第百二十二話 ナビ族の集落
「ここは……」
翌朝、グノに案内されるままに辿り着いたのは、俺たちがノースラメドへ向かう際に使った地下道の入口だった。
「ここから先に集落があるの」
グノはそう言って臆した様子もなく、テクテクと地下道の方へ歩いていく。
この先と言っても、俺たちが通った時には一本道だったはず。
集落とやらにつながる別の道なんて存在しなかったはずだけど……。
地下道を引き返すこと一時間程。
到着した場所を目の当たりにして、俺は自分の目を疑っていた。
単純に俺たちが通ってきた道を引き返していたはずなのに、気が付けば洞窟内の開けた場所に出ていた。
ドーム状にくりぬかれたような空間。
壁にはところどころ穴が開いており、中央には二階に続く螺旋階段まで存在している。
「おひい様! 心配したのですぞ!」
どこからか声がしたかと思い目線を下げると、そこにはグノよりも小柄な老爺が立っていた。
口元にふさふさな白髭をたずさえており、小柄ながら貫録を感じる。
「ただいま、ジッチャマ」
グノが笑顔で手を振ると、老爺は疲れたような表情ではぁとため息を吐いた。
「ただいまじゃないですぞ。エリクサーの人を探してくるとか言って飛び出したときは肝が冷えましたぞ。まぁ、おひい様に限って何かあるとは思ってはおりませんが、自分のお立場というものをもっと理解してですな、ガミガミガミ」
「ジッチャマ、ガミガミうるさい」
グノは両耳を手で塞いで、口をとがらせながらそう言う。
いやいや、それよりもこのジッチャマとやらから聞き逃せない単語が出てきたんだが。
「なぁ、グノ。エリクサーの人ってどういうことだ?」
「え? どういうことって、ん」
俺がグノにその単語の意味について尋ねると、彼女はそう言って俺を指差してくる。
「お兄ちゃんが、エリクサーの人でしょ?」
そう言われた瞬間、俺の胸がドキンと跳ね上がる。
彼女には俺のスキルの事なんて一度も話したことは無い。
にも拘わらず彼女は俺のことを『エリクサーの人』と呼んだのだ。
「私ね、どうしても悪い病気を治して欲しい人が居るの。それでシル姉に相談してみたら、ロクスって名前のエリクサーの人ならなんとかしてくれるんじゃないかって。今ロムソンにエリクサーの人が来てるから頼んでみたらどうかって。だからお迎えに行こうとしたらみんなからダメだって怒られたの。でもどうしても治して欲しいから飛び出して迎えに行ったんだ」
悪びれずそう経緯を教えてくれるグノだが、俺の疑問は全然晴れていない。
そのシル姉ってのは誰なのか。どうして俺が名乗るロクスがエリクサーを使えるという情報を知っているのか。
グノを問いただそうとしたところで、ジッチャマと呼ばれた老爺が俺とグノの間に割って入ってきた。
「人間。色々と突然で申し訳ないが、おひい様の願いをどうか聞いて欲しいのですぞ。お礼なら我々ナビ族がなんなりといたしますので」
老爺はむちゃくちゃ申し訳なさそうな表情で俺にそうお願いをしてくる。
ナビ族というと確か、北方に居るとされている小人族のことだったと書物で読んだことがある。
「とはいってもな。俺としてはグノを集落まで送り届けるだけだと思っていたし……」
「あ、じゃあ私もお礼する! お兄ちゃん、精霊郷に行きたいんでしょ? 私が連れて行ってあげる!」
無邪気にそう告げたグノの言葉に、俺は思わず「は?」と返した。
「行きたいのは確かにそうだけど、連れて行くったって部外者がそんな簡単に行けるもんでもないだろ」
精霊郷に行けるのは、精霊術士か祖精霊の権限で特別に認められた人間のみのはずだ。
老爺の対応を見るに、グノがこの集落で位の高い存在であるというのは伺うことができるが、それこそ一国の王でもこの掟を破ることは不可能なのではないだろうか。
精霊と言うのはそこまで格式高い存在であると思う。
「私のは――、あっ、クゥオンに使っちゃったか。確かサラ姉の分が余ってたと思うから、ちょっと聞いてみるね」
すると、グノはそう言って目を閉じ、なにやらうんうんと唸り始める。
そうして数秒後「今年は予定が無いから使っても大丈夫だって」という回答がグノから帰ってきた。
えっ、全然意味が分からないんだけど、俺、精霊郷へのパスチケットをゲットできたの?
「悪いグノ。全然話に付いていけてない。そもそもなんで精霊郷へ入るための許可をそんなに簡単にとれるのかとか、色々と聞きたいことがあるんだけど」
「んー、別に簡単にじゃないけど、たまたま余ってたから。あっ、でも私のお願い聞いてもらう方が先だからね!」
グノは人差し指を立てて俺にそう忠告してくるが、この話どこまで信じていいものやら。
「まぁ、色々と分からないことは多いけど、とりあえずその治して欲しい人のところに案内してもらってもいいか?」
とりあえずグノやジッチャマと呼ばれた老爺に悪意は感じないし、仮に精霊郷に行けなかったとしても、まぁ一つの人助けだと思えばと俺はグノのお願いを聞くことにしたのだった。
◇
集落は目に見えていたよりも実際に歩いてみると広く、道中でジッチャマから色々な話を聞くことができた。
ナビ族はこの集落で祖精霊に守られながら暮らしていると言うこと。
簡単に人が立ち入れないように普段は結界を貼っており、グノやナビ族など、限られた人しか集落への道をたどることはできないということ。
ジッチャマと言うのは本名であると言うこと。などなど。
ちなみに治療をするにあたっては、できたら日付が変わる直前が良いというのを伝えて、二人から了承をもらっておいた。
「ここですぞ」
ジッチャマが俺の顔を見上げながらゆっくりと辿り着いた扉を開く。
俺の背ではそのまま入れないので、屈みながら中へ入ると、「ん?」という声と共に、中に居た白髪の少女がこちらに振り返った。
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