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第九十七話 ルーシィ②

「いたた……」


 力づくで自分の部屋に引きずり戻されたエアリルシアは、そのまま召使いの手で立派な瑠璃色のドレスに着替えさせられた。

 右の腰元には三種類の綺麗な造花が設えられており、両肩についた瑠璃色のリボンが、エアリルシアの可愛らしさをより際立たせている。

 胸元には昼間着ていたドレスと同じように、ロギメルの紋章である花と蕾の金色の装飾が誂えてあり、スカートは瑠璃色、水晶色、そして白色の層になっていて綺麗なグラデーションとなっていた。

 頭の上には可愛らしい水晶のティアラと、腰元の花のうち、一番大きいものと同じ種類の造花をつけてもらった。

 ちなみにいつもの右側のサイドテールは緑の造花がついた紐で結わえており、サイドテールの毛先はオシャレに巻いてもらっている。

 仕上げは首元の星形の宝石が綺麗なネックレスと、右手の中指に付けた瑠璃色の指輪。

 これらは全て母であるレレシィ王妃の趣味、嗜好によるものであるが、感性が似ているのかエアリルシアもこのドレスが一番のお気に入りだった。

 そんな一番お気に入りのドレスを着ているのに気分が乗らない。

 一つは先ほど姉に掴まれた右腕がまだ痛むこと。

 気になって見てみると真っ赤になっていた。

 ドレスの袖は肘までの長さまでしかないため、これが見えたらどうしようと思ったけれど、幸いにも掴まれた場所が二の腕だったことから綺麗に隠れたことには安堵した。

 しかしどちらかというと二つ目の方が問題で、これからの晩餐会で色んな人に挨拶をしなければならないことが憂鬱だった。


 エアリルシアは才能に恵まれた子供だった。

 綺麗な瑠璃色の髪からも分かるように、エアリルシアは二人の兄姉よりもより色濃く母親の血を受け継いでいる。

 それはつまり、精霊術士としての才能も受け継いでいることに他ならない。

 この世に生を受け、わずか五年足らずで精霊を召喚して見せた。

 誰かに教わった訳ではなく、ただ母親の真似をしてみただけ。

 現れたのはほんの小さな微精霊ではあったが、そのことで城内は歓喜に溢れた。

 次代の精霊術士だの、賢王の再来だのと沸き立つ声。

 その一方で、妬みや嫉みからくる嫌がらせもエアリルシアは受けた。

 そのせいで、自分の周りに集まるのは取り入ろうとする人間か敵意のある人間だけと思うようになり、次第に人が苦手になっていった。

 引っ込み思案な性格になってしまったのも、どちらかというとこういった状況から派生したものだと思っている。


「支度はできたかい、エアリルシア」


 着替え終わってから程なくして、父であるルーデンス王が姿を見せる。

 エアリルシアは肯定を示す意味で、コクリと頷いた。


 ◇


 やはり晩餐会は苦痛以外の何物でもなかった。

 ロギメルは主催国であり、ホストであるルーデンス王に各国からの要人がひっきりなしに挨拶に周ってくる。

 その際に必ずと言って話題に上がるのが自分の才能のことだ。

 王からエアリルシアも傍にいるよう命じられたため、そのせいでどうしても話題に上がると、エアリルシア自身も矢面に立って挨拶をしなければならない。

 その人の波も落ち着きを見せ、ようやく解放されたと思ったのも束の間、ルーデンス王が一人の男性に向かって歩き始めた。

 レレシィ王妃の後ろに隠れながら、エアリルシアもその後ろを付いていく。


「随分人気だなボルガノフ」


 その男性はルーデンス王の存在に気付くと、恭しく跪いた。

 その男性の横には自分と同い年くらいの少年も立っており、男性が跪くのに合わせて少年も跪く。


 うわぁ……。


 よくよく見ればその少年は、先ほど自分の前に突如姿を現した少年だった。

 エアリルシアは心の中でため息を吐くと、絶対に見つからないよう母親の後ろに隠れる。


「堅苦しいのはやめてくれ。昔どおりで頼むよ」


「しかし……。今は立場が違います」


「今も昔も私たちは変わらないわ。ねぇルーデンス」


「そうだぞボルガノフ。気なんて遣うなよ、俺たちの仲だろ」


 不意に会話に割って入ったのは、気品漂う男性だった。

 先ほど父親と一緒に挨拶をした時に聞いた話だと、確かユーレシュ王国の国王だったか。


「何だユリウスか。お前に対しては確かにそうかもな」


「俺だけ扱い酷くないか!?」


 その一言で場が笑いに包まれる。

 ふとエアリルシアが少年の方へ目をやると、彼もまたこちらを見ているのに気付いた。


「君は……」


 少年にそう声を掛けられ、エアリルシアは慌てて母親の後ろに隠れる。


 見つかった――、どうしよう――。


 バクバクと脈打つ心臓を何とか落ち着かせると、不意に母親が自分の背中に手を置いた。


「ごめんなさいね、凄く人見知りで。ほら、ご挨拶なさい」


 母親から背中を押され、少年の前に立たされた。

 エアリルシアは何を喋ればよいのか分からず、眼前の少年の顔が見られないまま顔を俯かせる。


「さぁ、ほら」


 母親から再度促され、とりあえず挨拶さえすればこの場を脱せると想い、強張る手で両手でスカートを掴んだ。


「エアリルシアです」


 蚊の鳴くような声量で挨拶し、掴んだ両手でスカートを少し広げた。

 さぁ、挨拶は済んだのだから早く解放して欲しいとエアリルシアは願う。


「ラ、ラグナスです。ラグナス・ツヴァイトです」


 すると少年は自分の名前を告げ、片膝をついて頭を垂れた。

 どうせ今生で関わり合うのも今日だけだし、名前を覚える気もないから早く解放して欲しいとエアリルシアは願う。

 そんな願いも空しく、少年はゆっくりと元の姿勢に戻り、何故か一歩自分に近づいてきた。


「昼間は申し訳ありませんでした」


 そして立ったまま再度頭を垂れる。

 このままここに立っていてはいつまでも解放されないと判断したエアリルシアは、謝罪いらないとばかりに、母親の後ろに隠れた。

 これで解放されるはずと思って。


「おや、君は娘を知っているのかい?」


 だが往々にして人生とは不条理なものである。

 ルーデンス王のその何気ない問いかけに、少年は「はい」と答えてしまった。


「そうかそうか。いや、なにぶん引っ込み思案で友達と呼べる友達もいなくてね。どうだい、君さえ良ければ娘と友達になってくれないかな?」


 この父は何を言っているのだろうか。

 こちとら人が苦手であるが故に好きで一人でいるにも関わらず、余計なお世話以外の何物でもない。


「えっと……どうも嫌われているみたいなのですが」


 そんな考えが顔に出ていたのか、少年が苦笑いでそう申し出てくる。

 しかし相手が自分の気持ちに気付いてくれたのなら好都合だ。

そのまま空気を読んでどこかに行って欲しい。


「そんなことないよな」


 父親から急に発せられた謎の圧力を瞬時に感じ取って、ビクンと身体が脊髄反射する。

 そして、頼むからもうやめてくれと、そう思いながら涙目で父親に訴えた。

 が、父はにこやかにほほ笑むと、そのまま背中を押してくる。

 飽くまでも逃がすつもりはないらしい。

 やがてエアリルシアは観念し、ラグナスの前に立つと、よろしくという意味で、軽く、本当に軽くだけど頭を下げた。


 最初にエアリルシアがラグナスに抱いた印象は『変な奴』。

 こんな愛想も愛嬌もない自分なんかと仲良くしたいだなんて頭がおかしいとしか思えない。

 この出逢いが後の彼女の運命を変えていくことになる。

 この時のエアリルシアは、そんなこと微塵も知る由も無かった。


 そういえば、この場での運命的な出逢い、実はもう一つなされていた。

 やっとのことで解放されたエアリルシアが、近くの椅子に座って休んでいた時のこと。

 つかつかとこちらに近づく足音に気付き、そちらに目をやると、目の前には自分と同じくらいの年の女の子が、険しい表情で立っていた。

 綺麗な金髪に赤色の瞳。

 気品ある出で立ちから察するに王家の人間のような気がするが、一体自分に何の用だろうか。


「あなたが精霊の召喚に成功した天才王女ですよね。マルビスから聞きました」


 顔は険しいままだが口調は丁寧だ。

 自分のことを言っているっぽいし、どうも敵意を向けられている気がするので、話が長引かないようとりあえず気に障らないよう黙って頷いておく。


「そう……ですか」


 すると少女は悔しそうに唇を噛みしめる。


「――ないから」


「え?」


「負けないからっ!」


 金髪の少女が急に叫ぶ。


「私はニ――ナ・ユーレシュ! 覚えておいてくださいっ!」


 彼女はそう言い捨てると、少し離れた老紳士の元へ走り去っていった。


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