次なる方針
「馬鹿な! 一万二千の兵を率いていながらたった三千の兵に敗れたというのか!?」
ロンメルの町よりずっと東北。中部ハーノイン総統府にて、ラインクルズの怒声が響く。
「正確には本隊だけです。しかし総大将が負けてしまっては我らも進軍を続ける訳にはいかなくなり、このように帰還した次第で……」
「それは分かっている、しかし肝心の総大将ヨーゼフが戻っていないではないか。まさか討ち取られたとでも?」
「それは分かりません。ですが本隊の生き残りの中には、ヨーゼフは部下を置き去りにして逃げたと主張する者もいます。もしそれが事実であれば厳罰に処されるため故意に戻ってこない可能性も……」
「ふん、せっかく取り立ててやったのにこの始末だ。存外に使えなかったな」
ラインクルズが吐き捨てるように言った。
「しかし反乱軍をこのままにしておく訳にもいくまい。次はどうするつもりなのだラインクルズ」
「ゴルドア……」
分隊長と入れ替わる形で話に入ってきたのは、薄汚れたローブを目深に被った不気味な老人であった。
「他にも人材はいる。いらぬ心配だ」
「そうか、しかし聞くところによると、反乱軍とは思えないほど見事な用兵だったと聞く。木端の将で戦果を挙げられるとも思えんな」
ゴルドアの含みのある物言いに、ラインクルズは眉を顰めた。
「何だ、何が言いたい?」
「そなたの倅であるハルト殿、若いながらもかなり有望だというではないか。いずれ総統の地位を継ぐのであれば、部下たちを従わせられるほどの名声を得ておかねばならぬであろう」
「ハルトを……だと?」
「うむ、きっとよい経験と実績になるであろう」
「……いいだろう。奴には次期総統として十分な教育を施してきた。反乱軍ごときに後れはとらん」
「それはなにより、では朗報を待っておるぞ……」
そう言うとゴルドアは、一人その場を後にするのだった。
「……アニス教幹部のゴルドア司教か、相変わらず不気味な男だ。ムーア人というのは皆ああなのか?」
「総統、ゴルドア司教はなぜハルト様を……」
「知れた事、私の息子でありながらアニス教に迎合しないハルトを快く思っていないのだろう。あわよくば戦死でもしてくれたらいいと考えているに違いない」
「なっ! それではハルト様は……!」
「心配ない、早々討たれるような軟な育て方はしておらん。だが万が一の事があれば、その時はお前が責任を持って守り抜け、レイス」
「……承知しました」
「しかし反乱軍か。王女の遺児に規模、そして此度の戦術。今までの反乱と同一視していたら、本当に足元を掬われる事になるやもしれんな」
「そのようです……」
反乱軍がハン川の戦いにして劇的な勝利を収めていた頃、イシュメア帝国は国土の北方に戦力を集めつつあった。目的は亜人国家アスタルテへの侵攻である。
アスタルテは先の戦争まで鎖国をしていた。だが南方にイシュメア帝国という超大国が成立するとこれに危機感を抱き、ガルミキュラ王との知己を頼りに同盟を締結。以来十五年間、共に助け合い帝国を牽制してきたという歴史がある。
だが帝国の領土が広く固まっているのに対し、アスタルテとガルミキュラは細長い形状をしている。またアルヴヘイムはアスタルテとは地続きだが、他のガルミキュラ領土とは内海を隔てており、往来も困難であった。そこに目を突けた帝国は、アスタルテを攻撃しながら内海の制海権を取る事で人や物資の往来を制限しようと考えたのだ。
先の戦争から二十年近く。長らく平和を謳歌してきたこの大陸に、再び戦乱の兆しが見え始めていた。
この事態は、南方で反乱を主導しているセネトたちにとっては好都合だったと言える。セネトが最も怖れていたのは帝国本土からの援軍であり、もしそれをされていたら、反乱軍は絶望的な戦力差の中で戦わざるを得なくなったからである。最も事前にその情報を掴んでいたからこそ長期間の戦略プランを取ったともいえるのだが。
「帝国がアスタルテに侵略開始か、我らにとっては好都合だが果たして……」
書状にてその事を知ったホームズは、おもむろにソファに身を投げ出した。
「これで帝国本土からの援軍はまず来ないと考えてしまってよいでしょう。天が我らの味方をしているとしか思えませんな」
その出来事を素直に受け取るゲオルグと、何故だか表情の晴れないホームズ。
「アスタルテは昔は五大国に数えられていたが、今の帝国の前では塵芥に等しい。決着までそう時間はかからないだろうし、着いてしまえば帝国の国力は更に強大なものになる。あまり喜ぶ気にもなれんな」
「あっ…………」
それは終戦までに独立を果たさなければ、更なる苦境に立たされるという事であり、仮に独立を果たしていても再侵略を受ける可能性も高い。当面敵の援軍に怯える必要はなくなったとはいえ、喜んでばかりもいられなかった。
「セネト、君はどう思う?」
「はい、この状況、素直に喜ぶべきだと思います」
「ほう……?」
セネトの第一声に、思わすホームズは口角を上げた。
「ホームズ様の仰る通り、総統府攻略に時間をかけるのは確かに危険です。ですが逆を言えば、総統府攻略に時間をかけなければいいのです。幸いにも戦場となるのは大陸の北と南。移動だけでも結構な時間がかかります。そして重要になるのがガルミキュラの動きです。内海を封鎖されたガルミキュラは、まず間違いなくグリント街道から兵を出して帝国に対して圧力をかけてくるでしょう。少なくとも僕らに干渉している余裕はなくなります。アスタルテは帝国に比べたら小国かも知れませんが、ガルミキュラは帝国に次ぐ大国。早々に決着がつくという事はないでしょう。その間に僕たちが総統府まで落としてしまえばいいのです」
「言うのは簡単だが、何か具体的なプランでもあるのか……?」
「はい、先日の討伐隊の敗北は彼らにとっては誤算だったはずです。ですので次は入念な下準備を行った上で再討伐に出てくるでしょう。ですが再び攻めてくるのを待つ必要はありません。先日の戦果やセリカの存在、これらを使って他の町や村をどんどん味方に引き入れていくのです」
「ふっ、お前ならそう言うと思っていた。だが当然これまでのようにはいくまい。ユベルの谷は立地上守り易かったが、ここ以外の土地に傘下を増やせばそこを守るのは容易ではない」
ロンメルの町は、ユベルの谷のいわば玄関口にあると言っていい。ここを避けてユベルの谷へ行く事は難しい。だからこそセネトたちも安心して守りに徹する事が出来た。だが他の土地を傘下に入れてしまえば、そこを守るために兵を派遣する必要が生まれてしまう。物資に人員、全てで劣っているレジスタンス側がそんな事をしている余裕などなかった。
「いいえ、小難しく考える必要はないでしょう。傘下を増やしても守り切れないのであれば、守れる土地だけに絞って傘下に入れていけばいいのです」
「ほう……」
「ハン川での勝利によって、進んで傘下に加えて欲しいと言ってくる町や村が出てくるはずです。ですがそれらの事は一度忘れて、守り易い土地だけに絞って傘下に加えていくのです」
味方は多ければいいというモノではない。無作為に人を増やせば高確率で裏切り者や厄介者も混ざってくる。そしてそれは人に限った事ではない。セネトが士官学校時代に学んだ事である。
「いいだろう、今後の方針はそれでいく」
「はい、ありがとうございます」
「うむ、では次は具体的な作戦内容について話し合っていこうか」
「はい!」




