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第五十五話 立ち上がれ

「だって、その子の相手はこの子がするのですから」


 ニヤリと笑った彼女のその表情に戦慄する。

 先ほどと同じ冷ややかな笑み。

 あれは人が浮かべるような笑みではない。

 まるで悪魔のそれと同じだ。


「バレンシア隊長に頼んで私好みの子に変えてもらったんですよ」


「彼も一枚噛んでいたか。どうりで、聖獣にしてはその禍々しい姿も納得できる」


「禍々しいだなんて……。せっかく、前よりも強く、可愛く生まれ変わったのに」


「かわ……いい?」


 あれが可愛いだって?

 常軌を逸したユレーリスの発言に、気持ち悪ささえ覚える。

 あのギラつく複数の赤い目。

 思い出されるのは恐怖、恐怖、恐怖。

 目を見るだけで、背中にはおびただしいほどの汗が滲む。


「ルリエル」


 再度キースさんから名前を呼ばれる。


「頼む。私が加勢するまで持ちこたえてくれ」


「私にはあんな怪物……」


 無理だ。

 敵うはずなんてない。


「安心しろ、やつに石化の能力はない」


「石化の能力は無い? どうしてそんなことが?」


「石化はユレーリスのスキルによるもの。だから恐れることなく存分に戦えばいいんだ」


 石化の能力は無い。

 その一言に少し安堵を覚える。

 だけど……。


「大丈夫。道中の君の戦いを見ていた私が保証する。天下無双状態のラグナスと数秒渡り合った君なら……」


「無理ですっ!」


 思わず大きな声が喉から飛び出す。

 石化能力が無かったら戦える? そんな訳がない。

 私がここまで来れたのは、ロクスさんが居たからだ。

 ロクスさんの強さを目の当たりにして、この人ならヒュドラと渡り合えると、そう確信したからだ。

 決して自分自身のトラウマを克服し、立ち上がれた訳じゃない。

 それは未だに震えるこの身体が物語っている。

 目の前の敵は、聖獣。

 聖獣はその土地を守護する、破格の強さを誇る化け物。

 普段人を襲うことはないけれど、一度牙を向けられれば逃れる術はない。

 ましてやその聖獣は今、何故かユレーリスに飼い馴らされてさえいる。

 もう勝ち目なんて……。


「ルリエル!」


 冷えた脳にキースさんの荒い声が響いた。


「今君がここで立ち上がらなければ、ロクスも、君のお姉さんも助からないんだぞ!」


「姉様……」


 私はゆっくりと視線を姉様に向ける。

 未だに力なく地面に横たわる姉様を見て、私は心を潰されそうになった。

 

「何度でも言う。君の実力なら戦える。自信を持てルリエル!」


 キースさんは尚も視線をユレーリスから逸らさないまま、私にそう叫ぶ。


「自信は実力を引き出すためのトリガーだ!」


「実力を引き出す……」


 徐々に脳が熱を帯びていくのを感じる。


「倒さなくてもいい。持ちこたえてさえくれればいいんだ。できるかい、ルリエル?」


 キースさんからの優しい問いかけ。

 私は大きく息を吸い込み、そして吐き出した。

 落ち着け、私は何のために師匠からこの拳法を教えてもらってきたのかをもう一度思い出せ。

 私が歩む茨道、その道に立ちふさがる強大な敵に向かうため、そのためにこの拳を磨いて来たんだ。

 今それを振るわなくて、何時振るうというのか!


「ヒュドラは――、私が引き受けます!」


「頼んだ」


 立ち上がりながら、私は未だに震える身体に鞭を入れる。

 私が立ち向かわなければ、私の大事な人も、私が巻き込んでしまった人も、誰も助けられないんだと。


「それが過信で無ければいいですね」


 私とキースさんのやり取りを聞いていたユレーリスが静かに笑う。

 大丈夫だ、自身を持て、私はできる!!


「兄さんは酷い人です。いたいけな少女を根拠もない甘言で誑かすなんて」


「そんないたいけな少女に、禍々しい怪物を差し向ける方がよっぽど酷いと思うが?」


 その言葉を聞いたユレーリスは不愉快そうな表情で眉を吊り上げる。

 そしてもう話すことは無いとばかりにパチンと指を鳴らた。

 すると、今まで大人しく控えていたヒュドラが大きな唸り声を上げ、地面を揺らしながらこちらへ向ってくる。

 複数の首のそれぞれについている赤くギラついた双眸の全てが、私を凝視していた。

 身体の震えが強くなる。

 泣きたくなる。

 逃げたくなる。

 そんな色々な感情――いや、雑念の全てを振り払い、ただ一心を瞳に宿して、私は睨み返した。


「グゥ……」


 一瞬ヒュドラが怯んだように感じた。

 気のせいかもしれないけれど、ヒュドラが私を襲いあぐねているのならば、今の内に舞わせてもらおう。

 私は、左腕に巻いている包帯を解くと同時、足元でステップを踏み、心の中で呟いた。

 闘舞 ―朧霞(おぼろがすみ)乱影(みだれかげ)―。

 そしてヒュドラの視界から、私本体の姿は消える――。





 私は、ユレーリスに気付かれないよう、密かにロクスに預けた石化の指輪を確認する。

 指輪は彼の指と同化するように石化しており、回収するのは不可能であることを悟る。

 やむを得ない。少し不利にはなるがこのまま戦うしかない――か。


「リーゼベト七星隊第七隊隊長フォーロック・アレクライト。『剣聖』の二つ名を以てお前を倒す!」


「元隊長と、そう言って欲しいですね」


 向き合う兄と妹は、互いに一歩も引かない。

 二人の距離が縮まったのは、ヒュドラが大きく唸り声をあげ、ルリエルに襲いかかったのと同時だった。

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