第4話 弁才
【注】この物語はフィクションです。
日本の歴史にこのような事実は決してありません。
バカな作者の妄想として読み流してください。
今は昔。都が飛鳥にあったころ。
ヤマトには八百万の神がいた。
しかし百済から仏教が伝わると、仏教徒たちはヤマトの習わしを弾圧していった。
…これはそんな仏教徒たちに闘いを挑んだ人々の物語である。
旅の途中、山道をイズミは歩いていた。
山の天気は変わりやすい。
あたりが急に暗くなってくる。
「雨か…」
おりしも、夕刻。
普段なら野宿ですまそうとするところだが、木の下では雨に濡れてしまう。
どこかに雨をしのげるいい場所がないかと、歩く速度を上げていた時だった。
前に住居が現れた。
中に声をかける。
「すいません。泊めていただきたいのですが…」
「はい…」
中から出てきたのは女。
「猟師の家でよろしければ…」
「かまいません」
家に入るイズミ。
「ご主人は?」
「数年前に先立たれまして…」
「ではお1人で?」
「ええ…」
見れば美しい姿である。
「そうですか、それはお気の毒に」
「お食事の用意を…」
「いえ、お構いなく」
「私もいただきますから…」
女は用意をはじめる。
家の中を見回してイズミがたずねた。
「猟師とおっしゃいましたが、獲物がないように見えますが…」
「ええ…夫が亡くなってからは、木の実などを取りまして暮らしております」
女は囲炉裏で温めた汁を椀に入れイズミに挿し出した。
「どうぞ…」
イズミは受け取り、女にいった。
「あなたもお食べ下さい」
「はい…」
女は椀に汁を入れたが、なかなか食べようとしない。
外では雨音がしていた。
「なかなか止みませんね…」
「そのようです…」
イズミはじっと椀を見ていたが、ふと思いついたように女に話しかける。
「突然で恐縮ですが、いま都では…仏教というものがはやっております…」
「はあ…」
「…あなたは仏教をどのようにお考えですか?」
女は困ったような顔をして答える。
「私は無学な山の女でございます。都のことなどよくわかりません…」
「そうですか…」
イズミは続けた。
「…仏教とは人に無になれと考えです。生きながらに無になれ。生きたまま死ね、と教えます」
女はイラっとした調子で返す。
「そうですか…」
イズミがいう。
「人が死んだように生きるのが正しいとすれば、なんのために生きるのか。あなたはどう思われます?」
「それが正しいという考えもあるでしょう…」
イズミが驚いたようにいった。
「本気ですか? 意思なくただ周りに合わせて生きるだけで、人は生きているといえるでしょうか?」
「修行により煩悩を捨てその境地に辿り着くのです。尊いことではないでしょうか?」
「無になれ。死ね。でもそれは努力してなったのだから尊い、ですか? 生きながら死者になることが?」
「なぜあなたは仏教を悪いことのようにいわれるのですか?」
「私は単に不思議に思ったことをいっているだけですよ」
「人の生き方として仏教は間違っているのですか?」
「それはあなたが判断すればいい…」
「ではなぜあなたは仏教を否定するのですか?」
イズミは女を見つめていった。
「否定してはいない。人は自由に生きるべきだと思っているだけです」
女はイズミをにらみつけていう。
「ではなぜ仏教徒を殺すのですか?」
「彼らが殺そうとするから仕方なく…」
さらにイズミが続ける。
「彼らは私だけではなく、人々を殺そうとしている。死で生を覆いつくそうとでもしているように…」
女が叫んだ。
「だまれッ! 神使いッ!! これ以上、御仏を汚すことはゆるさんッ!!」
イズミは静かに身構える。
「やはり仏教徒か…」
女は高笑いとともにいう。
「愚かなり! 神使い! 貴様は罠にはまったのだッ!! 我らの包囲の元に地獄に落ちよ!!」
家の外から声が響いた。
「懺悔ぇ、懺悔ぇー!!」
イズミが静かにいった。
「はたして、そうかな?」
そして懐から紙を取り出すと、囲炉裏に投げた。
紙は燃えあがり、煙が家の上に上っていく。
イズミは呪文を唱えた。
女が叫んだ。
「神使い! 貴様、何をしたッ?!」
イズミが呪文を唱え続ける。
頭上からゴロゴロと音がした。
雨が激しく降ってくる。
「何をしたッ?! 神使いッ!!」
ゴロゴロという空の音がしだいに大きくなる。
「貴様ッ!! まさかッ!!」
そのときだった!
ドオ――ン!!
…という大音響とともに稲妻が光り、落雷が住居を直撃する。
そしてすべてが黒焦げになった住居から、なにかが動いた。
イズミである。
暗闇の中、彼の黒いすすを雨が洗い流してゆく…
そして彼は、たった1人で去っていった…




