飛べた魔女はただの麺好き
今日もいい日だ、カップうどん美味い。というか、お湯を注いだら五分で出来るとか天才だろう。
三分でできるラーメンも、湯切りして食べる焼きそばも、考えた人は天才だ。こんなに簡単に食べられるのに美味しいとか、意味が分からない。何だこれ。神の食べ物だろうか。
土地柄の問題で、私は汁のある麺というものを食べた事がなかったが、異界から取り寄せ食べてからその魅力の虜だ。熱々の汁に浸かった麺は、禁断の食べ物だ。止められない止まらない。当初はすすれなかった私も、今では自由自在にすすることもできる。むしろエアーすすりもできる、プロフェッショナルだ。
「ねえ、もう開けてもいい?」
「駄目です。ちゃんとこのタイマーが鳴るまで待って下さい。そして、そっちの赤は私ですから」
今日も唐突に訪れた公爵令嬢はタイミングよく私のカップ麺批評会に出くわし、いつも通り強奪した。ただし異界語が読めないので、私の指導の元作っている。簡単だけど、入れる順番は説明がないと分からない。
「一口ぐらいいいじゃない」
「……公爵令嬢ですよね?」
「公爵令嬢だけど、今、貧乏だから。それにここ治外法権だし」
治外法権って、豚小屋はそんな大層な場所ではないはずだけど? でも確かに、豚小屋で令嬢もマナーもないかと思い、取り皿をもってくる。一口なら上げなくもない。美味しいものを分け合うのは正義だ。
「変わったお皿ね」
「異界の焼き物です。お鍋の時に使っているんです」
王子達とやる鍋は、雰囲気も出す為、土なべにガスコンロ、取り皿とれんげを用意した。この先もやると考えると紙皿はではもったいない気がしたのだ。
「そういえば、箸は使えないですね。こちらのフォークでお食べください」
「箸って、貴方が握っている棒の事?」
「はい。麺類は、この二本の棒ではさんで食べるんです」
そうこうしているうちに、カップうどんのタイマーが鳴ったので、御開帳だ。もわんと、白い湯気がでて出汁と醤油のいい香りがする。
「こちらは辛くなるものなので、好みに合わせて入れて下さい。えっと、じゃあ、一口だけここに入れておきますね」
箸で挟み麺を移動させると、公爵令嬢は私の手元を凝視した。
「他国で使われているものに似てるわね。その時見たのはもっとカラフルだったけれど」
「まあ、これは使い捨てタイプですから。私が行っている異界は、こちらより文明が進んでいますが、多分似たような歴史を通ってきている感じですので同じ器具もあると思います。箸に関しては、慣れると、汁のある麺類はこっちの方が食べやすいと思います。異界では名入れができる箸とか、模様や色の違いもあって、面白いですよ」
柔らかい湯豆腐とかは中々掴むのが難しいけれど、箸は切ったり挟んだりできるので便利だ。
「ふーん。どうやって使うの?」
「お教えしたいですが、カップ麺は、麺が伸びる前に食べた方が美味しいので先に食べて下さい」
箸のレクチャーは後でもできる。とにかく今は、この禁断の食べ物の美味しさを知って欲しい。
「ずずずずずずずずっずず」
「えっ。何、今の?」
「すするという行為で、異世界では麺類を食べる時はそうするんです。ですが、公爵令嬢はまだビギナー。まずはレンゲの上に麺を畳むように乗せお食べ下さい」
「不思議なマナーがあるのね。でも確かに異国では手づかみが常識の国もあるからそういうものかしら。あら。美味しいわね。汁に入っているからどんな感じか不思議だったけれど」
そうでしょうとも。
笑顔で次の一口をスプーンの上に乗せる公爵令嬢をみて、私も遠慮なく食べる。ああ。幸せ。寒い日はやっぱり温かいものに限る。
「そういえば今日の御用は何ですか? 豚の出荷ですか? 豚貯金箱は、三つほど置いてありますよ」
「えっ。もう三つも溜まったの? ……それは今度のお茶会の時に誰か別の人と一緒に解体するわ」
「別に少しくすねても気にしませんよ?」
「いいえ。お金は絶対後になって、もめ事の原因になるのよ。だから貴方はそんな軽々しく言ってはいけないし、お金を貸したりしては駄目だからね。いい? 知り合いでもよ。私は貴方とは死ぬまでの付き合いになる予定だから、そんな些細な事でもめるなんてごめんよ」
「そうですか」
公爵令嬢なら、私より有意義に使うだろうから、別に良かったのだけど。
でも彼女がいらないというのなら、無理に押し付けるべきではない。……というか、私は死ぬまで彼女と縁が切れないのか。へー。そっか。
「そうよ。今日は豚の収穫ではなくて、書類にサインをして貰いに来たの。私がしたのでは意味ないから」
「えっ。借金はしませんよ」
「させないし、必要ないわよ。どれだけ高級豚を貴方が飼っていたと思うの。これは貴方が肥えさせた豚で買う、土地の権利書。そしてこっちは、孤児院と病院の建物の権利書よ。運営は気になったら口出ししてもいいし、好きにしていいわ。私の方で不正な運営をされないか確認していくから」
「はあ。そんなもの計画していたんですね」
この短期間で、話しを纏めるとかすごい手際だ。まだ建物が立つまでに時間がかかるだろうから、実際に運営開始はもっと後――。
「ちなみに、孤児は既に既存の建物で生活してもらっているわ。場合によっては食糧支援を頼むわね。医師の募集は既にかかっていて、異界の技術が学べるかもしれないって結構有名どころが手をあげてくれているわね。助手の方もしっかり賃金を出す形で大勢雇うつもりよ」
「えっ」
とんでもない言葉に私は固まる。
私は医学なんて専門外だ。異界の技術云々などという無茶を言ってはいけない。
「というわけで、異界の医学書とかその辺り探してきて。知っているものなら買えるんでしょ?」
「なんという無茶ブリ」
何処で探せばいいのか。たぶんコンビニにはない。本屋もそんな専門書置いてないような気がする。……えぇー。めんどうだ。
「ゆっくりでいいわよ? ついでに異界の麺とか食べてきたらどう?」
「えっ? いいのですか?」
実は、前からラーメン特集が気になっていたのだ。全国津々浦々。ご当地グルメも素敵だ。異界の出る場所をうまく調整すれば、移動も簡単だ。
「ええ。王子にも、私から言ってあげる。でも異界にあまり行き過ぎると王子が心配するから、適度には戻ってきてほしいけれど。それでも異界での調べ物もあるのだし多少は大丈夫よ。ただし太りすぎて帰れないとかは駄目だからね?」
「分かりました」
ラーメン屋やうどん屋で食べるのは一杯で我慢して、後は目で確認。後日いつでも食べられるようにしておこう。
待っていて、私のいせうどんちゃんにはかたラーメンちゃん。あと、さぬきうどん様とみそにこみうどん君。えっとえっと。とにかく色々、未来で待ってて。
「医学書、忘れないでね。しっかり探してくるのよ」
そんな事を言われつつ、私は未来の麺に思いをはせた。




