ムーアの隠れ里その1
「もう行くのか?」
「はい、東ハーノインはまだ帝国の支配下ですし、一日でも早く解放したい考えです」
中部ハーノインの解放からひと月、戦後処理とおおよその新体制作りを終えたセネトたちは、次に東部ハーノインの解放に向けて旅立つ事にした。その間彼、ホームズには、中部における全権を委ねる事になる。
「せっかく解放出来たのだから、こちらから兵を出した方がよさそうなものだが……」
「それは危険です。アルヴ海に展開していた帝国軍が引き上げたという情報が先日入りました。おそらく中部ハーノインの独立を知って、戦線を縮小したのでしょう。いつ帝国が再侵略を仕掛けて来ても不思議ではないのです。東部解放の為に中部の兵を動かすなど本末転倒です。幸い東部は多数の地方領主が治める未開拓の地、僕たちだけで解放して見せます」
「ふっ、そうだったな」
何の因果か、気付けばセネトの元には魔導器使いが三人。更にもう一人加わるというのだから、戦力としては申し分ないだろう。
「しかしヤツは本当に信用できるのか? 再びあの魔導器を使われでもしたら、落される事はないだろうが甚大な被害が出る事になるぞ」
「そのために僕たちが同伴するのです。大丈夫です、彼は悪人でもアニス教徒でもありません」
セネトが強くそう主張すると、ホームズは諦めたように息を吐いた。
「やれやれ、お前がそこまで言うのであれば信用する他あるまい。受け取れ、ラインクルズの魔導器だ」
「ありがとうございます」
それはガントレット型の魔導器だった。魔導器の多くは武器の形をしているが、稀にこのような例外も存在する。硬化の能力、つまり守りに特化した能力であるが故に、防具の形をしていたとしても何も不思議はない。
セネトは魔導器を両手で受け取ると、一礼の後、魔導器の新たな落ち主の元へと急ぐのであった。
「さて、そう言う事で僕たちは遂に東ハーノインにまで進出した訳だけど、今後の方針について一度話し合っておこうと思う」
中部ハーノインを後にした当日の晩、セネトは他の四人と共に焚き火を囲んでいた。自分の意志で付いてきたアンリはともかく、強引に連れて来られたハルトにも説明は必要だろう。
「大まかな方針としては、この五人で適当な領を落とし、以降はそこを拠点にして東ハーノイン全土を手中に収めようと思ってる。ただあくまで方針だから、この計画で行くのかいかないのか、行くなら拠点にする領地をどこにするとか、その辺を話し合っていきたい」
「……この五人で領地を落とすの? 流石に無理じゃない?」
アンリがそう発言する。
「そうでもないさ。有名な話だけど、現ガルミキュラ王はたったの三人でアルヴヘイムを奪還したと言われている。一騎当千の兵と場の空気を支配する能力があれば、最小の犠牲で領地を手にいれる事が出来る」
実際魔導器使いにはそれくらいの力がある。敵側にもいたら厄介だが、このご時世、いち地方領主の元に魔導器使いがいるとは考えにくい。
「えっ、そうなの? 帝国では少数精鋭で落としたとしか教えてくれなかったのに」
「三人だよ、何せ当事者がそう言ってたんだから」
当然だがガルミキュラ王国とイシュメア帝国とでは教えている歴史に差異がある。自国を肯定的に、他国を否定的に教えるのはある意味普通の事である。
「あのね兄さん、私は最初にユルバを落としたいんだけど……」
ユルバ領。領主マーゲイの治める地で、メルラ湖のほとりで孤児たちが魔草の栽培を行っていた、まさにその土地であり、セリカがその土地に執着する理由でもある。
「う~ん、残念だけど、それは却下だ。あそこはセルベリア領と隣接してるからね。背後から攻められでもしたらひとたまりもない」
「……そう」
西側に大軍を派遣しているとはいえ、セルベリアは魔術士の国。大陸で唯一魔術兵団を有する国で、魔導器だって一体どれくらいの数を所有しているのか分かったものではない。
「警戒するべきは魔導器使いだけじゃない。聞くところによると、ムーア人は例外的に全ての魔導器を扱えるらしい。魔力もヒト族とは比較にならないと聞いた」
それまで話し合いを静観していたハルトが不意に口を開く。表情こそ変わらないが、出られて嬉しそうに感じるのはセネトだけか。
「ゴルドア……だったか、今回は逃げたようだけど、もし逃げずに残っていたらあのときの戦いは一体どんな形になっていたのかな……」
「そこで提案なんだが、ここから南に行った場所に深い森があり、そこには外界との接触を絶って暮らすムーア人が住んでいるという。領地を手にいれる前に立ち寄ってみるのもいいんじゃないか?」
意外な人物からの意外な提案に、一同は目を丸くする。
「お……驚いたよ、君からそんな案が出るなんて」
「昔から少し気になってたんだ。セネト、お前がいればまず迷う事はないだろう」
「確かに」
セネトは使い魔の魔術が使える。使い魔を飛ばして俯瞰で見れば、迷って脱出できないという事はまずない。またレンもいるので結界の類があったとしても破る事は容易だ。
「お前たちがこれから戦おうとしているのは帝国じゃない、アニス教とムーア人だ。だが俺たちはまだ敵の事を知らない。今の内に少しでも敵の情報を集めておくべきなんじゃないか?」
個人的な興味もあるが、実益もある。だからだろう、アニス教と戦う限り自分はお前に付いていくと、ハルトの眼はそう語っていた。
「……分かった、行こう」
「いいのか?」
「うん、領地を落とした後だとどうしても身動きがとり辛くなる。行くなら今のタイミングしかない」
「分かった、決まりだな」




