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第百十六話 香水の効能

 俺が目覚めた日の翌日。

 俺とルーシィは王都グレナデを離れ、北へ、正確には監視者の門という場所へ向かう馬車の中に居た。

 ちなみに昨日は、あれからルーシィとは特に何もなかったとだけ言っておく。

 まぁ、いつものごとく朝起きたら裸のルーシィが横で寝ていたのはため息が出たけど。

 神に誓って、マジで何もしていないからな。


 で、現状に話を戻すと、他にはオリバーとライカ、そして何故かシルフまでが乗車している。

 別に契約した巫女と一緒に行動する必要ないそうだけれど、本人曰く「面白そうだから」とのこと。

 人目が多い場所では透明になるから大丈夫と本人は言うけれど、祖精霊がこんなところで油を売っていていいのだろうかと思う。


「へぇー、こいつがそうだったのか」


 道中、オリバーから新しい香水を手渡された。

 モノとしては最初に会った時に貰ったのと同じとのことで、今回『黄金の宝珠』を大量に仕入れることができたからおすそ分けだそうだ。


「そうさ。これこそが僕の先祖が開発した正真正銘の『リラ・ルーテット』だ。僕はあえて『ライラ・ルーテット』と名前を改めさせてもらったけどね」


「個人的に名前なんてどっちでもいいんだけど。というかこれ無臭で付けている意味ないだろ」


 そう、この香水は何も香りがしない、無色無臭の香水なのだ。

 ルーシィに吹きかけてと言われたから毎回やっていたけれど、正直何のためにやっていたのかさっぱり分からない。

 ルーシィ本人が分かっていないながらもとても満足そうだったから、別に俺としてはそれだけで十分だったのだが。


「そうかそうか。君はこの香水のすごさにまだ気付いていないと。では、御覧に入れようか、この効能を」


 そう言ってオリバーはおもむろに別の瓶を取り出すと、シュッとライカの首元に吹きかけた。

 その瞬間、俺の鼻孔をとんでもない激臭が襲った。

 なんと形容すればいいのか、何かが腐ったものを汚物と混ぜ合わせさらに腐敗を進めたような、この世の終わりのような香り。それがライカから発せられている。


「臭っ!! なんだよこれっ! なんてものライカに吹きかけてやがる!」


 湧き上がってくる吐き気をこらえる俺をよそに、ライカやルーシィは小首を傾げ、何を言っているんだと言うような表情で俺を見てくる。


「お前らこの臭いが何ともないのか?」


「別に」


「どうしたのラグ?」


 しかし二人は何事もないようにその返答してくる。

 何だ、俺がおかしくなったのか?


 そう思った瞬間、ヒヒーンと言いながら馬車が止まった。

 何事かと思ったら、前の方から御者の男が慌ててこちらへ顔を向ける。


「お客さん。何ですかこのとんでもない臭いは!? 馬が思わずびっくりして止まってしまったじゃないですか!」


「いやー、すまない。すぐにこの臭いを何とかするからちょっと待ってくれるかな」


 そう言うとオリバーは手もとの袋から何かの木の実を取り出し、ライカにそれを食べさせる。

 すると、先ほどまで漂っていた異臭は消え、それを確認した御者は再び馬車を走らせ始めた。


「これは、セチという樹から成る実でね。食べることでこのように体に纏わりついた臭いを瞬時に払うことができる代物だ」


「んなことより、何だよこの香水。俺がルーシィに吹きかけた時はこんな異臭しなかったぞ」


「それはそうさ。吹きかけた異性以外の異性には激臭を感じさせる、というのがこの香水の真の効能だからね。もちろん異性とは同じ種族に限らない。動物も魔物も、異性ならば同じように激臭を感じてしまうんだよ」


 なるほど、だからライカに吹きかけたオリバー以外の男である俺や御者、そして恐らく雄と思われる馬がこの臭いに反応してしまったと言うことか。


「ってことは……」


 今までの事を思い返してみる。

 確かにこの数日間不可解なことはたくさんあった。

 如実だったのはトロル討伐の時だ。

 人間の女が大好物のトロルが、あの時だけはルーシィではなく、俺を標的にしてきた。

 あのトロルが雄だったとしたなら話が分かる。さすがに人間の女とはいえ、激臭を放つものを食用とは認識しないだろうからな。

 それに思い返せば町での男たちの目線、あれはルーシィをそういう目で見ていたのではなく、単に「何だこいつら臭えな」といった様子で伺っていただけかもしれない。あっ、だから初日にあれだけ宿泊を断られたのもそういうことか。最終的に泊めてくれたのは窓口が女将さんだったあの宿だけだしな。


「その様子だと。僕の言ったことを信じてくれるみたいだね」


「信じるも何も、今実体験したばかりだしな。というか……」


 俺はそのままオリバーの胸倉をつかみ、叫んだ。


「最初からそれを説明しとけよおおおぉぉぉっ!」


 ◇


 腹を抱えて笑うシルフを尻目に、ルーシィになだめられて俺は何とか怒りを鎮めた。


「で、何でルーシィはそんなに嬉しそうなんだ?」


 とりあえず気持ちが落ち着いたところで、何故だか俺をなだめている間、嬉しそうな表情を浮かべていたルーシィに尋ねる。


「だって、その効能って何だか素敵だなって思ったから」


「素敵?」


「そう。まるでその女性を他の男性に渡さないって気持ちが詰まっているみたいで。私もその、そういうつもりが無かったのは分かっているんだけど、そういう意味でラグにこれを吹きかけられていたって考えると、何だか嬉しくて」


「バッ――」


 顔に熱が差すのを慌てて隠す。


「バカッ。変なこと言うなよ」


「えへへ。ごめんね」


 多分真っ赤になった俺に、照れ笑いをしながら謝るルーシィ。

 くそ、何でこんなに可愛いと思ってしまうんだ。


「俺としてはあれだ。たとえそう感じるのが他の男だけだったとしても、ルーシィが悪く思われる方がよっぽど嫌だけどな。それがどんなことであったとしても」


 そう、友人が悪く言われるのは我慢ならない。

 ルーシィは大事な友達だからな。今はどちらかと相棒って感じだけど。


「ラグ……」


 俺とルーシィの間で交錯する視線。


「ルーシィ……」


 ルーシィの方から縮められるその距離に抗えないと思ったその瞬間、「こほん」という誰かの咳払いでお互いの視線は元以上に開く。どちらかという恥ずかしすぎて反対方向を向いてしまっているのだけれど。多分ルーシィも同じだと思う。


「一応、僕らもいるのでほどほどにね」


 咳払いの主であるオリバーに心の中で礼を言いつつ、彼が何かを言いたそうにしていたので続きを促した。


「正直鋭いなと思ったけれど、エアリルシア王女が言っていたことは結構核心をついていてね。これは僕の先祖が、一人の女性に対して『自分のものだ』という意味を込めて作ったんだけど……っと、その辺の話はまたゆっくりとだね」


 そう言ってオリバーは外を指差した。

 オリバーの指し示す方向、そこにあったのは、大きな山に連なる形で作られた、巨大な門の姿だった。


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