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飛べた魔女はただの豚化

 今日も元気だ、ケーキ美味い。

 クレープ生地を何層も重ね、純白の生クリームで身を包んだ罪の塊、ミルクレープ。誰もまだ踏み入れてない雪原に赤い禁断の実を落としたショートケーキ。白ければいいというものでもないと、あえてその身を真っ黒に染め上げたザッハトルテ。秋を存分に楽しめと罪深き味わいのモンブラン。

 疲れた時は甘いものという事で、本日、喫茶子豚のお茶会の茶菓子は奮発して色とりどりのケーキだ。


「……何というか、凄い幸せそうね」

 公爵令嬢があきれ顔で何を言おうと、ケーキは全てを幸せにする魔法のお菓子なのだ。悪い魔女だろうと、誰だろうとその心を掴んで止まない、罪の味。

 それが砂糖と脂肪の塊であることは知っていても、皆が目をそらし堪能する。

「こっちはどう? あーん」

「むふー」

「このピンクのも可愛らしいわよ」

「むぐむぐ」

「このプリンアラモードも食べてみ—―」

「食べさせるな馬鹿野郎。というか、何いそいそ餌付けしてるんだよ」

 【予言の魔女】が差し出してくれるスプーンをぱくりぱくりと口に入れていると、王子からのお叱りが入った。


 今日の喫茶子豚は、通常メンバーにプラスアルファ【予言の魔女】でお送りしている。今まで手紙のやり取りしかしていなかった【予言の魔女】だったが、ハロウィンの騒動が終わってからは、豚小屋にやってくるようになった。

 そして喫茶子豚を開くと、当たり前のように参加してくれた。そして久々だったので奮発してケーキをたくさん買うと、それを小さめにカットしてくれて、私にたくさん食べさせてくれている。至福だ。天国はここにあった。

「いいじゃないたまには。ねー」

「ねー」

「ねーじゃねぇよ。そうやって甘やかすから、お前は予言でも俺の婚約者を痩せさせられないって、神から言われるんだよ!」

 そうだったのか。

 予言が出た時、多くの人が私に会いに来たけれど、【予言の魔女】の姿だけはなかった。人類が亡ぶという予言だからもしかしたら来るかもしれないと思っていた。でも、来なかった。

 いくら王家が【予言の魔女】を半軟禁状態にしているしても、人類の運命がかかっているならば、それを止める為に彼女を送り出すだろう。だとしたら私に会いに来てくれないのは、彼女の意志だ。

 その時私は、【予言の魔女】との関係をあきらめた。

 私の所為で不幸にしてしまったのに、私から【予言の魔女】を求める事などできないと思ったのだ。


「いいじゃない。これまでのぶん、うんと可愛がるって決めたんだから。鞭はアンタに任せるわ」

「ふざけるな。俺の婚約者だぞ?! 何で俺が飴じゃないんだよ」

「いい夫婦は、言いたい事を我慢しあわない関係よ。まあ、たまに言い過ぎて空中分解するけど」

「離婚じゃねぇか」

 でも違った。

 【予言の魔女】は来てくれた。私は彼女を不幸にしていなかった。それが、何より嬉しくて口元がにやける。あまり私が喜びすぎると、気持ち悪がられるのではないかと思って、ケーキで誤魔化しているけれど、本当はケーキなんかなくても、私は――。


「相変わらず、二人は仲がよろしいですわね」

「はあ?! 違います!」

「本当に、止めてください。おい。俺は婚約者を変える気はないからな?!」

「えっ。王子、婚約者をそのままにという事は、一人では飽き足らず、まさかのハーレム希望?!」

 ほわほわと笑いながら【癒しの魔女】が中の良さを指摘すると、二人が慌てて否定する。昔からこの二人は喧嘩するほど仲がいいというものな気がしてならない。


「何でそう極端なんだよ。俺の婚約者はお前だけで、コイツは悪友だ」

 王子の言葉に【予言の魔女】もうんうんと頷く。

「しかし実際結婚してみると、実はもう一人の幼馴染の事が好きだったと本当の気持ちに気が付くパターンって多いと思いません? この二人がくっつくだろうと読者は思っているのに、別の人とくっつくことを異界ではバームクーヘンエンドというそうです……なんだかおいしそうですね」

 たしか結婚式でもらったバームクーヘンを泣きながら食べる的なところから来ているらしい。……想像していたらバームクーヘンが食べたくなってきた。一枚一枚めくって食べるのもよし、一思いに切り食べるのもよし。

「そんな特殊エンド早々ねぇよ。俺らは王道で行くからな」

「豚と王子という時点で王道から外れてますけどね」

 豚はない。せめてそこは野獣だろうと。更に男女逆だ。


「そこの夫婦漫才はほっておくとして、本題なんだけど、【異界渡りの魔女】のやらかしの所為で、多くの使い魔が太ったとクレームがきているわ」

「……おーほほほ。とうとう悪い魔女の怖さをじわりじわりと感じる時が来たようですね」

 最後はバイキング形式で自由に食べてもらっていたので、私の方も管理していないけれど。

「それでね。使い魔の餌を売ってくれないかっていう打診もたくさん来てるのよ。美味しいものを知ってしまって、いつものごはんを食べなくなった子もいるみたいで」

「うちの子もそうですわ。ウズラの卵が気にいったようなのですけど、分けて貰えませんか?」

「は?」

 売ってくれ?

「いや、……通販はやっていませんが」

 そんなサービス始めたつもりはない。そもそもあれは悪い魔女としての嫌がらせであり、決して異界のペットフード紹介ではなかった。

 そんなサービスはしていない。

「そう言うと思ってね。魔女や魔法使いが訪問するのは嫌がられるだろうから、使い魔がお金を持って、【異界渡りの魔女】の家に直接お買い物に来ることになったから。ちゃんとこれからはお金を受け取って売りなさいね」

「えっ。いや。いりません。私、使う場所ないんで」

 だって、外に出ないのに、いつ使えと?

「お金は腐らないんだから、いらないなんて言わない。ちゃんとお金を受け取ってくれないと、こっちも能力使ったりした商売がやりにくいから。どうしても嫌なら、そのお金は寄付とかしなさい」

「えー。じゃあ、それで」

 引きこもり豚に、この世界のお金を使う場面などないのだ。だからいつも通り使い魔の子達は遊びに来てくれればいいのに。可愛い子は大歓迎である。私はゆきちさんの力で箱推ししていくスタイルだ。


「言質はとったからね」

「……な、なんですか」

 言質とか、何か物騒なんだけど。

「さてと絶対話さないといけない内容は終わったから、そろそろ呪文を唱えましょうか」

「そうですわね。最近甘やかされる頻度が増えたみたいですし。私もまたサポートさせていただきますわ」

 サポート? 呪文?

 何だろう、嫌な予感しかしない。というか、この流れ、前もあった。絶対あった。予言の能力なんてないのに、デジャブ観が半端ない。


「王子。異界渡りの魔女、最近太ったんじゃないんですか?」


 太ったんじゃないんですかー、太ったんじゃないんですかー、太ったんじゃないんですかー(エコー)

 公爵令嬢のとんでもない発言で、部屋の空気が凍った。酷すぎる。あんまりだ。また私を破滅させようだなんて、血も涙ものないのか?!

「オッケー。まだ秋は続いているしな。ブートキャンプといこうか」

「ひいぃぃぃぃぃ」

 今日も元気だけど、運動嫌い。お願い運動の秋よ、早く過ぎて。

 秋が過ぎないからか、破滅フラグの立った子豚の鳴き声は何度も何度も秋空の下で、響き渡るのだった。


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