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ベルデ平原の戦いその1

 程無くしてイシュメア帝国は、亜人国家アスタルテへの進行を開始。その情報を掴んだガルミキュラ王国も同様に、帝国への進行を開始した。これに対して帝国は、事前にダーナ城に集めていた戦力を南下させ、両軍はバロック砦周辺で激突する事になる。

 帝国からの援軍を待っていた中部ハーノイン総統ラインクルズだが、この報を聞いてもはや援軍は見込めないと判断。総統府のほぼ全軍を以って反乱軍の本拠地、ロンメルの町を目指した。

 この動きにいち早く気付いたセネトたちレジスタンスは、町の防衛のための僅かな兵のみを残し、残りの全軍を以って出陣する。その兵力差は実に二倍以上。ハン川の時とは違って奇襲戦法でもないため、かなりの苦戦を強いられる事は確実であった。だが意外な事に、レジスタンス側の兵達に悲壮感は感じられない。参謀の地位に就いたセネトの口から、事前にそれくらいの戦力差になるであろう事が語られていたからである。

 トルーデン山の東北東に広がるベルデ平原、両軍はこの地で遂に接触する。


「セネト、中央の部隊が突出しているようだが……?」

「はい、彼らは囮です。彼らには決して攻勢には出ず、守りに徹するように厳命しており、そのための装備も充実させています」

「そうか、勝算はどのくらいある?」


 ホームズが訊ねると、セネトは額に汗を滲ませながらも、やや強引に笑って見せる。


「敵の中に魔導器使いがいない事は、間者の調査により判明しています。そして敵の大将は、切れ者と名高い半面、実践経験に乏しいラインクルズの子息ハルト。あとは運の要素もあるので確かな事は言えませんが、僕の策に上手く嵌ってくれれば……必ず勝てます」


 セネトが真っ直ぐにそう宣言すると、ホームズは理解したとばかりに敵陣へと視線を向けた。


「そうか、それで十分だ」


 ガルミキュラで兵法を学んだセネトにとって、こんな戦いは本来セオリー外であった。セネトが学んだ兵法を要約すると、不利な戦いは避ける事、事前に念入りな下準備を行う事の二点である。元より戦力で劣る事は言わずもがな、新参者であるセネトでは、十分な下準備が行えなかった事は言うまでもない。だがそれでも戦場は待ってはくれない。ならばせめて出来る事を出来る限り実行しよう。当たり前の事のようだが、その当たり前が重要なのである。


狼煙(のろし)を上げて下さい。それが彼らの目印になります。大丈夫、作戦通りに実行してくれれば必ず勝てます」


 自分自身に言い聞かせるようにそう命令する。中部ハーノイン総統府と反乱軍の運命の一戦が始まろうとしていた。


 反乱軍の陣形は、中央を突出させた逆くの字。対する総統軍も同じく、反乱軍をすっぽりと覆ってしまう逆くの字。


「伝令、敵の右翼と左翼に合わせてこちらも広がるように伝えて下さい」

「はい」


 そして即座に駆け出す伝令の男。


「我らの数は敵の半分以下。敵に合わせて両翼を広げたら、それだけ陣形が薄くなるのではないか?」

「分かっています。しかし側面を取られたらそこから一気に崩壊します」

「む、そうか」


 普段おっとりしているセネトも、流石に今のこの時の表情は硬い。それは言葉以上の説得力を持ってホームズに訴えかける。そして互いに距離を詰めていく両軍は、ついに互いの弓の射程圏内に入る。

 そんな中で敵の集中砲火を浴びる事になるのは、当然突出した囮部隊。計画通りであり準備もしてきたのは事実だが、それでも可哀想になるほどの五月雨が降り注ぐ。

 そうこうしている間にも両軍は少しずつ距離を狭めていき、遂に両軍の右翼と左翼が接触する。

 囮部隊が敵の攻撃を引きつけてくれているためだろう。敵の猛攻に対して味方の被害は少ない。最も、たった一手判断を誤るだけで、何百何千という人間が命を落とす事は言うまでもない。


「ホームズ様、そろそろ頃合いかと」

「そうか。角笛兵、全軍に合図を」

「はっ!」


 言われた角笛兵が角笛を吹き鳴らすと、囮部隊とその周辺の隊がゆっくりと後退を始める。そんな反乱軍を見た総統軍は、これを好機として更に部隊を前進させた。


「セネト、敵部隊の様子はどうだ?」

「こちらの意図に気付いた様子はありません。ただ敵の本陣が少し遅れているようです」

「……そうか」


 敵本陣の規模は四千ほど、同時にこれは予備兵力でもあるのだろう。反乱軍にも未だ戦いに参加していない部隊があるが、これは不測の事態や詰めの一手に対応するためのものである。

 これから行う作戦は、敵部隊を一ヶ所に集めておかなければ成功しない。元より敵の半分以下の兵しかいないのだ。それは常に綱渡りで、一瞬の判断ミスも許されない。


「敵本陣の動きが止まりました。 他の部隊から少し離れた位置を保っています。これでは作戦が実行できません」

「なんだと……!?」


 既に戦いは弓の打ち合いから白兵戦へと移行している。最早囮部隊に意味はなく、戦況は数と数の削り合いになりつつあった。この状態を続ければ、数で劣る反乱軍側が先に削り取られるのは目に見えている。


「……お前が決めろ、セネト」

「えっ?」

「作戦通り実行するか、あるいは別の作戦にでるか。そうでなければこのまま正面から打ち合うか、お前が決めろ。心配するな、お前がいなければ我らはここまで来る事すらできなかった。ならば我らの命運を全てお前に委ねてみるのも一興かもしれん」


 一件無責任のようにも思えるこの言葉。だが元より綱渡りだった事は、ホームズ含めて皆分かっている。だから最後の賭けはセネト自身の判断で行う事が望ましい。その果ての結果であれば、吉と出ようが凶と出ようが納得はできる。そういうものだ。


「……少しだけ、時間を下さい」

「……分かった」


 雑多な言葉は不要だった。セネトは事前に飛ばしておいた使い魔に、全ての意識を集中させる。

 副官か誰かの入れ知恵だろうか、やはり敵の本陣は全軍から少し距離を取っていて近付く気配がない。なのでセネトはその周囲、どこまでも広がるベルデ平原に注視した。そしてセネトは、その果てにあるものを発見する。それはセネトが待っていた最後のピース、最後の希望であり勝利の糸口。


「当初の作戦を実行しましょう。大丈夫、きっと上手くいきます」

「……そうか、分かった」


 そう応えたホームズは、普段通りの仏頂面ながらもどこか嬉々としていた。

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