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プロローグ

 ある所に一人の天才がいた。しかし彼の生まれた国と時代に彼の才能が活かせるような場所はなく、結局彼は生涯を終えるその瞬間まで、本人ですらその才能を知ることはなかった。

 享年六四歳、孤独死だった。


「…………夢、か」


 朝、ゼアルはいつものように、自室のベッドで目を覚ます。

 夢を見たような気がする。背の高い建造物が立ち並び、馬より早く走る乗り物がそこらじゅうを走っていた。

 古い記憶のような気がするが、その景色は最低でも二〇〇〇年は先を行っていたように思う。


「一体何だったのだ……?」


 ぼそりとそう呟くが、その疑問に答えられる者など、この世界には誰もいなかった。



 開けた田舎道に佇む一軒の家。周囲の民家と比較して明らかに大きな邸宅があった。

 客人が来ているのだろうか。馬車に繋がれた馬が、のんびりと庭の草を咀嚼している。


「お久しぶりですゼアル様。流石はゼト様のご子息。しばらく会わない間に随分とご立派になられたようで……」

「ロアン殿こそご健勝のようで何よりだ。先の戦いの後、行方不明になったと聞いて心配していたのだぞ」


 二人の青年はそう言葉を交わし、固い握手を交わす。

 ゼアルと呼ばれた青年はこの屋敷の主。長身のせいで目立たないが、剣闘士を思わせる恵まれた体と、その体に常人をはるかに凌駕する魔力を秘めていた。

 対してロアンと呼ばれた青年は、ひょろりと伸びた手足と柔らかな物腰。人がよさそうな印象を与える一方で、どうにも頼りなさげな印象も与えてしまう。


「それは申し訳ないことをしました。実は私、あの戦いの後からずっと大陸中を旅していたのですよ」

「大陸中を……?」


 ゼアルが僅かに眉間に皺を寄せた。

 あの戦いというのは二〇年ほど昔、彼ら魔族とヒト族とが相争った戦争のことである。

 同族間との争いとは訳が違う。魔族とヒト族は互いに異種であり、決して相容れることのない相手。少なくとも戦後数年が経過するまでは、そんな価値観が支配的であった。

 あろうことか彼は、そんな反魔族、反ヒト族意識の最も強かった時期に、ヒト族の国を旅して周ったというのである。ある程度外見は誤魔化せるとはいえ、何らかの切っ掛けで正体がばれてしまえば、リンチの末に殺されても不思議ではない。そんな危険な旅をしていたのだ。


「術で外見を人に寄せて、なおかつ堂々としていたら案外ばれないものですよ」


 温和な雰囲気に反して、随分と大胆な人のようである。


「さて挨拶はこれくらいにして、そろそろ本題に入りましょうか。単刀直入にお尋ねします。ゼアル様、貴方はお父上の後を継いで魔王になる覚悟はおありですか?」


 それまでの雰囲気から一転。その問いかけには一切の詭弁や誤魔化しを許さない、そんな圧があった。

 ゼアルとて全く考えていない訳ではなかったが、単純にはい・いいえで答えられるような問いではない。考えをまとめるように間を置くと、やがてゼアルは口を開いた。


「その気はない……と言えば嘘になる。だが正直なところ、我にも分からないのだ」

「……分からない?」

「そうだ。かつて父は魔族の王として魔族を率いて戦った。かつての父の雄姿は今でも目に焼き付いている。父ほど強く大きく頼れる存在を我は他に知らない。……だがそれでも父は負けた。ヒト族にな」

「それは……」

「今の我が父を超えた……などと己惚れてはいない。だがだからこそ、我が父の後を継いだところで一体何が成せるのかと、そう思うのだ」

「ふむ……」


 ロアンは顎に手を当てて思案する。


「ゼアル様の心情は理解しました。つまりゼアル様もお父上の後を継ぎたいとは思っておられるのですね? しかしお父上に劣る自分がお父上の後を継いだところで二の舞になるだけ、と」

「……そんなところだ」

「であればこうするのはどうでしょう? 私がヒト族の住む国を旅してまわったように、ゼアル様も大陸中を旅してみるのです。その中で今、ご自身が何をしたいのか、何をするべきなのかという事をゆっくり探してみるのはどうでしょう」


 その提案に、ゼアルは目を丸くする。


「我が旅を……だと?」

「そうです。ヒト族はかつて我らと戦い、勝利した。ですがそんな彼らが、幸福とともに順調に繁栄していったのかというと、そんなことは決してありません。立場を隠して一人の人間として彼らと向き合い、旅をすれば、新たな世界が開けるかもしれません」

「ふむ……、だがいいのか? ロアン殿は我が魔王として立ってくれることを望んでいるようだが、旅をした結果魔王とは一切関係のない目的を見つけてしまう可能性もあるのだぞ?」

「それはそれで仕方のないことです。このまま放っておいたところで魔王として立ってくれるとも思えません。ならばここはゼアル様に行動するきっかけだけを与え、あとはゼアル様自身が魔王として立ってくれる可能性に期待したい。そう思うのです」


 しかしそう発言するロアンの瞳は、ゼアルがやがて魔王となることを確信しているような、そんな鋭さがあった。


「分かった。確かにいつまでも父の遺産で生活していくのも格好がつかないからな。ロアン殿のアドバイス、ありがたく実行に移させてもらおう」

「それはよかった。もし魔王として立つと決められたら、すぐにご連絡をください。真っ先に臣下に加わらせて頂きますよ」

「はは……気が早いな」


 二人の青年はそう言って笑顔を交わした。

 類稀な才覚を持ちながらも一歩を踏み出せずにいた青年ゼアル。そんな彼と彼の覇道を陰ながら支え続けた青年ロアン。そんな二人の再会。全てはここから始まったのであった。

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