飛べてた魔女はただの信者
「俺は懺悔に対して、何もできないぞ」
男の言葉に、俺はそう返した。
きっとこの男が語る事は俺の婚約者に深くかかわる話だろう。しかしだからこそ、俺は断罪も許しもしてやれない。俺はこの男の後悔を軽くする立場にはない。
「いい。ただ聞いて欲しい。この村にはもう、俺しかいないからな……。人と話すのも何年振りか……」
どうやらこの村に残ったのはこの男だけらしい。何故、この男はこの村を捨てなかったのか。それもきっとこの男の懺悔によって分かる事なのだろう。
「分かった。話せ」
俺は聞くだけだ。それが婚約者の為になるならばその話を活かす。でもそうではなく、例え婚約者を苦しめる話だったとしても、俺は絶対この男を害すことはしないと自分に戒めた。それは婚約者が決めることであり……そして婚約者は望まない事なのだろうと分かっているから。
「【異界渡りの魔女】と呼ばれる子供が生まれた時、既にこの村はとても貧しかった。でも普通の村だったんだ。貧しいからこそ、皆で力を合わせて生きていた。俺の家族も、魔女の家族といい隣人関係が築けていたと思う。魔女の親は、俺の幼馴染だったからな」
婚約者の村は何処にでもある普通の村だったと聞く。ただ一つ普通じゃないとすれば、ここ一帯を纏める領主が、より多くの税をかける統治をしていた事だろう。
しかしその状況を領主が国に報告する事はなく、一つの貧しい村ができた。
そしてそんな村はここだけではなかった。この国のいたるところにあった。当時は当たり前の状況だった。国王の支持が下がり、国から土地を預かっただけの領主が自分の富を蓄えていた。
教育の行き届いていない農民はそんな領主に逆らう伝手を持たず、どんどん搾取された。だから疫病が流行った時、農民たちは死に絶えた。もしも満足な食事さえあったなら、病に打ち勝てる体力もあっただろうに。
そして多くの犠牲を払ってから、ようやく国は領主を指さし断罪する事ができたのだ。税を決めるのは領主の権限だが、民は国のものであり、税をかけすぎた事により不当に殺したという名目で、国は反国王派の領主を捕えた。
「色々狂い始めたのは、幼馴染の娘が魔女だと分かったころだ。俺の村はとにかく貧しかった。だから食べ物を無から作れる能力の魔女がいると知って、皆目の色を変えてしまった。……俺の娘が、言いふらしてしまったばかりに」
「何故そんなことを? そもそもあれは無から作る能力じゃないだろ」
そもそも婚約者の能力は異界のお金を得て、それによって異界から物を買い取っているのだ。無から何かを作るものではない。
「俺も含め、皆、魔女について無知だったんだ。だから無から作っていると思った。……言い訳だが、魔女も幼くてうまくしゃべる事ができなかった。そしてその親である幼馴染たちも魔女の能力がどういうものなのか掴み切れていなかったんだ。当時、あの子はまだ五歳か六歳ぐらいだったと思う」
年齢を聞くと、ギュッと胸が締め付けられるような気持ちになる。
まだ幼児ともいえる年齢。しかも学校などに通ったりもせず、周りに魔女もいない世界。婚約者が上手く能力を説明できなかったことを責められるのはあまりにも理不尽過ぎた。
でも同様にここに居た大人達はそんな幼子に縋るぐらい追い詰められており、彼らもまた無知な存在だった。
「最初はあの子も頑張ったと思う。でも求められる食べ物を中々出せなかった。落ち着いて考えれば当たり前だよな。そもそも子供になにたかってるんだっていう話だ。でも幼馴染たちが頭を下げても、皆の中には生まれた希望を否定されたという、憤りが残った。そして魔女を知らないから、疑心暗鬼がうまれたんだ。子供が作れる食べ物というのは、それほど多くはなく、だから自分達だけで食べて周りに渡さないのではないかというな」
「あなたも?」
「俺はそんな事をする幼馴染だとは思っていなかった。でも俺には守るべき家族が居た。だから……彼らを庇う事もしなかった。そして魔女の家族は村八分にされてしまったんだ」
たぶんこの男の家族が何か言っても、彼の家族も村八分にされただけだろう。
重すぎる税に疲弊した村人達の鬱憤を、運悪く押し付ける理由を作ってしまった。たぶんそれだけの事だったのだ。
もしも税が問題ないものだったら、村八分は起こらなかった。でもそうではなかった。
「それでも、幼馴染たちは偉かったよ。娘を絶対責めなかったんだからな。でも暮らしは悪くなる一方だった。それは他の奴だって分かっていたはずだ。ここじゃ、助け合わなきゃ生きていけない。でもやり始めてしまったら最後、止めようと誰も言えなくなってしまった。皆、次は自分が彼らになるかもしれないと恐れたんだ。そしてその一年後ぐらいだ。罰が当たったんだな。村に病気が流行った」
この病気により、この村の半数以上が死んだと報告を受けている。
病気の原因は、多分動物を介した何かではないかと言われているが、いまだに突き止めきれていない。この国の医療はまだそのレベルなのだ。
「その病気で、俺の娘も妻も死んだ。他の奴もそうだ。子供や老人のほとんどは駄目だった。そして、その遺体は国の指導で火で燃やされた。なんてむごい事をと思ったよ。燃やされた者は天国に行く事はできないと言われていたからな」
「天国に行けない? その聖書の一文は消されたと思ったが?」
この国にある宗教は、土葬が基本だった。しかし疫病が流行った時に、その遺体を土葬すると更に病気が蔓延すると分かり、改変されたはずだ。今では土葬する地域の方が少ない。
「町の方はそうかもしれないが、こんな田舎じゃ文字なんて誰も読めない。俺らが知っているのは、神父様の言葉だけなんだよ。だから神父様がその言葉を消さなければ、燃やされた奴は天国に行けないんだ」
……ふと気が付いた。
この男はいつ、その言葉が削除されたと知ったのだろう。
「……貴方はいつ聖書が変わったと知ったんだ?」
「国が娘や妻を燃やすと決めた時だ。でも今までの常識をいきなり変えろと言って割り切れると思うか? しかも最愛の者が死んだ時だ」
……その時の村は地獄絵図だっただろう。皆最愛のものを失い、しかもその最愛が天国に行けないと言われる方法で埋葬されるのだから。いくら神父が大丈夫だと言ってもすぐに納得などできなかったに違いない。信仰というものはその地域における【真実】なのだ。
そして、気が付いた。
果たして村八分にされていた婚約者は、聖書が変わった事を知った上で親の火葬をしたのだろうかと――。




