第六十七話 トロル討伐クエスト
寝起き後、軽く準備を済ませた俺とルーシィは、ギルドへと足を運んだ。
理由はもちろん日銭稼ぎ。
ノースラメドへ渡る方法が確立されていない今、ここに滞在するにもお金は必要だ。
ギルドに張り出されたクエストをパッと見たところ、インステッド王の目に留まりそうな依頼は無さそうだったので、とりあえず手頃な依頼をこなすことに。
ちなみにアスアレフのランクをインステッドでも引き継ぐことができたので俺はEランク、ルーシィは初めての冒険者登録なので一番下のGランクとなる。
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【採集クエスト】
推奨ランク:G
依頼人:グレナデギルド
依頼内容:ルオナ草の採集
報酬:5本につき1ティーロ
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ルオナ草は主に治癒薬の原料とされる。
草に含まれる傷を癒す効果を持つ成分だけを抽出し、凝縮、精製するらしい。
森と呼ばれるような場所には大抵生えており、どこでも見つかるような代物だ。
如何せんその見た目が雑草と遜色なく、少し知識が無いと見分けることは難しいけど。
「これはさすがに効率が悪いか」
ただ、誰にでもこなせるという理由から、推奨はGランク。
得られる報酬も低いのでパス。
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【緊急クエスト】
推奨ランク:B
依頼人:ベルフィオネ
依頼内容:子供の救出
報酬:2万ティーロ
一言:巷で噂の笛吹道化師です!
誘拐された子供を助けてください!
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「推奨ランクが高すぎる。俺たちじゃ力不足だな」
アールヴが居たら真っ先に受けそうなクエストだ。
そう言えば結局あいつはどこへ行ったんだろう?
「ねぇ、ラグ……これはどうかな?」
「ん?」
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【討伐クエスト】
推奨ランク:E
依頼人:グレナデギルド
依頼内容:トロルの討伐
報酬:250ティーロ
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ルーシィが提案してきたのはトロル討伐のクエスト。
トロルと言えば、分厚い脂肪に守られた巨体のモンスターだ。
動きは遅いが力が強く、魔法にも若干耐性を持っている。
「少し不安があるな……」
トロルは食欲の権化とも呼ばれ、オスメス問わず、人間の女性を好んで食す。
それこそパーティーで女性が居たら、他には目もくれず一直線に襲うほどに。
そんな情報を知っていて、ルーシィと二人でトロル討伐に向かうほど、俺は俺の力に自信を持っていない。胸を張って言うことじゃないかもしれないけど。
「こっちなんてどうだ?」
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【討伐クエスト】
推奨ランク:F
依頼人:グレナデギルド
依頼内容:ゴブリンの討伐
報酬:1体につき10ティーロ
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だからこそ、せめてもルーシィには危険が及ばないクエストを選びたい。
幸いゴブリンはモンスターの中では最弱の部類。
トロル討伐の報酬に比べれば見劣りするけれど、安全さは段違いだ。
しかし、そんな俺の気を知ってか知らずか、ルーシィは首を横に振る。
「そうか? いや、だけどな――」
「大丈夫。トロル程度なら問題ないよ」
ルーシィは胸の前で拳を握りしめ、自信満々につぶやいた。
「まぁ、ルーシィがそこまで言うなら」
俺は渋々そのクエストを掲示板から剥がす。
「ただ、少しでも危ないと思ったら中断するからな」
「ラグは心配性すぎるよ」
ルーシィは不満げに目を細め、嘆息した。
まるで信用できないの? と言わんばかりに。
「心配性すぎる……か」
頭の中でその言葉が反芻される。
「もう二度と失いたくないからな……」
そしてルーシィには聞こえない声で、そうつぶやいた。
「ラグ?」
ルーシィは?マークを受かべて、首を傾げている。
無垢な青と白の瞳で、こちらをじっと見つめながら。
「悪い、何でもない。行こうか」
よぎった暗鬱な気持ちを、ルーシィに笑顔を向けることでかき消し、受付へ向って歩き出した。
◇
問題なくクエストを受けた俺たちは、トロルが見つかったとされる場所へ。
場所はそんなに遠くないということで、歩いて向かうことにした。
その道中、ルーシィが何かを思い出したように「そう言えば」と、アイテムボックスを漁りだしたので、俺は歩みを止め、ルーシィへと振り返る。
「どうしたんだルーシィ」
「これを忘れてた」
取り出したのは、昨日オリバーと言う男からもらった香水。
「はい、ラグ」
「えっ?」
尋ねるよりも早く、振ってくれと言わんばかりの表情でルーシィは俺にそれを手渡してくる。
「自分でやればいいんじゃないか?」
香水なんて自分で振っても、他人に振ってもらっても変わらないと思う。
と言いながらも、シュッと吹きかける俺。ルーシィに甘すぎるのかな?
「気持ちの問題。何となくラグにやって欲しくて」
「そういうものなのか?」
「そういうもの」
そういうものらしい。
しかし相変わらず水みたいな香水だ。
昨日と同じようにまったく香りを感じない。
「これ、意味あるのか?」
まじまじと香水の小瓶を眺めてみるものの、そこには無色透明な液体が揺れているだけ。
あのオリバーとか言う男は成功だとか言っていたけれど、俺には何が成功なのかが分からない。
「私は素敵な香りを感じる――気がする」
「気がするって……。俺は何も感じないけどな」
「女の直感」
「ルーシィがそれを言うのはやめてくれ」
脳裏によぎるスキンヘッド。
「にしても、素敵な香りねぇ……」
俺はくんくんとルーシィの香りをかいだ。
いつもと同じルーシィの優しい香りで、何も変わったことはない。
「ラグ。こういうのは心で感じるものなの」
そう言いながらルーシィは、返した香水を大事そうにアイテムボックスへしまう。
「心で感じる? 香りを?」
「嗅覚じゃなくて感覚の問題」
「感覚? ようは何となくってことか?」
「そういうこと」
そういうことらしい。
結局この香水が何なのかさっぱり分からなかったけど、実害はなさそうだしまぁいいか。
香水について欠片も興味が無い俺は、とりあえずその辺りで話を打ち切り、ルーシィと共に目的地である『竜の巣』と呼ばれる場所へと向かうのだった。