元の世界に正月はないけど。

 一応新年という概念はあるが、冬ではなく春に来る。というか、何故冬の中途半端な時期を新年としているのか。異界は謎だ。春になったから新年の方が分かりやすいと思うのだけど。まあこれは文化の違いなので、夏に怪談話をするか冬に怪談話をするかの違いと同じだろう。新年の始まりが春だろうと冬だろうと、いっそ秋だって構わないのだ。


「というか、餅つきって、凄いですね」

 重そうな杵が振り下ろされる合間合間に、もう一人が臼の中の餅をひっくり返している。タイミングがずれれば大惨事になりそうだ。

 まさに匠の技。味だけではなく、目でも楽しませてくれる。

「今は機械で簡単に作れるけど、手間はかかるがこっちの方が盛り上がるよ」

「なるほど」

 下手すれば大怪我に繋がるクレイジーなお祭りだけど、確かにその方が盛り上がるというのは分かる。私は実際には見たことがないが、私の世界にもチーズを坂の上から転がし追いかける祭りがあるとかないとか聞いたことがある。うん。食べ物が関わると皆、常軌を逸するのだ。

 仕方がない。食欲は人間の三大欲求の一つだ。


「ちなみにお餅をつく機械は何処で買えるか知っていますか?」

「どこだろうねぇ。ねえ、餅をつく機械って何処に売ってるか知ってるかい?」

「はあ? 餅をつく機械? なんでそんなの」

「こっちの外人さんが欲しいらしいんだよ」

「家電屋に行けば分かるんじゃないか? 地図書いてやるよ」

 異界の人は親切だ。

 気が付けば餅だけでなく、家電屋までの行き方の手作りの地図までもらってしまった。


 お礼を言って、私は地図を見ながら家電屋を目指す。

 昔から異界の人は親切だった。私がお腹が空いて困っていると、沢山の人がお菓子を恵んでくれたりした。だから私は幼い頃はそうやってご飯を恵んでもらいに、異界へ行っていた。

 ただしあまり貰いに行きすぎると、親のことを聞かれ、どこかへ連れて行かれそうになるので、その辺りに注意していた。今なら私が虐待されていると思われたからだと何となく理解している。


 異界は恵まれた場所だ。

 異界にも貧困があるとは聞くけれど、私が知っている場所は見知らぬ子どもにご飯を恵んでくれる程度に裕福だ。裕福であるということは、心にも余裕ができる。

 自分の今日のご飯すらままならない場所と食べるものに困っていない人を比べてはいけない。守らなければならない人がいるならば、そちらを優先するのは当たり前だ。


 ……だから、決して、私達家族を見殺しにした故郷の人が悪人だったわけではない。

 私の両親が周りの大人が言うような悪人ではなかったように。

 少しずつだけれど、それが飲み込めるようになってきた。人は生きる場所、状況によって変わる。

 誰かにとっては悪い魔女も、誰かにとっては優しい魔女に変わる。


「……お餅、皆に食べさせようっと」

 きっと死をも恐れぬ戦闘民族の食べ物の話をすれば、お茶会メンバーはこぞって悲鳴を上げるだろう。皆どんな反応をするか楽しみだ。

 でも食べてみればこのおいしさの虜になるはずだ。

 そして毎年、餅つきをしようという話になる。美味しいは正義だもの。

 今日も元気だ餅美味い。

 家電屋で餅つきの機械を見たら、そろそろ帰っても大丈夫か、一度王子の様子をのぞき見しよう。

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