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飛ばした王子はただの狂愛者

 俺は婚約者の隣人の男の家を出て、婚約者の家へやって来た。

 苦しい気持ちをどこへ吐き出したらいいのか分からず、俺は深いため息をつく。


 俺は男が話し終えた時、男をなじりたくなった。それを男は待っていただろう。もしくはなじられた上で、許しを待っているかもしれない。もしも俺があの男を殺してしまったとしても、何も持たざるあの男にとってはそれすら救いなのだ。

 でも俺は聞くだけ聞いて、その場を後にした。

 俺はどれだけ憤りが胸に渦巻いても、家族も友も、全てを失った男を断罪することはできなかった。かといってあの男に同情する事は、婚約者への裏切りのようにも思えてしまうから、それもできない。

 だから苦い想いだけが残る。


 男はこう話した。

「魔女の家の異変に気が付いたのは、国が火葬をする為に軍人を寄越してからだった。既に腐敗が始まっている両親の隣で、魔女は病気に罹る事もなく、一人うずくまっていたんだ」

 村八分となり、誰にも頼れず、一人異界に助けを求め帰って来た魔女の前に横たわっていた現実はあまりに無情だった。

 そしてそんな彼女に次の悲劇が襲う。


「魔女は必死に親が燃やされるのに抵抗していたよ。……当たり前だな。『お父さんとお母さんは、何も悪いことなんてしていない!!』という言葉を、今でも俺は忘れられない」

 何も悪い事をしてないはずなのに、彼女の親は天国へ行けなくなったのだ。俺は死後の天国なんてものを信じてはいないが、その時の彼女にとっては、それが真実なのだ。

 だから必死に、すでに死んでしまった、ただの肉だとしても彼女は取り戻そうとしたのだろう。大切な父母を地獄へと落とさない為に。

「軍人はそんなもの関係ないと魔女を突き飛ばしたが、魔女は必死に追いすがった。このままいけば軍人が苛立ち紛れに魔女を殺すかもしれない。だから、俺は間にわって入った」

 

 子供のやる事とはいえ、軍人も好きで遺体処理をしているわけではない。気性の荒い奴によっては殺しはしないが痛めつけるだろう。だから男が間に入ったのは間違った判断ではなかった。

「でも、魔女を見た瞬間な……俺は何故生き残ったのが彼女なのかと思ってしまったんだ……」

 妻と娘を同時に失い、更に幼馴染の夫婦も失った男の心には余裕がなかった。もっと男の心が強ければ、婚約者とその悲しみを分け合い、引き取って育てるという判断ができたかもしれない。

 でも男は咄嗟に言ってしまった。

「『何故、お前が生き残ったんだ』と俺は言ってしまった」

 そこに含まれた憎悪は婚約者の心をさらに深く傷つけた。

「『ジョナサンとハンナはお前の所為で死んだんだ』とな。……そんなはずないのにな。あれはいた仕方がない災害だったんだ。でも俺は自分自身に向けていた、後悔をぶつけてしまった。そして『幼馴染たちを犠牲にして生き残った命を粗末にするな』と詰ったんだ」


 たぶんそれが彼女の心が歪むすべての始まりだったのだろう。

 幼かった彼女は素直にその呪いの言葉を受け入れ、自分の所為で両親が死に、更に天国にも行けなくなったのだと思ったのだ。彼女の両親は村八分にされても、娘も誰も恨まずにいた心根のやさしい者達だった。彼らが天国に行けない理由などない。

 だからこそ魔女の能力の所為で村八分にされた少女は、自分の存在そのものが彼らの罪だと思ったに違いない。でも両親が守った命を自分で消すこともできなくなった。もしも自分で消してしまったら、それこそ両親が天国へ行けないほどの罪をおってまで生かそうとした理由を踏みにじってしまうのだ。そんな事になればなんのために両親がそんな罪を負って死んだのか、理由がなくなってしまう。


「アイツは……死にたいのか」

 誰よりも、何よりも、婚約者が憎んでいるのは自分なのだ。もしも呪いの言葉がなければ、自死を選ぶぐらいに。

 

 異界渡りの魔女が何もしなければ、人間は皆、滅ぶ。

 それは彼女にとって、死んでもいい免罪符だったのだ。自殺ではない。滅びは運命だ。

 だから頑なに、俺との婚約を嫌がっているのだろう。たぶんアイツは俺が好きだ。これは結構自信がある。

 でも自分を許す事ができないから、幸せになるのを拒絶しているのだ。

 彼女の気持ちを尊重するならば、死なせてやる事かもしれない。


「だからって、俺はそれを受け入れるわけにはいかないんだよ」

 俺は結局のところ、俺の欲に従うのだ。

 俺はアイツを愛している。それこそアイツの気持ちを踏みにじるほどの狂愛だ。その欲の方が無償の愛を上回る。

 婚約者の家を調べたら、早く彼女に会いに行こう。

 今は無性に彼女を抱きしめて存在を確かめたかった。 

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