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貯まった運で核兵器を  作者: レイジー
42/42

【番外編】その後

それからまた月日が流れた。




■ギムという男

 ここはとある警察署内の取調室。チンピラ風の男がふてぶてしい態度を取る中、向かいに立つ刑事の男が怒りを露わに尋問を執り行っている。


「惚けるな!貴様がやったんだろ!!」

「だぁ~かぁ~らぁ~。やってないって言ってんでしょうがぁ。証拠あんの刑事さん?」


 大きく背もたれに寄り掛かる男に対し怒声を放つのは正義感の化身ギム刑事だった。

ギムは机上に強く掌を打ち付け男に食って掛かる。


「いいか?刑事をなめるなよ?今白状しておくのが身の為だ。俺達はお前達みたいな悪党をどこまでも追いかけて追い詰める。ブタ箱でゲイにケツの穴を掘られたくなかったら今ここで正しいことをしろ!」

「お下品ねぇ~、刑事さん。大体今のご時世こんな不当な取調べやって言い訳?人権侵害っしょ?」


 一行に態度を改める様子の無い男。取調べが平行線を辿ること数十分、ギムは睨みを利かせたまま渋々部屋を出た。

マジックミラー越しに潜む隣の部屋で上司らしき男の元へ歩み寄る。


「ダメですね。かなり強情です。奴がクロなのは間違いなんですが…」

「その様だな。しかし好調だった君の取調べも最近は苦戦を強いられることが多いな」

「…申し訳ありません」


 ギムは自身の”運”で購入した”トルトーレの涎”を既に使い果たしたため、容疑者の尋問には苦戦を強いられていた。

やがて上司の男は深いため息を漏らす。


「ふぅ。致し方無い。もうこれ以上奴を拘束出来ん。釈放するしかないな」

「…!」


 それを聞いたギムは何かを閃いた様な表情を見せた。

すると近くにおいてある容疑者の荷物が入った籠を取り上げる。


「!」


 ギムは何も言わずそのまま取調べ室の中へ戻って行った。

その籠を乱暴に机の上に放り投げると、苦いつばを飲みひと言告げる。


「釈放だ。出ろ」


 不敵な笑みを浮かべる男。


「あ~あ~疲れた。無駄な努力ご苦労様です刑事さん~」


 ギムは奥歯を強く噛み締める。


「あ~、でも今回のことで僕ちゃんスゲー傷ついたなぁ~。病院行こうかなぁ~。それとも訴えちゃおうかなぁ~」


 鼻歌交じりで籠から上着や小物、バッグ等を取り上げると男は悠々と部屋から出て行った。

男はそのまま真っ直ぐと正面出入口へと向かう。

やがてセキュリティゲートに辿り着くと、警備の警官が声を掛ける。


「上着と荷物をこの籠に入れて。あと時計やベルト、金属類があればそれも一旦ここに預けて」

「あ~?入る時もしただろうが」

「所内からの不正持ち出しを防止するためだ」

「っだよ面倒くせぇなぁ。わーったわーった分かりました。やりゃいいんだろうが。誰がこんな辛気臭ぇところからモノ持ち出すんだよ?」


 男は渋々と警官の指示に従う。


「あ!でも俺アレに真珠入れてるぜ。まさかそれまで今ここで取り出せなんて言わねぇよな?」


 やがて身軽になった男はそう冗談を吐きながら金属探知機を潜り抜ける。

警官の男は男が脱いだ上着のポケットをあちこちまさぐっている。

すると、


「ん!…これは!?」

「あぁ?」


 警官の男が内胸ポケットから取り出したのは小さな袋に入ってる白い粉だった。

それは明らかに法に触れる品物であり、男の表情は瞬時に驚愕に広がる。


「はぁぁぁ??っちょ、なんだよソレ?俺のじゃねぇぞ!!なんでそんなとこに入ってんだよ?」


 警官の男は睨みを利かせ同行を要請する。


「…話は奥で聞く。取り合えず来てもらおうか?」

「はぁぁ??ふざけんな!俺のじゃねぇ!誰かがハメやがったんだ!」

「とにかく来い。話はそこでゆっくりと聞く」

「ざけんなぁぁ!!!」


 激しく抵抗する男だったが、やがて警官と応援に駆け付けた数人の刑事に取り押さえられ悲鳴と共に所内の奥へと連行されて行った。

そんな様子をギムは廊下の片隅から静観している。

やがてその隣に先程の上司の男が現れた。


「なんだ?あの男はまた取調べ室へ逆戻りか?驚いたな、一体何が起こった?」

「さぁ、全く何事でしょうかね?」

「…君はあまり驚いていない様子だな」

「いえ、とても驚いていますよ。全く”不運”な男です」


 そう言うギムの表情はいたって平静だった。


「…そうか。そういえば先程君が奴の荷物を取り上げた際に上着の胸ポケットに手が忍んだ様に見えたが、あれは錯覚だったかな?」

「えぇ、恐らくそうでしょうね。部長もお疲れなのでは?」

「ふふふ、そかもしれんな」


 けん制を含んだ意味深な会話で辺りの空気を濃密にしていく2人。


「しかし意外だったな。法を順守し一切のルールを曲げない堅物だと思っていたが、随分と遊び心を持っているんだな、君は」

「…信念を思い出したんです」

「信念?」

「ルールは大切です。しかしそればかりに縛られ過ぎると大切なものを失うかもしれない。先の戦いでそんなことを学びました」

「ほう」

「正しさとはいつも曖昧なものです。だからこそ自分は自分の信念に正直でありたい。もしそれが過ちだとするなら、自分は”不運”という形で神の啓示を受けるでしょう。その時はまた改めて考え直します」

「ふむ。まぁ深く詮索するつもりはないが、心地の良い弁だ」

「どうも」

「これからどうする?」

「少し休暇を取るつもりです。家族との時間を大切にしたい」

「昇進はいいのか?」

「えぇ、やはり現場です。神の啓示を受け取るにも会議室にばかり閉じ籠っていては見つけてもらえそうにないですから。空の下を駆けずり回ってた方が必要なものに出会えそうです」

「そうか。それもいい」

「それでは自分はそろそろ失礼します。また次の現場がありますので」


 そう言うとギムは部長の男をその場に残し去って行く。

去り際に見せる後ろ姿には窓から零れる夕日が重なり、哀愁と積み重ねられた歴史、そして守るべきものが見える様だった。




■エリカという少女

 ここは元難民少女であるエリカが住む施設。

学校に通ったことのないエリカは施設内で行われる臨時授業で読み書きを勉強し、国内学校への編入に向けて日々精進していた。

この日も授業を終えるとエリカは一目散に部屋へと戻る。

そして”天空料理人のオーブンレンジ”が入ったリュックを背負い込み部屋を出る。

施設共用の自転車に乗ると立ち漕ぐでどこかへと向かうエリカ。

やがて辿り着いたのは荒んだ風景を見せる貧民街だった。

今にも崩壊しそうな建物が立ち並ぶも、そこには多くの人々の生活があった。

エリカは無人となった建物内に入ると、リュックからレンジを取り出しボタンを操作し始めた。


「えぇ~っと、パーティボタン、人数は1000人位かなぁ?」


 使い慣れた手つきでいくつかのボタンを操作するエリカ、するとレンジからは指示通り1000人分はあろうかとう豪勢な料理が次々と飛び出てきた。

そしてエリカはその小さな体で精いっぱいの大声を町中に轟かせる。


「みなさぁ~ん!!炊き出しでーす!食べに来て下さぁ~い!」


 エリカの声に気付き次々と建物の中から顔を見せる住民達。

最初は何が起こったか分からないといった様子で普段からの暗い表情を引きずっていたが、やがて鼻孔をくすぐるその芳醇な匂いに釣られ集まってくる町の住民達。


「なんだ?いい匂いだ…」

「何?なんなの?」


 どこか訝しいといった物腰を見せる住民達にエリカが屈託の無い笑顔で呼び掛ける。


「皆さん、お腹空いてませんが?ほっぺが落ちそうな料理がたーっくさんありますよ!どんなに食べてもお金は要りませんので、是非食べて下さいー!」


 普段の生活からはかけ離れた恩恵に戸惑う住民達。

そんな様子をものともせずエリカは集まって来た人々に料理が乗った小皿をどんどんと配って行く。

やがて最初の一人がその匂いに耐え切れず一口頬張ると、至福の声が漏れる。


「うぅっ、うめぇぇぇ。うめぇぇぇ!!!」


 堰を切ったよう貪るその男を見て、周りの人々もどんどんと料理を口に運んでいく。


「美味しい!!美味しいぃぃぃ!!!」

「なんだこりゃ?こんなの食べたことねぇ!!」

「お、おかわり。おかわりちょうだい!」

「はーい!まだまだありますよ~。どんどん食べて下さい~!」


 やがて町中の人々が集まり、その場は歓喜と至福で溢れ返った。

集まった人々はいずれも痩せ細っており、子供もまた汚れた服装に身を包んでいることが普段の飢餓と苦境を彷彿とさせていた。

しかしこの時ばかりは人々の表情は幸せそのものであり、それを見たエリカも同じ様に幸せな気持ちを味わっていた。

やがて人数分の料理が行き渡ったことを確認したエリカは料理に夢中な人々に声を掛ける。


「みなさーん!お皿とかお鍋は持って帰ってもそのままにしてても大丈夫でーす!また時々来ますからねー!頑張って生きていきましょー!頑張って生きていればいつか絶対夢のようないいことが起こりますからねー!」


 突然現れた正体不明の小さな天使に対し不可思議を感じながらも頷く住民達。

そしてエリカはリュックを背負い自転車に跨ると颯爽とその場を去って行くのだった。




■ギルティという女

 この日、テレビのニュースではある人物の暗殺が大々的に報道されていた。


<昨夜未明、ベンティタウンにある指定マフィア組織のボス、テタゲア=ヤラプンテが遺体となって発見されました。死因は胸部を大きな刃物で突き刺されたことが原因とみて警察は殺人事件として捜査を進める方針です>


 そのニュースを怯えた表情で見守る男がいた。

その男は高級なインテリアとブランデーが並ぶ部屋でソファに座り貧乏ゆすりをしている。


「ちっくしょぉぉ!!!まただ、また殺された!立て続けに5件、人売りのしのぎやってる幹部共が次々に殺されてる!どうすりゃいいんだよぉ、このままじゃ俺も殺されちまう!!ちっくしょぉぉぉ!!!」


 同じ部屋にいるもう一人の男は冷静な表情で壁に寄り掛かりグラスを傾けながら静かに口を開く。


「そう慌てなさんなって。この俺が目の前に居るってのに失礼な人だなぁ」


 その男は腰元に拳銃を携えた漆黒のスーツに身を包む髭面の男だった。


「うるせぇ!おい、お前、本当に大丈夫なんだろうな?高い金払ってんだ、必ず俺を守るって保障出来んだろうなぁ???」

「だからそう大声出しなさんなって。映画とかじゃ冷静さを失った奴から先に死ぬだろ?まぁ安心しな、手口からいって新進気鋭の殺し屋だ。ちょいと成功体験が重なってお鼻が伸びちゃってるタイプだろうが、中途半端な腕で俺様と敵対関係になったのは後悔するだろうねぇ」

「お前こそ油断するな!!テタゲアの野郎は用心深い奴だった。しこたま用心棒を雇ってたのにこの様なんだぞ!!」

「そう心配なら下に居るガードマン共の数を増やせばいいだろ?大体アンタ俺様の腕をちゃんと知って雇ったのか?この俺様の輝かしい功績をさ」

「お前の腕が確かだと聞いたから雇ったんだ。”100人殺しのノーティス”とか何とか吹いてるらしいが、腕は確かなんだろうな??」

「正確には104人だがね。まぁ切り捨てちゃった4人には悪いけど、200人を達成したらまた通り名を改めるよ。一流のお手並みをとくとご覧あれ」


 ノーティスと名乗る殺し屋の男がグラスのブランデーを飲み干すと、突然建物の1階から爆発音が轟いた。

大きく驚くマフィアの男と、銃に手を掛ける殺し屋のノーティス。

すると次の瞬間、


「っがぁぁ!!!」

「!!!」


 突然ノーティスの言葉と動きを奪ったのは目の前に現れた1本の長鉄、それは鋭利な先端を誇る業物の刀。

ノーティスの背中から心臓を貫きその胸部から鮮血を纏い姿を見せていた。


「ッッッ……」

「ひぃぃぃぃ!!!」


 マフィアの男はソファから立ち上がり壁際に逃げ寄る。

殺し屋のノーティスはその場から動けずほんの僅か数センチ、首を背後の方向へ向けるのが精いっぱいだった。

やがて刀を握る主から静かな別れが告げられ始める。


「お前は勘違いをしている。本当の殺し屋はいちいち殺した人間の数なんて数えちゃいない。1流だの3流だのって概念の世界にすら生きちゃいないのさ…」


 そう呟いたギルティはノーティスの背中に刺した刀をそのまま半回転させ中で心臓を潰した。


「ッブギョォ…」


 大量の吐血と共にその場に倒れるノーティス。

刀を振り払い鮮血を飛ばしたギルティは、その鋭い眼光をマフィアの男に向けた。

恐怖を極める男は命乞いを始める。


「まっ、待てぇぇ!!待ってくれぇぇ!!った、っ頼む!!!見逃してくれ!なんでもする!金は払う。アンタの目的が何かは知らないが、何でも言う通りにするからぁぁ!!!」

「悪党の断末魔はいつも似通っているな。今ここに立っているのがお前達が暴力で脅し売り飛ばした子供達の親でないことに感謝しろ。もしそうならお前は生きたまま皮を剥がれる」


 ゆっくりと男に近付くギルティ。


「待ってくれぇ!話し合おう!頼むよぉぉ!!止めろっ、止めてくれぇぇ!!!」

「口やかましい男は嫌いだ」


 そう言ったギルティは刀を男の口の中に突き立てそのまま喉を貫通させた。

呼吸機能を失った男はそのまま上目となり絶命していった。

念押しかの如く最後男の心臓に刀を一突きしたギルティは男の胸ポケットにあるスカーフを取り刀に付いた鮮血を拭うとそのままその場を静かに去って行った。


 連日の暗殺事件を嗅ぎ付けたあるマフィアの幹部がギルティの元へ訪れた。

テーブルを挟んでソファに座る2人、幹部の背後には2人の大柄な手下が佇んでいる。


「腕がいいそうだな。殺してほしい奴がいる」


 男はある少女が映っている写真を差し出した。


「タンブラー組のボスの娘だ。奴ら俺たちの島でちょいとおふざけが過ぎだ。強めの警告が必要だ」


 ギルティは写真を取り上げ映る少女を眺める。


「この娘はどう見てもカタギだろ?」

「そうだ。報酬次第で誰でも殺すそうじゃないか?無論それなりの報酬は用意する。それに俺達のお願いは断らない方が身のためだぞ」


 すると背後の手下2人がギルティに向け銃を向けた。


「…」


 ギルティは荒んだ眼で相手3人を睨む。

すると徐に横に置いてあった何かの名簿の様なものを取り上げた。

ゆっくりとページを捲りながら相手に問い掛ける。


「…オタク、名前何て言ったっけ?」

「あぁ?ニデク組だ」

「…ほう!なるほどな…」


 そしてギルティは名簿を横に置き背もたれに大きく寄り掛かった。


「いいだろう。引き受けよう。その小娘を殺せばいいんだな?」

「いい判断だ。で、いくらだ?」

「報酬か?払ってもらうさ、今すぐにな!」


 するとギルティは自身のかかとでソファの土台部分を強く蹴った。

するとたちまち部屋の上部監視カメラが設置してある位置から無数の銃弾が発砲され、それられは3人の男達に次々と命中していく。


「ぐがぁぁぁぁぁ!!!」


 やがて断末魔と共に3人はその場に倒れこんだ。

ギルティは不敵な笑みを浮かべ独り言を呟く。


「くくく。いろんな連中がオタクらの首に懸賞金を掛けてる。合算すればそれなりの額だ。それを以って今回の仕事を引き受けてやるよ。…おぉっとしまった。依頼人が死んでしまったな。つまりは取り引きも中止となった。すまないが、懸賞金だけいただいておくよ」


 ギルティは改めて名簿を取り上げ”ニデク”と書かれたリストにバツを付けた。


「奴の名簿、想像以上に使えるな」


 こうしてギルティはまた自身の正義を重ねるべく、闇へと消えていくのだった。




■ヨシオという青年

 ここはとある道場。柔道着に身を包んだ男達が座り囲う中、中央では2人の男が試合を行っている。


「ふんっ、うぅっ、うぅっ、あぁっ!!!」


 相手の柔道着を渾身の力で掴みなんとかなぎ倒そうともがくのは元自殺志願者であるヨシオだった。

しかしひと回り以上体格で上回る相手にその抗いは効力を発揮せず、ヨシオはすぐに畳の上に叩きつけられてしまう。


「うわぁぁっっ!!!」

「1本!それまで!」


 審判により試合は終了を告げられた。

しかしヨシオは直ぐに立ち上がり、再戦を申し出る。


「もっ、もう一度お願いします!」


 肩で息をするヨシオを見てどこか困った表情を浮かべる対戦相手と審判の男。


「ヨシオ、少し休め。他の奴等も順番があるんだ。少し頭冷やせ」

「でっ、でも!」

「礼を忘れるな!」

「っは、はい…」


 ヨシオは悔しそうな表情のまま黙って相手に一礼をし場内を出た。

周囲を囲う男達は口々にヨシオのことについた語り始める。


「なぁ~んか気合入ってるよなぁ、アイツ」

「ほんと。ヒョロヒョロのくせに気持ちだけは一人前だよな」

「アイツって有名大学の出だろ?試験も主席通過なんだから黙ってりゃ官僚になれるのに。なんで逮捕術とか体力系の稽古に必死なんだ?」

「さぁ~。学校の外でも自分で空手道場とかボクシングジムとかにも通ってるらしいぜ」

「…ヲタクなのかな?」


 やがて稽古は終了の時刻となり、着替えを終えた生徒達は帰路につき始める。

その中にはヨシオの姿もあり、一人くたくたの体を引きずって歩いていると、背後から一人の女性に声を掛けられた。


「ヨシオくーん!」

「!」


 振り向くとそこには笑顔の爽やかな女性が手を振ってこちらに向かってくる姿があった。


「ミユキさん!」

「これ、ヨシオ君のじゃない?」

「え!?」


 ミユキと呼ばれた女性が差し出したのは年季の入った黒い手帳だった。

ヨシオは驚いた様子でそれを受け取る。


「えぇ!?こ、これ、どこに?」

「さっき道場から出て来る時に落としてたよ」

「あぁ、そうなんですか?ありがとうございます!」


 するとミユキという女性はニヤニヤとしながらヨシオをからかい始める。


「ふふふー。中の写真の人、彼女ー?」

「えぇ!?中のって、見たんですか?」

「ふふふ、ごめんね。落ちた時にそのページが開いてたの。綺麗な人だね」


 ヨシオが普段愛用している手帳の中には笑顔とダブルピースで映るオットロの写真があった。


「ちっ、ちっ、違います!彼女なんかじゃないです!その、何ていうか…そう、恩人なんです」

「恩人?」

「はい。その、何て説明していいか分からないですけど、えと、その…」


 口籠るヨシオを見て察した様子のミユキはそれ以上詳しい事情を聞こうとはしなかった。


「ふーん。ま、いいけど。今からどこ行くの?」

「ジムに行ってトレーニングします」

「またー?頑張るねぇ~。やり過ぎじゃない?体大丈夫?」

「全然です。どんなにやっても足りないです。もっともっと強くなりたいですから。あの人みたいに」

「あの人?」

「その人も恩人なんです。僕に道を見せてくれた人で、いつか逞しくなってから会ってお礼が言いたいなぁって」

「へー。たくさん恩人がいるんだねぇ」

「よく考えてみたら、今まで出会った人全員が恩人みたいな感じがします」

「ふふふ、変なの。その写真の人にもいつか会う予定なの?」

「…どうですかね。この人はちょっと特別な人で、そう簡単には会えないんです。でもいつかもっと立派になって沢山の人を助けていれば会えるかもしれないんです。だからもっと頑張ろうと思ってます。それじゃ」


 そう言ったヨシオは夕日が沈む方角へと歩いて行く。

ギム刑事がその背に負った夕日の光をヨシオはその胸で受け止めながら真っ直ぐと前に向かって歩く。

そんなヨシオの姿はまるで憧れた背中を追っているかの様、光を宿した瞳を見せるのだった。




■ドレッドという男

 ここはとある街中、下流から中流の人々で賑わう一帯、大衆店の飲食店や老朽化の目立つ集合住宅が立ち並んでいる。

そんな中、1軒の小汚い飲食店が店の開店に備えて慌ただしく準備している。

中でせっせと働くのは清潔感の無い巨漢の中年男と10歳前後と思われる少女だった。

するとその巨漢の男が何かに気付いた様子を見せる。


「ん!?おい、ここに置いておいた果物はどこだ?」

「うっ…!」


 それを受けた少女はひどく怯えた様子を見せた。

その様子を悟った男は急激に顔を激昂させ、突然少女の頬を殴り飛ばした。


「きゃぁぁ!!!」


 体の小さな少女はその勢いのまま地面に倒れこみ痛みに顔を抑える。

そんな様子はお構いなしに男は少女に詰め寄る。


「このガキィ!!またつまみ食いしやがったなぁ?何度目だコラァ!!」

「ご、ごめんなさい…。でもおなか空いてて…」


 その少女はボロボロの服装に身を包んでおり、よく見ると手足や顔の所々にアザや生傷を宿していた。


「ろくに仕事も出来んクセに店のもの勝手に盗むたぁどういう了見だ??今度やったらスラムで猟犬のエサにしてやるからなぁ!!!」

「ごめんなさい。もうしません…」

「っふん。ったく、お前なんか買って損したわ。今度バイヤーの奴が来おったら返品してやる!」


 その少女は人身売買の果てにこの店の店主に買われ日々過酷な労働を強いられていた。

自由な時間は無く寝る時間や食べ物もろくに与えられない上、自分の体よりも大きなごみ袋を運ぶ肉体労働も当たり前の様に課されていた。

その日の仕事が終わると症状は店の裏路地に段ボールを敷き布を被って気絶する様に眠りに就く。

そして翌朝、また同じ様に店の中で下準備を手伝う少女。

睡眠不足と疲労の蓄積から足元がふらつく少女は運んでいた料理を地面に溢してしまった。


「あぁ!!」


 すぐさま音を聞きつけた店主の男が駆け寄る。


「このクソガキィィ!!!どうしてくれんだぁぁ!!!」


 男は容赦無しに何度も少女を蹴りつける。


「うぅっ…」


 体を丸め必死に耐える少女。

すると男は少女に対し更に残酷なことを言い放つ。


「その溢した料理がお前の今日の飯だ!残さず食え!」

「!!」


 地面に溢されたシチューの様な料理は既に泥と一体となっており原色ととどめていない程汚れていた。

空腹に苦しむ少女だったが、さすがにそれを素直に食べる気にはなれずにいた。


「さっさとしろ!汚れてちゃ仕事にならんだろうが!もし残したら1週間飯抜きだ!!」

「はっ…はい」


 少女は断腸の思いでその料理をすくい上げ、自身の口に運ぼうとした、その時、


「おい!!」

「!?」


 店主の男の背後から聞こえるひとつの怒りに震えた声、2人が声の主に目を向けると、そこには特徴のある髪形をした1人の男が立っていた。


「あぁ?誰だ、お前は?」

「えぇ…?うそ…おにぃ…」


 少女がその正体を口にし終わるかどうかの瀬戸際、現れたドレッドヘアーの男はひと言告げると同時に怒りを爆発させた。


「店じまいだぜ、クソ野郎ォォォォ!!!」


 ドレッドの怒りを宿した拳が次々に店主の男に炸裂する。

その殴打はおよそ1分程度も続き、原型を留めない程晴れ上がった顔のまま男は地面に倒れ込んだ。

仰向けに大の字となった男はその生死の境目を彷徨っているかの様な虫の息となっていた。

その様子を目視したドレッドは切れていた息を整え始める。

やがて心身共に落ち着きを取り戻したドレッドは、改めて少女の方を向いた。


「…ユ、ユリア…」

「おにぃ…ちゃん?」


 ドレッドの目に映るのはかつて生き別れた実の妹、ユリアの姿。

その生存すら分からない妹のため何年も資金繰りと情報収集に明け暮れていた日々、消え入りそうな希望にすがり、何度も諦めかけた最愛の存在を今目の間にしたドレッドは堰を切った様に妹ユリアに駆け寄り強く強く抱き締めた。


「ユリアァァァァァ!!!」

「おにいちゃぁぁぁぁん!!!」


 ユリアを抱き締めるドレッド、妹のユリアもまた、その愛情に応えるかの様に渾身の力を振り絞りドレッドの体を強く握りしめる。


「ユリアッ、ユリアァァ、よかった、生きてたんだな、よかった、よかったぁっっっ」

「おにいちゃぁぁぁぁん、おにいちゃぁぁぁぁん、うわぁぁぁあぁぁっっっ」


 奇跡の再開を果たした2人、ただひたすら抱き締め合う2人。

兄であるドレッドが体を震わせる中、妹のユリアは喚き散らす様に泣き続ける。

やがてゆっくりと体を離したドレッドはユリアを立ち上がらせ容体を確認する。


「ユリア、大丈夫か?怪我は痛むか?何か病気になってねぇか?」

「うぅっ…ううん、大丈夫ぅ…。でもお腹空いたぁ…」

「よし!こっちだ、逃げるぞ!車がある。中に食い物もある。とにかく行くぞ」

「うん!!」


 こうしてドレッドは妹のユリアを強制奪還し自身の車に乗せるとその場から猛スピードで走り去って行った。

ユリアは未だに何が起こったのか分からないといった様子でドレッドに問い掛ける。


「お兄ちゃん、どうして私がここに居るって分かったの?」

「…どっかのイカれた刑事のお陰さ」

「これからは一緒に暮らせるんだよね?」

「あぁ勿論だ。毎日上手いもんたらふく食いながらずっと一緒に暮らすんだ」


 更にスピードを上げる車は2人暖かい未来に向かって真っ直ぐと走り続けるのだった。


めでたしめでたし♪♪♪

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