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第七十話 女たらし

「すみません何だか巻き込んでしまって……」


 騒ぎが収まり、元の喧騒に戻った酒場の一角。

 元々四人席に座っていた俺たちと相席になったヒョロ男は、開口一番そう告げ、俺たちに頭を下げた。


「お詫びと言ってはなんですが、この場の代金は全て私が持ちますので、お好きなものを食べてください」


「いいのか?」


「はい。怪我もさせてしまいましたし、私にできることはこのくらいですので」


 ヒョロ男は申し訳なさを含んだ笑みでそう答える。

 そういうことなら折角だしご相伴にあずかってもバチは当たらないだろ。


 俺とルーシィは近くにいた店員に料理をいくつか注文し、程なくして料理が運ばれてきた。

 テーブルの上には所狭しと料理が並べられ、小規模なパーティのような状態。

 ルーシィはそれらをゆっくりと咀嚼しながら食べ、頬に手をあてながらご満悦のご様子だ。


「そういえば、自己紹介がまだでしたね」


 俺が料理に手をつけようとすると、ヒョロ男の隣、俺の正面に座る眼鏡の男が思いついたようにそう告げる。


「……必要あるか?」


 自己紹介となると当然こちら側の名前も伝えなければならない。

 身元をバラしたくない俺からすると、受け入れたくない提案だ。

 例えそれが偽名であったとしても。

 しかし、そんな俺の抵抗を余所に、意味深な笑みを浮かべるとその男は続けた。


「私はバークフェン。今は縁あってヴィヴロさんの護衛をしています」


 俺の言葉は丸無視ですか……。

 心でため息をつきながら、ヴィヴロと明かされた名前の男に目を向ける。


「申し遅れました。私はヴィヴロ。ヴィヴロ・シャドールと申します」


 シャドール……、どっかで聞いたような。


「香水のお店の名前」


 俺が何だったかなと考えていると、横から小声でルーシィがそう呟いた。

 そうだそうだ。確か香水の店の名前もシャドールだったっけ。


「お二人は既に当店をご利用されたことがあるんですね。いかがでしたかうちの香水は?」


 キラキラとした眼差しでヴィヴロさんはこちらを見る。


「悪い。理由あって購入はしてないんだ」


「そうですか」


 俺がそう告げると残念そうに肩を落とす。


「今度は是非ご購入下さい。『リラルーテット』は私が苦労を重ねて再現に成功した幻の香水ですから」


「幻の香水?」


「ええ。かつてインステッド王女に贈られたとされる香水で、精製方法は長らく不明とされていたんです」


 そう言えば、店員の女の子も王女に贈られたものだとか、確かそんなことを言っていた気がする。


「でも精製方法が分からないんだったら、どうやってそれを再現させたんだ?」


「それは企業秘密です――と言いたいところですが、別に隠すことでもありませんので。これですよ」


 男はそう言うと、懐から一冊の古びた手帳を取り出した。

 俺の脇でもぐもぐと咀嚼をしていたルーシィも、それには興味があるのかその手帳に目を向ける。


「これは私の先祖が残した手帳です。我が家の地下室で埃をかぶっていたところを私が見つけたんですが、ここにリラルーテットの精製方法が記載されていたんですよ」


「へぇ。ってことは王女様に香水を贈ったっていうのは……」


「私の先祖様です」


 ヴィヴロさんは少し自慢げにそう言う。


「すぐさま私はこれを再現し、現王女様に献上しました。また、シャドールの家は古くから香水販売を生業としておりまして、お店のブランド力向上も兼ねて販売も始めたんです。これが思いのほか上手くいきまして」


「それで今やグレナデ一、いやインステッド一の香水店となった訳です」


 ヴィヴロさんの言葉を引き継ぐ形でバークフェンさんがそう語る。

 ヴィヴロさんはそれを受けて、少し照れくさそうに笑いながら頭を掻いた。


「そう言えば君たちの名前をまだ聞いてませんでした。折角の出逢いです。よろしければ教えていただいても?」


 バークフェンさんは、眼鏡をくいと上げると、笑顔を浮かべながら俺へ尋ねた。

 さて、どうしたものか。

 ロクスという冒険者名を使えばいいけれど、如何せんこの名前も既に割れている可能性は高い。

 だからあえて自己紹介をするなんて真似はしたくないんだけれど……。


「ラロクス君じゃないか!」


 俺が考えに耽っていると、どこかで聞いたような声が飛んできた。

 その方向へ目をやると、そこにはきちんと整えられた銀髪の男が、金色の液体が入ったジョッキを携えて立っていた。

 確かこいつは……。


「オリバー……」


 ヴィヴロさんが一瞬嫌なものを見たような表情を浮かべる。

 この二人知り合いか?


「ん? ヴィヴロも一緒だったのか。そちらさんは初めましてだね。僕はオリバー・ルー。よろしく頼むよ」


 オリバーさんがそう言って手を出すと、バークフェンさんは笑顔のまま軽く会釈をした。


「オリバー。私は君に用は無いんだが」


「連れないこと言うなよ。幼馴染じゃないか」


 迷惑そうに言うヴィヴロさんがそう言うと、行き場を失った手をヴィヴロさんの肩に置きながら、オリバーさんは快活に笑った。

 知り合いじゃなくて幼馴染だったんだな。


「そう言えば今日は僕のあげた香水は使ってないのかい?」


 手を払われたオリバーさんは、今度は我関せずと御馳走を食べ続けるルーシィに向けてそう尋ねる。

 食べるのを止めたルーシィは、俺の陰に隠れながら俺の服の裾を引っ張った。

 あぁ、はいはい。


「今日クエストでトロルの血を浴びてしまって、風呂に入ったからそれで落ちたんだと思う」


「なるほどね」


 納得がいったという表情でうんうんとオリバーさんは頷く。

 しかしこの人何でルーシィが香水つけてないって分かったんだ? 全く匂いなんてしないのに。


「オリバー、まだー?」


 すると店内のカウンター席の内側、店員らしき女性が、オリバーさんを呼んだ。


「あぁ、今行くよ。すまない、もっと話していたかったんだが生憎今日は彼女に会いに来ていてね」


「オリバー!」


「聞こえているよ。じゃあね、いじらしいお嬢さん。僕の香水大切に使ってくれよ」


 オリバーさんはルーシィに向けてウインクをすると、飛ぶようにその女性の方へ走って行った。

 ルーシィは食事に夢中で気付いていないみたいだけど。


「嫌な思いをさせてしまって申し訳ありません。昔の知り合いがご迷惑をおかけしました」


 ヴィヴロさんは申し訳なさそうに頭を下げる。


「全く。あの女たらし、今日も今日とて別の女の子を口説いていた訳だ」


 頭を上げたヴィヴロさんは、呪詛のようにぶつぶつとそう呟いた。


「女たらしか……」


 確かにお店でも店員の女の子の手を握ってどうのこうの言っていたな。


「有名なんですよ、女たらしのオリバー。グレナデの女の子を口説いてはとっかえひっかえ、泣いた女性は星の数とも聞きますね。幼馴染として恥ずかしい限りです」


 そう言いながらヴィヴロさんは大きなため息を吐く。

 ヴィヴロさんは見た感じとても真面目そうだし、何となく二人の確執の原因が分かった気がする。

 とはいえ、オリバーさんがそんな悪い人には俺は思えないんだけれど……。


「どう思う?」


 俺は小声でルーシィに尋ねてみる。

 ルーシィは俺の挙動で何を考えているのかを当てられるくらいだ。

 人一倍観察力のある彼女なら、何か感じ取ったものがあるかもしれない。

 俺の言葉を受け、ルーシィは咀嚼していた食べ物を飲み込むと、純粋な眼をこちらに向けた。


「どう思うって?」


 くりくりとしたつぶらな瞳。

 コテンと小首を傾げる様は、とぼけている様子など微塵も感じさせない。

 そうか、単純に聞いてなかったんだな。

 俺は肩を落とし、ポンポンとルーシィの頭を撫でた。

 ?マークを浮かべながらも嬉しそうなルーシィを見ていると、オリバーさんがどうとか何だかどうでも良くなってきた。

 美味しいもんな、この食事。お腹いっぱい食べような。

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