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イハサとラクリエその1

 ハーノイン聖王国。大陸の南方に位置するこの国は、国土及び国力において、ミッドランドに次ぐ勢力を誇る。その中心たる王都シトラスの城内にて、一人の少女の姿があった。

 ハーノインよりも更に南、海を隔てた先にある島国。その島国の血を引く少女は、祖国の民族衣服を身に纏い、腰には片刃の剣を携える。少女は一人、広くて長い廊下を歩き、とあるドアの間で立ち止まった。

 少女がドアをノックしようと右手を持ち上げる。だがその時、少女は背後に何かの気配を感じて振り返った。

 廊下の壁にぽっかりと開いたドーム状の穴、窓。そこにとまった一羽のカラス。それが気配の正体であった。

 見た目はごく普通のカラス。しかしそのカラスに何か感じるものがあったのか、少女はそのままカラスへと歩み寄る。


『イハs……』


 それは瞬きほどの一瞬の出来事であった。カラスが少女の名前を呼ぼうとした次の瞬間、カラスは少女の放った一閃によって両断されていた。

 少女は刃に血が付いていないことを確認すると、剣を仕舞い何事もなかったかのように先ほどのドアをノックするのであった。



「くっ……!」


 同時刻、王都シトラスの城下町。その宿屋の一室にて、ゼアルは目元を抑えて苦悶の声を上げる。


「ゼアル様! どうしたのですか!?」


 ヴァルナが慌てて駆け寄った。


「いや大事ない。どうやら感覚を共有している使い魔を切られたようだ。その痛覚が入っただけでダメージはない」

「そうですか、共有は簡単に切れないものなんですか?」

「切れるさ、だが今の相手は武器を抜いてから切るまでの一連の動作が速すぎた。故、感覚共有の切断が間に合わなかった」


 しかしどういう訳か、使い魔を切られたにも関わらずゼアルは薄く笑って見せる。


「異国の天才少女剣士イハサか。正直な所その強さは疑問だったが、どうやら本物だったようだ。本格的にあの者を配下に加えたくなったぞ」

「お気持ちは分かりますがゼアル様、既に社会的に地位を得ている者がゼアル様の勧誘に応じるとは思えないのですが……」

「それも工夫と状況次第だろう。使い魔が失敗した以上はまた別の手を考えねばならんな。お前にも働いてもらうぞ、ヴァルナ」

「分かっています……」



「あらイハサ、いらっしゃい。外で何かしていたようだけど、どうかした?」


 部屋に入ったイハサを迎えたのは、大陸一の美姫と名高い――国民が勝手に言っているだけだが――ハーノイン聖王国の王女、ラクリエである。


「……いえ、人語を話す奇妙なカラスがいたので切っておいただけです」


 しかしラクリエは警戒心を抱くどころか、


「本当!? すごい! 私も見たかったな、喋るカラス」


 なんて能天気な事を言う。


「姫様! この国は今戦争中なんですよ!? 現状優勢とはいえ……いえ、優勢だからこそ敵も何を仕掛けてくるか分かりません。もっと慎重になって下さい!」

「あら、でも私に何かあればイハサが助けてくれるのでしょう? 頼りにしていますよ」


 褒められてイハサは僅かに顔を赤くする。


「も、もちろんわしがいる限り、姫様には指一本触れさせはしません。ですがわしとて数や飛び道具で攻め立てられたらどうしようもないのです。まず姫様自身に自分の身を守って頂く事、これが大前提です。分かりましたね?」

「え~~っ」

「分・か・り・ま・し・た・ね!?」

「は~い」


 小柄で幼児体系なイハサに対して、標準並みの背丈と標準以上の胸部を持つラクリエ。年齢もラクリエの方が上なのだが、年上の自覚がないのか真面目なイハサに注意ばかりされている。

 見た目のギャップと相まってなかなかシュールな光景だが、二人にとってはごくありふれたやり取りであった。


「それはそうと姫様、今度前線に赴く事になったというのは本当なのですか?」

「ええ本当よ。何でも前線が膠着(こうちゃく)していて戦果が上がらないから、士気高揚のために私が現地に赴いて激励することになったみたい」

「〝なったみたい〟ではありません! どうしてそんなに大事なことを勝手に決めてしまわれるのですか。戦場はとても危険なのですよ!?」

「それは分かるけど、王国のために戦ってくれている兵士さんたちを後目に、私だけ何もせずにいるなんてできなかった。それに、ラインクルズ様たっての願いとあっては……」


 決して軽い気持ちで了承したわけではない。ラクリエの言葉に厳しく詰め寄っていたイハサも諦めたようにふうとため息をついた。


「姫様のお心は分かりました。前線と言っても広いですし、まさか本当に危険な場所へ行かせることはないでしょう。ただし、次からは勝手に決めてしまう前にわしに相談すること。いいですか?」

「はい」


 異国の天才少女剣士イハサ、そしてハーノイン聖王国王女ラクリエ。この出張が、二人の運命を大きく変えてしまう事になるとは、この時の二人はまだ知らなかった。

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