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イハサとラクリエその2

 それから程なくして、二人は四百ほどの兵を引き連れ前線へと(おもむ)いた。数の上では四百だが彼らは輸送隊を兼ねており、実質的な戦力は更に低い。と言っても移動するのは全てハーノイン領内であり、何の問題もないはずであった。

 中継場所の一つであるバロック砦。北のミッドランドとの国境付近にあるこの砦は、以前はミッドランドを監視、けん制する目的で利用されていた。しかし近年、ミッドランド第一王子とラクリエ王女との婚約が決まると、(正式な調印はまだ先ではあるものの)ミッドランドは実質的な同盟国となり、同時にバロック砦もその役目を終えた。

 イハサとラクリエが王都を発ってから四日目、二人とその一団はバロック砦にたどり着く。

 このバロック砦が道中で唯一の屋内中継所ということもあり、その日の夜食は簡素ではあるものの、イハサやラクリエも混じってバイキング形式で賑やかに行われた。普段あまり接点のない下級兵士らとも、二人は積極的に交流した。と言っても、立場の違いから下級兵士の方が委縮してしまうケースが大半だったことは言うまでもない。

 そんな折、自ら進んで二人に近付く一人の男の姿があった。男は二人の元まで歩み寄ると、背筋を伸ばして敬礼を行う。


「お初にお目にかかりますイハサ様、そしてラクリエ様。私はつい先日近衛に配属となったライルという者です。以後お見知りおきを」


 恵まれた体格に端正な容姿、姿勢もよく、好青年という言葉がとてもよく似合う、そんな男であった。


「ええ始めまして、これからよろしくお願い致しますね」


 手袋越しではあるが、握手して気さくに対応するラクリエに対し、


「こちらこそよろしくです。……後のために教えておきますがライル、二人一緒に挨拶をする時は、まず立場が上の人の名前を先に言うモノなのですよ」


 対して初対面の相手にやや辛辣なことを言うイハサ。


「これは失礼しました。ラクリエ様、以後気を付けます」


 指摘されてライルはラクリエに頭を下げた。


「あはは……、イハサは相変わらず真面目なんだから。えっと、ライルさん? 私は気にしないですが、中には気にする人もいるでしょうから、これから気を付けてくださいね」

「はい、恐縮です」

「ところでライルさんは、どこか貴族のお生まれなんですか?」

「いえ、そのような事実はありませんが……」

「そうなの? とてもしっかりしているように見えたからもしかしてと思ったのだけど……」

「ラクリエ様にそのように言ってもらえて大変光栄です。しかし私はまだ駆け出しの衛兵。一日も早くそのような自分になれるように精進していく所存です」

「ええ、期待していますよ」

「はい、それではこれで失礼させて頂きます」


 ライルは最後に再び敬礼し、二人に元を去っていったのだった。

 ライルが立ち去った後、ラクリエは何気なくイハサの方を見た。そしてイハサの視線が、未だ立ち去ったはずのライルに向けられている事に気付いて、人知れずニマリとほくそ笑む。


「素敵な人だったね」

「……そうですね」


 イハサは生返事で返すが、ラクリエにとってはそれで十分だったようだ。


「そっかあ、イハサはああいう人がタイプなんだ。確かに貴公子然としていて格好良かったもんね」

「なっ! 急に何を言い出すのですか! わしは素敵だと言っただけで他意は何も……!」

「そうなの? イハサが男性を褒めるところなんて初めて見たけど?」

「素敵だと言っただけで好きとは言っていません!」


 しかし生真面目なイハサが顔を赤くして必死で否定するあたり、半ば認めてしまっているような気がしないでもない。

 イハサとラクリエの付き合いは長い。共に物心がつく前から本当の姉妹のように育ってきた。それ故本人ですら分からないようなことでも、お互いに察することができた。単なる主君とそのお付きという関係を超えた何かが二人にはあった。


「敵襲! 敵襲!!」


 風雲急を告げる飛報が砦中に響き渡ったのは、食事会も終焉に向かいつつある、そんな時であった。そのたった一言で、一瞬にして場に緊張が走る。


「隊長! この砦は完全に包囲されています!」

「落ち着け! 敵は一体何者なのだ!」

「申し訳ありません、何分暗くてそこまでは、しかし……」

「しかし……?」

「このバロック砦は国境付近にあるとはいえハーノイン領。こんな場所に大軍を送り込む事ができるのは、同じくハーノインの人間か或いは……」

「……ミッドランドか」


 ミッドランドはハーノインを超える大国である。わざわざラクリエを狙ってきたという事は、同盟に反対する一派の仕業だろうか。ハーノイン側にとってはどちらも同じことだが……。

 隊長は奥歯を砕かんばかりの勢いで噛み締めた。


「総員、直ちに配置に着け! ラクリエ様が逃げ(おお)せるだけの時間を何としても稼ぐのだ!!」

「「はっ!!」」


 隊長が命令を下すと、兵士たちは直ちに作戦行動に移った。そしてその場には、隊長及びラクリエとイハサ、そしてラクリエ配下の数人の近衛兵のみが残る。

 隊長はラクリエの元へ歩み寄ると、静かに片膝をついた。


「ラクリエ様、申し訳ありません、我らには貴女様をお守りする術がありません。程なくこの砦は落ちるでしょうが、ラクリエ様が逃げ果せるだけの時間だけは何としても稼いで見せます。この砦には王族か将軍くらいにしか知らされていない抜け道があったはず。どうかそこよりお逃げください」

「な、何を言っているの? バロック砦は堅牢、早々落ちるはずは……」

「ラクリエ様、バロック砦は堅牢な砦ですが、そもそも砦を守る人員が圧倒的に不足しているのです。例え全ての兵が獅子奮迅の戦いをしたとしても、半日が限界でしょう」

「そんな……」

「どうかお願い申し上げます。我らの忠義に報いたいと考えておられるのでしたら、とにかく今は生き延び、そして今ここで起こっている事の真実を明らかにして下さい。それさえ叶うのであれば、ここで戦場の塵と消えようとも我らに悔いはありません」


 王女の護衛を兼ねているとはいえ、その任務は本来安全であるはずの物資の輸送である。大した問題は起きないはずであった。それがあれよあれよという間にこのような事態になってしまうなどと、一体誰に想像できたというのだろう。

 それでも隊長及びその部下たちは、あくまで戦い抜く姿勢を変えない。ラクリエの王女としての覚悟が試される時であった。


「……分かりました。どうかごぶじ…………ご武運を」


 隊長は最後に敬礼をすると、自らも戦線へと加わっていった。対するラクリエも、迷いのない足取りでイハサや近衛兵を引き連れて地下室へと向かっていく。このような状況故か、そこにたどり着くまで声を発するものは誰一人いなかった。

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