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飛ばした王子はただの優しい狼

「なあ、勝手に家に男を入れるのはやめてくれないか?」

「は? 何、そのすごい風評被害の大きそうな発言。入れてないですけど。そもそも、豚小屋に男が来て何するの」

 俺の婚約者は怪訝そうな顔をしているが、そんな顔には騙されない。

 この家には間違いなく俺以外にの人間の出入りがあった。ネタは上がってるんだ。


「最近隣国の使者とか兄上とかが、部屋に入っているのは分かってるぞ。ついでに、お前が柿ピーをむさぼり食ったのもすでにばれているからな。この浮気者め」

「何故それを。というか、どうして柿ピーの存在まで?!」

 俺の言葉に驚いた表情をする婚約者に、ため息が出そうだ。能力を使って確認したというのもあるが、やて来た人達の手土産が無造作に玄関に置いてあるのに気がつかない馬鹿はいない。ついでに、柿ピーは床に落ちていた。何なら柿ピーが入っていたと思わしき袋がゴミ箱から顔を出している。気づかないわけがない。

 とりあえず、俺は無言で証拠を指差した。


「ひぃ。無言は怖いからやめて。えっと、柿ピーは……ごめんなさい。ついつい、柿の種とピーナッツの割合が知りたくて封を開けてしまい、開けたからには食べるしかなくて」

 柿ピーは言い訳できないと思ったらしく、謝った。いや。まあ、こっちはこのぐらいの追及にしておこう。

「とりあえず、訪問者の件は、兄からは申告を受けた。そして兄は姉じゃないから男だ」

「まあ、うん。確かに。というか、話し合いの場があったなら抗議はお兄さんにして下さい。豚はブヒブヒしか言えません」

 まあ王太子の訪問を断れという方が無茶な気がするが、コイツだからやろうと思えばできる気がする。

「それはすでにした。あとは玄関に置きっぱなしになっている手土産は隣国のある特定の場所でしか買えない。そして最近来た使者は男だ。ついでに、この家に向かったという目撃証言もある」

 一応彼女の家の周りは護衛がついているけれど、もっと危機管理意識をもってもらいたいものだ。


「豚の家に誰が来たとか、そんな推理までして暇ですね。ミステリーの本でもお取り寄せしましょうか?」

「いいか。良く聞け、男は狼だ。リピート アフタミー」

「えっ」

 話をそらそうとするので、俺は強引に俺の意見を伝える。コイツ、自分がもう豚ではないという認識がなさすぎる。


 確かに色々立場が微妙だから見目が美しくなっても手出しはされにくいとは思う。けれど女相手ならと危険な思考をする男だっているんだ。護衛もある程度の立場の相手には何かされてからしか対応できない事もある。

 でも何かあってからでは遅い。

「男は狼だ」

「いや。狼だって餌を選ぶ権利あるから」

「男は狼だ」

「……男は狼だ。私は豚だ」

 彼女の目が死んでいる。なんだこれと顔にありありと書いてある。最後に豚と言ったのはなけなしの反抗だろう。


「もう、豚じゃないだろ」

 本人にどれだけ響くか分からないが言ってみる。

 豚だったのは昔の話。今ここにいるのは、夜のような黒髪が美しい魔女だ。引きこもっていた為に、世間に疎い娘だ。主観と客観が大きくずれた事を理解しきれない、子供だ。

 今は全方向に威嚇を続けているけれど、心の傷が癒えて周りを見渡せるようになれば、一気に世界が変わるだろう。

 でもそれを学ぶ前に再び傷つけられる訳にはいかない。そんなのは許せない。

 やはりもう少し護衛の数を増やそう。


「ねえ。なら王子も男だから狼なの?」

「そうなるな」

 俺も狼だ。

 傷つけないように爪を隠しているだけの男だ。

 正論語ってるけど、結局は嫉妬だ。俺は彼女が俺以外の男に近づくのが嫌なのだ。


「でも豚の婚約者なんだよね?」

「そうだな」

「ふーん。じゃあ、ここは別の狼の縄張りだと伝えておけばいいの?」

 さらっと言われたが、今彼女は俺が婚約者だということを肯定しなかっただろうか。

 目を大きく見開き婚約者を見るが、彼女は違うところを見ていて、表情が見えない。


「豚だって迷惑してるんですよ。お菓子が食べられない豚はのんびり萌豚してたいんです。王子は一人で十分。居心地もいい豚小屋だから、移住も考えてないし」

「もしもおかしなのが来たら俺を呼べよ。番犬してやるから」

「狼が番犬って、かなり豪勢な番犬過ぎません? そして、居座るのは止めて下さい」

「ちっ」

 油断も隙もないという顔をしているけれど、俺相手には少しぐらい油断してもいいのにと思う。まあ、仕方がない。

「でもまあ、それだけ高級豚がいるってことだろ。この指輪を身に付けとけ。俺に声を送ることができる魔道具だ」

 俺はずっと渡せなかった指輪を送る。やった。やっと渡せた。


「えっ。むくんで抜けなくなったら困るーー」

「太る前提で話すな、馬鹿。まあ、抜けなかったら、一生はめてろ」

 抜けないほど太られるのは困るが、でも抜けない方が俺には都合がいい。指輪は彼女が俺のものだと、しっかり牽制してくれるだろう。

「えー、高そうなのに」

「俺は優しい狼だから、そんな事は気にしないんだよ」

 俺の言葉を聞いているのかいないのか、彼女は指輪を右の人差し指に嵌めながら、それをしげしげと眺めていた。

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