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飛べた魔女はただの湯タンポ

 今日も元気だ、果物うまい。

 本日お取り寄せは、異界の果物シリーズだ。葡萄と言っても一種類ではない。マスカットから巨峰、デラウエア。色々あるし、最近は皮まで食べられるものもある。異界では果物すら進化が目覚ましい。

 柿も美味しいし、リンゴも梨も素晴らしい。というか、異界の果物美味しすぎやしないだろうか。異界ではこれが普通なのか? どういう事? 異界の水は実は甘いのか?!


「その緑のブドウ、俺の口に入れろ」

「……ぬいぐるみは喋りません。喋るなら、離れて下さい」

「話す縫いぐるみも異界では売ってるって、前に言ってただろ。けーわいだか、いーてぃーだか」

「AIです」

 勝手に宇宙的な生命体にならないで欲しい。それが背後でしがみついているって、色々ホラーだ。たぶん、異界の映画だったら私が第一の被害者になる奴だ。

 というか、人が現実逃避して、受け止めきれない現実から目をそらしてるのだから話しかけないで欲しい。

「とりあえずAIはそんな、ハグしないと死ぬような病気になんてなりませんから」


 事の発端は、いつもふてぶてしい王子が凄く弱ったような顔で豚小屋を訪れたところから始まる。

 王太子並みに病的雰囲気を醸し出す王子をみた瞬間、血の繋がりを感じたけれど、話はそこでは終わらない。王子は死にそうな声で『寒い』と言ったのだ。悪い魔女だって目の前で凍死されたら寝覚めが悪い。だから、湯タンポを作ってやろうと動けば、突然しがみつかれたのだ。


 勝手に湯タンポにされて、はいと納得できるはずもなく、私は抵抗した。しかし死にそうな声で『頼む……抱きしめていないと死にそうなんだ』なんて言われたら、離れられない。

 コルちゃんに頼んで王太子でも召喚したらどうだと言ってみたけれど、王子からの返事はなかった。絶対あのブラコンなら喜んでその場を替わってくれたはずだ。まったく、変な病気に罹ったものである。

 そんなわけで、背後に居るのは美しすぎる縫いぐるみだと思い込むことで、私は精神を安定させているわけだ。しかしそろそろ私は悪い魔女で、ぬいぐるみなど似合わない豚だという事を思い出して欲しい。

 脂肪分の少ない王太子は嫌なら、王子のハグオークションでも開けば、希望するお嬢様は沢山いると思う。


「アニマルセラピーだ」

「……まあ、ペット豚と言うのが異界には居るらしいですしね」

 アニマルセラピーなら仕方がない。

 私も王子に餌付けされた飼い豚だ。これぐらいのサービス精神は必要だろう。……サービス、サービスぅ。

 心よ無になれ。

「でも、アニマルセラピーなら、コルちゃんで十分では?」

「俺はこっちの方が好みだ」

 ……何だろう、色々精神が削られる。居たたまれない気持ちになる。

 やはり何かを癒すという事は、何か大切なものを差し出しているという事か。何も持たない豚から搾取するとは。動物虐待反対!


「やっぱり、喋るの禁止。くっつくなら喋らない」

「分かったから、ブドウ」

「分かってないじゃないですか!!」

 今日も元気だ、ブドウ美味い(自棄)

 早く王子の病気が治りますように!!

 

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