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かみつかい  作者: きだおさむ
3/5

第2話 四天

【注】この物語はフィクションです。

   日本の歴史にこのような事実は決してありません。

   バカな作者の妄想として読み流してください。


今は昔。都が飛鳥にあったころ。

ヤマトには八百万の神がいた。

しかし百済から仏教が伝わると、仏教徒たちはヤマトの習わしを弾圧していった。

…これはそんな仏教徒たちに闘いを挑んだ人々の物語である。

ここは下毛野の国河内郡の小さな村。

その村に、仏教徒たちの「摩訶般若波羅蜜多心経」が聞こえていた。


夜に向かっていく暗がりの中、村の長の住居の中では炉で火が燃えていた。

貫頭衣の少女が炉の前に座る。

炉の隣側にはイズミ、その正面に村の長が座っていた。

少女はおびえたような様子でイズミに聞いた。

「禰宜様、今日来るのでしょうか?」

「わかりません。しかし、今日も禊は行われておいた方が良いでしょう」

「はい…」

村の長が少女に声をかける。

「ヒメナ…すまんなあ…」

「イオセ様、では禊に行ってきます」

そして少女は住居の外に出た。

炉の後ろに控えていた少年も少女について外に出る。

住居の外には、村人たちが集まっていた。

少女を見ると、村人の1人が口を開く。

「たまもり様…」

その独り言のような声は、みんなに広がっていった。

「たまもり様…」「たまもり様…」

しだいにすすり泣きが村人から起こってくる。

「ワシら…どうしてこんな目に…」

「仏教徒めら…」

少女が村人にいった。

「皆の衆! 私は禊に行ってくる! 今日も…」

少女は表情が曇るのを追い払うように、大きな声を出した。

「…今日も闘いの準備じゃ!」

村人たちが鬨の声を上げる。

「おおー!!」

その声を聞くと少女は逃げるように川に向かった。

少年が服を持って後を追う。

川に向かう途中、少女は住居の向こうに置かれたしめ縄を張った大きな石を見ると、ため息をついた。

「ああ…仏教徒さえ来なければ…」


誰もいない川。

少女は汚れた貫頭衣を脱ぎ、付いてきた少年に渡す。

少年はうやうやしくその服を受け取ると、少女の裸を見ないように顔を伏せながら、後ろに下がった。

少女は恐る恐る川へと入ろうとする。

川の水は冷たい。

「ヒャッ!」

少年が声をかける。

「大丈夫ですか、たまもり様?」

あわてて少女が応える。

「大丈夫よ、なんでもない。冷たくて声を上げてしまっただけ」

「気を付けてくださいね」

イラっとした少女がいった。

「気を付けてるわよ!」

「でも、失敗した」

「うるさいわよ、アオバ!」

「ヒメナこそ!」

「なによ! 私のなにが悪いのよ! 私はいつもちゃんとやってるわよ!!」

少女の真剣な口調で、少年は真面目な表情に戻った。

少年は口調を落としていった。

「ヒメナは…ヒメナは…なにも悪くないよ…」

少女がいった。

「そうよ…私…がんばってるわよ…」

沈黙が続く。

少女がつぶやくようにいった。

「アオバ…私、怖いの。仏教徒たちが怖いの…」

「大丈夫さ…ヒメナ。いざとなったら、あの神使い様もいるんだし。おまえの出番なんてないさ」

「本当に…そうだといいけど…」

禊が終わって、少女は川から上がる。

少年は真新しい貫頭衣を少女に捧げた。

少女は服を受け取って身に付ける。

少年はじっと頭を下げて、それを待った。

しかし、時間が経ちすぎると思った。

ふいに少年は、少女が自分を抱きしめようとするのに気づく。

「たまもり様?」

「止してよ、アオバ。今はヒメナって呼んで」

「そんなわけにはいかないよ。ヒメナは、たまもり様じゃないか」

「そうやって、アンタも私を神様の使いにしたがるのね」

「そんな」

「アオバ・・・私…どうしたらいいの?」

「オレだって、どうしていいかわからないよ」

イライラしたように少女はいった。

「なんでわかんないのよ!」

「だって、オレ、子供だし」

「そうよね、愚かな子!」

「ヒメナ?」

「その名で呼ぶなっ」

「……」

「長の家へ戻るぞ…」

「たまもり様?」

「はやくせんか!」

アオバ、急いで前へ出る。

その後ろを歩きながら少女は、うつむいて震えた。

「…ねえ、どうしたらいいの、たまもり様」


森の中に5人の裳付衣姿の僧の姿。

1人は「摩訶般若波羅蜜多心経」を誦経をしている弁正である。

他の4人は、松明で明るくなった村を見ている。

「広目! 村の様子はどうだ?」

広目と呼ばれた僧は、手をかざして見るといった。

「増長様。ようく見えまする。我らの敵が… どうやら神使いが来ているようですな…」

「敵ではない。将来の帰依者たちじゃ。我らのかわいい宗徒たちじゃぞ」

顔色を乱して続ける。

「神使いが来ているのか… これは厄介だな… ワシは法円様にこの村の者どもを、御仏の道に導くようにといわれておるのだが… 神使いを呼ぶほど、頑なだとは…」

増長はしばらく目を閉じて考えていたようだったが、意を決したように目を開くといった。

「解脱を、始めるか…」

3人の僧はいった。

「おおせの通りに」

そのうちの1人が弁正にいう。

「弁正! 誦経はもういい。解脱を始める」

弁正は経文を止める。

そして地の底から響くような声で唱えた。

「懺悔ぇ、懺悔ぇー!」


イズミは、村の長の住居にいた。

そこに弁正の声が響いてくる。

「懺悔ぇ、懺悔ぇー!」

イズミは、それを聞くと顔色を曇らせた。

村の長に告げる。

「…仏教徒がやってきます」

村の長が村人に叫ぶ。

「ヒメナ…たまもり様を呼べッ!」


森の中を歩く増長たち。

村に近づくと木にしめ縄が巻かれている。

「ふん、結界か… 戯れ事を… フンッ!」

声とともに増長はそのしめ縄に向かって手を振る。

すると、しめ縄は切れて、ポトリと地面に落ちた。


村の中央に大きな石がある。

人々はその大きな石を信仰の対象としていた。

石にはしめ縄が貼られ、その前に村人たちが集まっていた。

「うん? 結界が切れたな… 仏教徒たちがすぐそばにいるようです」

そばにいた少女が不安そうにイズミを見る。

イズミは少女に声をかけた。

「心配しないで。大丈夫…」

イズミは直垂のふところから、人型の紙を出し呪文を唱えた。

すると紙は白装束姿4人の男に姿を変えた。

イズミは白装束の男にいう。

「四方に散り、たまもり様をお守りせよ」

男たちは高く飛んで、森に散ってゆく。


森の中を増長たが、歩いている。

その中の多聞が耳をそばだてた。

「何か来るぞ」

増長がいう。

「なんだ? 見えるか、広目」

森に目を凝らした広目がいった。

「術人だな。神使いが放ったのだろう」

白装束の男が、智空たちの前に立つ。

持国、広目、多聞が、増長を守るように手前で武器を構える。

「神使い…愚か者め…」

術人、増長たちに飛びかかる

増長、術人に手をかざすと、

「南無阿弥陀仏!」

増長の手から光の球が生まれ、術人に飛ぶ。

よける術人。再び増長、

「南無阿弥陀仏!」

増長の手から出る光の球。

術人に当たるが、効かない。

そのまま増長に襲いかかる。

しかし、術人は、持国、広目に取り押さえられる。

増長は術人の頭をつかむと、

「南無阿弥陀仏!」

術人、はじけて元の人型の紙の姿に戻る。

すると、別の術人が増長に襲いかかった。

増長は術人の頭をつかむ。

「南無阿弥陀仏!」

増長は、他の術人も紙に戻す

「神使いめ。力をつけよる。以前のようにはいかぬ」

「しかし、我らには御仏のご加護がありまする。負けるわけがございませぬ」

広目がそういうと、増長はうなづいていった。

「そのとおりだ。いくぞ!」


大きな石の前、イズミが顔を上げる。

「…やられたか」

沈痛な面持ちの少女。

「・・・・・」

イズミが声をかける。

「まだまだ手はある」

 と、イズミ、村人たちの方を向いた。

村人に叫ぶ。

「村の人よ、力を貸してくれ!」

1人の男がいう。

「どうすれはよいのじゃ?」

「祈ってくれ」

「どのように?」

「いつものとおりでいい!」

村人たちは、お互いに顔を見合わせていたが、正面を向いて、パンパンと拍手を打つ。

「もっとだ!」

村人たち、パンパンと柏手を打つ。

「もっと!!」

イズミが煽る。

村人たち、パンパンと拍手を打つ。

「もっとだ!!」


森の中の増長たち。

怪訝な顔で辺りを見回す。

「なんの音だ? 多聞」

「村の奴らが手を打っているようだな」

増長がいう。

「広目! 見えるか?」

広目が、森を透かし見る。

「多聞のいうとおりだ」

増長が呆れた顔でいう。

「愚か者どもめ! なんのつもりだ?」


イズミ、懐から球を取り出す

「石の上にこれを」

少女、球を受け取る

「なんです? これは」

「村の衆の気をこれに集めるのです」


森の中の僧たち、道で戸惑う様子。

増長がいう。

「おい! 入れんぞ。どこかに結界が張ってあるはずだ」

「あったぞ」

広目、今度は木に括られている紙垂のついたしめ縄を見つける

「ムダに何度も張りおって」

広目、イライラとした様子で、手を振り上げる。

「断つぞ」

広目、手を振り下ろすと、体が吹き飛ぶ。

「ぐああ!」

広目、木に体を打ちつけられる

驚いた増長が広目に駆けよる。

「広目!」

広目は動かない。

「なんだこれは? さっきはこんなことにならなかったのに!」

ふいに、声がする。

「今は結界内に村人の気が充満していたから、吹き飛ばされたのだ」

僧たち、声のする方を見るとイズミが現れる。

「貴様は! 神使い!」

「わかっただろう? もうこの村は諦めよ、仏教徒ども!」

「戯れ事を! 村人をたぶらかす愚か者め!」

広目以外の僧たち、四方に散る

「喰らえ!」

イズミ、先ほど石に供えた球を、僧に投げると叫ぶ。

「祓給!」

すると球が爆発する。

増長が驚く。

「なんだこれは」

「村人の気を集めた球だ」

イズミ、また球を投げる。

「祓給!」

球が爆発。

増長が叫ぶ。

「奇怪な術を使いおって」

「諦めよ! 仏教徒!」

イズミ、球を多聞に投げる。

「祓給!」

球が爆発。

「ぐわああ!」

多聞、倒れる

「多聞!」

増長、あせる様子。

闘い合う内に、イズミと僧たちは大きな石の前に出る。

「持国! 神使いを引っ捕らえよ」

持国、イズミに襲いかかる。

イズミが叫ぶ。

「村の人、祈ってくれ!」

村人たち、パンパンと拍手を叩く。

持国の顔がゆがむ。

「くっ!」

「増長様! 体が思うように動きませぬ!」

「むうう。邪教者め! 弁正! 唱えよ!」

弁正が摩訶般若波羅蜜多心経を唱える。

持国がいう。

「おお! 御仏の力! 体が動きまする!」

増長が指示する。

「今だ!  持国!」

持国、イズミの足を太刀で払う。

「しまった!」

持国、イズミをその手で組み伏せる

その前に立つ増長。

「愚かな我執に囚われし愚か者。御仏の慈悲、喰らうがよい!」

増長、イズミの頭をつかむ。

「南無阿弥陀仏!」

増長の手から光の球が出て、イズミの頭が光に包まれる。

イズミが叫ぶ。

「ぐああ!」

「南無阿弥陀仏!」

また,増長の光の球。

「ぐああ!」

「わかったか、御仏の心」

イズミ、増長に唾を吐く。

「この愚か者めが!」

これを大きな石の前から見ていた少女、村人に叫ぶ。

「祈って! みんな!」

「はっ!」

村人たち、パンパンと拍手を打つ

増長、苦々しげに村人を見ると、

「不信心者ども・・・御仏の前に邪教の祈りが役に立たぬことを教えてくれる・・・」

増長、イズミの頭をつかみ、手で持ち上げる。

少女が声をあげる。

「ああッ!」

ニヤリと笑う増長。

「これで終りだ。これで貴様も御仏の真の御心を知るだろう」

ボロボロになったイズミが叫ぶ。

「みんな! 祈りをやめろ!」

「・・・・・」

「最後の手段を使う」

怪訝な顔の増長。

イズミが叫ぶ。

「たまもり様!」

「はい!」

「石のしめ縄を切るんだ!」

少女、大きな石に走る。

増長がいう。

「また、戯れ事を・・・」

村人たち、不安な様子でつぶやく。

「『くらがり』を使うことになるとは」

石からハラリと落ちるしめ縄。

イズミが叫ぶ。

「石をどかせろ!」

少女、石を除けようとするが動かない。

「みんな! 手伝って!」

村人たち、石の周りに集まって動かそうとする。

その村人たちのなかにアオバもいる。

アオバは少女につぶやく。

「ヒメナ…」

少女は答える。

「大丈夫・・・」

ゴロリと石が転がった。

しかし、何も起こらない。

石の下には穴がある。

暗い暗い穴が…

増長が笑う。

「なんだ? なにも起こらんじゃないか! 哀れなり、愚か者よ!」

しかし、どこからか振動が伝わってくる。

「来るぞ! みんなッ! 祈れッ!」

イズミが村人にいう。

その振動はだんだんと大きくなり、地響きに変わる。

ゴゴゴゴゴ!

大きくなる地響き!

暗い穴から黒いものが嵐のように飛び出す!

そして、黒いものは、仏教徒たちを襲う。

「?」

増長が手を見ると、それは骨になっていた。

「ぐわあああッ!!」

増長を黒いものが覆い、一瞬にして白骨に…

身を伏せる村人たち。

そのうえを黒い嵐が大荒れる。

しかし、村人たちは黒いものに襲われない。

村人の首や体にはしめ縄がかかっている。

村人は手を合わせて祈る。

「幸霊奇霊守給祓給幸給」

その中でイズミは辺りを見回す

周りには、増長、持国、多聞、広目、弁正の白骨。

イズミがつぶやく。

「終わったな…」

イズミ、声を上げる。

「みんな、拍手を打ってくれ!」

村人たち、パンパンと拍手を打つ。

黒い嵐、少しひるむ。

「もっと」

村人たち、パンパンと拍手を打つ。

イズミ、目で少女を探すと、

「たまもり様、祝詞を唱えてください」

少女、祈りを捧げる。

黒い嵐はもだえるようにうねる。

「みんな、拍手を!」

村人たち、パンパンと拍手を打つ。

逃げるように黒い霞は穴の中へ。

「石を元に戻して!」

村人たち、石を動かして、穴の上に置く。

石が振動を続ける。

「拍手を!」

パンパンと拍手する。

「たまもり様! しめ縄を!」

少女がしめ縄を石にかけると、石の震えが止まる。

「これでいい・・・」

みんなは汗だくになっている。

東の空に太陽が顔を覗かせた。

誰とはなしにつぶやいた。

「夜明けだ…」


服装を整えたイズミ。

その前に少女、そしてアオバ。

周りには、壊れた住居の木材を片付ける人々が仕事をしていた。

「行ってしまわれるのですか?」

イズミが答える。

「私を必要としている人がいるからね」

「私たちにも、あなたが必要です」

「あなたがたはもう闘い方を知っている。でも、まだそれすら知らない人たちが仏教徒たちに怯えている。だから、行かないと…」

少年を見ると、イズミはいった。

「アオバ!」

呼ばれたアオバは彼をじっと見る

「あとは、おまえが、たまもり様をお守りするんだよ」

「・・・・・」

アオバと少女は、恥ずかしそうにお互いを見合う

「できるね?」

「はい!」

アオバは強くうなづいた。

「では・・・」

イズミは立ち上がった。

村人たちがいう。

「神使い様、ありがとうございました!」

「私は、ただの禰宜だよ…」

そういうと、彼は村を出て行った。

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