復活の呪文はただの破滅の呪文
今日も元気だ、ハロウィン限定菓子うまい。異界のハロウィン最高だ。包装のパッケージが可愛くなるのもよし。……ただし異界人が描く魔女は、少しかわいすぎな気がする。嘘、大袈裟、紛らわしいにならないのだろうか。まあ、こっちだって美人な魔女は美人か。例外的に豚もいるだけで。うーん。でも魔女イコール美少女説なんて幻想を強化されて、異界の魔女はやりにくくないのだろうか。顔を見た瞬間がっかりされたら、私なら即刻引きこもる。
「お菓子のパッケージ見つめていても問題は解決しないわよ」
「ううう」
私が虚ろな目でお菓子を見つめていると、正論が公爵令嬢から飛んできた。分かっているけれど、全力で目をそらしたいのだ。
「心の病みってうつるのですね」
「そんな馬鹿な」
風邪じゃあるまいし普通はうつらないはず。癒しの魔女の言葉に、私はすぐさまツッコミを入れる。ああ、もう。本来の私はボケ担当のはずなんだけどなぁ。しかし現実は無情だ。私の背後には今日も王子がくっついている。筋肉質な膝の上に私を置いて、顎を頭の上にのせないでいただきたい。
お膝抱っこなど、豚にする体勢ではない。
今日は最近恒例のきらびやかな方々による、喫茶子豚ご利用日なのだが、この間から病気が治らない王子だけは私に引っ付き続けて、ゼロ距離お茶会だ。いい加減やめて下さい、お願いします。
「仲よく結婚はしてもらいたかったけど、同じように王子が病んでどうするのよ」
「病んでない。ただ、抱き締めてないと不安なんだ」
……私はライナスの毛布か。子豚を抱き抱えながら椅子に座る光景は異常だろう。うん。明らかに異常だ。王子のこの行動は幼児退行だろうか。
まさか引きこもりの私にしょっちゅう会う所為でおかしくなるなんて誰が予測できただろう。いや、予測してないから、王子を豚の婚約者にしたんだろうけれど。
「今すぐ城に引っ張っていって閉じ込めて、ここにこれないようにすれば回復するのではないでしょうか?」
うつったのなら、回復をさせなければ。王子のいいところは鋼の精神力だ。
「そんな事したら悪化するだけでしょうね」
「私もおすすめできませんわ。そもそも引っ張っていける人も閉じ込めておける人もいませんもの。ああ。王太子は無理ですわよ。あの人、基本弟ファーストですから」
何だと。ブラコンだからこそ、こういう時に権力という名の力を発揮して欲しい。
「むしろ貴方ごと、城に閉じ込めるんじゃない?」
「私欲で権力使うの反対です!」
なんて恐ろしい。そもそも、あの死にかけ王太子にこれ以上の心労をかけるのが間違っていた。やはり自分の力で王子を正気に戻すべきだ。
「なんで引っ付くようになっちゃったんですか。この間まで普通でしたよね」
「……意外に取り乱さないわね。もっと顔を赤らめるとか、乙女な行動をするかと思ったのに」
「ご期待にそえなくてすみません。慣れました」
もう、無の境地だ。
若干、他者にこの姿を見られて、後々王子が困るのではないかという心配はあるけれど、その程度である。まあ、この顔だ。豚の一匹や二匹が膝の上に乗ったとしても、きっと美女がめげずに王子を誘惑してくれると信じている。だから気概のある美女よ、早く来い。
「このまま仲良くなるのもありかもしれないから悩みどころだけど、このままでも、人類が滅亡しそうだから、あえて王子の復活の呪文を唱えるわね」
「そんなものがあるのですか?」
というか、王子が引っ付くと、どうして滅亡するのだろう? あれか? 王子も何か予言が読まれているのか? いまだに私は王子の能力を知らないし。
「ただし、貴方にとっては破滅の呪文だから」
「へ?」
「分かりました。私もまたサポートさせていただきますわ」
……癒しの魔女がサポート?
何だか、凄く嫌な予感がする。とてつもない、破滅の足音がひたひたと近づいてきている様な。
「王子。異界渡りの魔女、最近太ったんじゃないんですか?」
太ったんじゃないんですかー、太ったんじゃないんですかー、太ったんじゃないんですかー(エコー)
公爵令嬢のとんでもない発言で、部屋の空気が凍った。
「にぎゃっ!! せ、セクハラ?!」
そして不意に、王子が私の腹のお肉を掴んだ。
しかし私の抗議など気にした様子もなく、王子はつまんだ手をジッと見つめている。ヤバい。色々ヤバい。
「お、お前、また太ったのか?! 何で、こんなに腹に脂肪があるんだ?!」
「ひぃぃぃぃぃ」
「王子が腑抜けてるからでしょ? 甘やかすのは適度にしないと、また子豚になるわよ?」
「悪かった。もう大丈夫だ。さあ、ブートキャンプといこうか」
爽やかな笑みを浮かべる王子に抵抗できなかった私は、再び王子によるブートキャンプに強制参加をさせられた。
王子、病んでても病んでなくても、迷惑な男である。
お願い。癒しの魔女の能力じゃ、私の目減りした精神は復活しないの。早くスポーツの秋よ、終ってくれ。




