めでたしめでたし
それから地球では少しの月日が流れた。ここはとある児童施設。
多くの子供達が元気に表で遊んでいる声が響き渡る。
「みんなー、夕飯の時間よー!」
「はーい!」
外で遊んでいた子供達は夕食の呼び掛けを聞き一斉に建物の中に駆け込んで行く。
「いただきまーす!」
大きな食堂でお腹を空かせた子供達が夕食を楽しんでいた。
「みんなー、食べ終わったお皿はきちんと台所に戻してねー。今日が当番の人は洗い物を忘れないようにー!」
「はーい」
次々と食べ終わった子供達が食器を台所に置いた後、自分達の部屋に戻って行く。
「エリカ、戻ろ!」
「うん!」
1人の少女が自分の隣に座っている少女に声を掛けた。
そこに座っていたのは元難民少女のエリカだった。
2人は仲良さ気に食べ終わった食器を台所に戻すと、手を繋ぎ自分達の部屋へ戻って行った。
2人が部屋のドアを開けると、そこには2段ベッドが3つ置かれた少し小さ目の部屋があり、先に戻っていた4人が談笑していた。
「あ、エリカ、アルル、お帰りー!」
「ねぇねぇエリカ、またアレ出してよー!」
「お願いー、あのご飯じゃ足りないよー」
先に部屋に戻っていた4人が何かをエリカに懇願した。
「うん、待ってね」
するとエリカは部屋の奥からあの”天空料理人のオーブンレンジ”を取り出してきた。
「みんな、くれぐれも他の人には内緒だよ?」
「うん、分かってる。大丈夫!」
それを聞いたエリカはレンジから次々と豪華な料理を出していった。
エリカ含め部屋に居る6人はとても幸せそうな笑みを浮かべながらレンジが出した料理に舌鼓を打つのだった。
そんな様子を施設の外から伺う1人の男が立っている。
特徴のあるヘアースタイルをしたその男は麻薬犯のドレッドだった。
ドレッドは外から見えるエリカの元気そうな笑顔に安心したような表情を見せ、その場を静かに去って行くのだった。
翌日の朝、街はいつも通り多くの通勤と通学に歩む人々で賑わいを見せていた。
そんな中に自殺志願者ヨシオの姿もあった。
どこか浮かない表情でトボトボと歩くヨシオ。
すると突然、ヨシオの首元に強い衝撃が走る。
「うわぁっ!!」
強い力で引っ張られ公園の木陰の部分に突き飛ばされたヨシオ。
顔を上げるとそこには3人の不良学生がヨシオを見下ろしていた。
「ヨシオ、てめぇ金はどうしたんだよ?あぁ?」
「あぁ、あぁ…」
「昨日までに持って来いって言ったよな?俺達約束したじゃーん」
「ご、ごめん…でももう無理だよ…本当、本当にもう無いんだ…」
「あぁ??」
”ドン”
「ぐあぁっ!!」
リーダー格の男が木陰に寝そべるヨシオのどてっ腹に強力な蹴りを入れた。
「がぁっ、あぁぁ…」
「テメェ誰に口答えしてんの?え?え?」
「うぅ…、うぅぅ…」
うずくまるヨシオを冷酷な目で見下ろし頭を踏みつけるリーダー格の男。
「お前まだ本気出せてないみたいだよなー。薬足りない?もちーっと痛い目見ないと分かってくれないみたいねー。ヨシオちゃんバカだから~」
すると3人の男が身構え3人がかりでヨシオを殴りつけようとした、その時、
”パシッ”
「!?」
リーダー格の男の腕を後ろから掴み暴行を止める一人の男、そこには正義の化身であるギム刑事の姿があった。
「ギ、ギムさん!?」
「なっ、なんだオッサン!?」
リーダー格の男はギム刑事の手を振り払い強く睨み付けた。
「お前達、警告だ。2度とこの子に悪質ないじめを行うな」
突然現れた大人の男に少し戸惑いを見せる3人の不良学生達だったが、すぐにその目に眼光を宿し口答えを始める。
「あぁ?いじめ?何のこと?俺達遊んでただけだよな?なー?ヨシオ君」
「うぅ…」
リーダー格の男が振り向き再び強い睨みでヨシオを目で脅迫する。
「遊んでいるだけ、か?」
「あぁそうだよ。だから邪魔すんなよオッサン。てかテメェ誰だよ?」
「よし、なら私もその遊びに混ぜてもらおう」
「あぁ?」
するとギム刑事は瞬時に目の色を変え素手で3人の不良学生を叩きのめし始めた。
それは1発や2発ではなく、顔の形が変形するまで、そして立ち上がれなくなるまでその殴打は続いた。
「うぅ…ぐぅっ…、あぁっ」
「…ギ、ギムさん…?」
そしてギム刑事は息が切れ始めたところで殴打を止め乱れたジャケットを整えひと呼吸置きクールに告げた。
「楽しかったよ。また遊ぼうな、君達」
3人に向かってそう告げるギム刑事の表情に笑みは無く、怒りと殺意が入り混じったような迫力のある顔を覗かせていた。
3人の不良学生は完全にすくみあがり一切の抵抗の意思を見せられずにいた。
「ヨシオ君、行くぞ」
「あ、は、はい…」
ギムはヨシオを人気の無い場所まで連れて行くと、その目を強く静かに見つめゆっくりと語り始めた。
「これがバレたら私はクビだ。どうだ?形式主義で保身ばかり考えている大人ばかりじゃないだろ?」
「!!」
「ヨシオ君、今回君は確かに辛い目に遭った。復讐を考えるのも分かる。周りに助けを求めることにも強さと勇気がいることだ、それはよく分かる。だがあぁいった連中はそこに漬け込むんだ。分かるね?」
「…」
「君自身が強くなれ。兵器を使った張りぼての強さではなく、心も体も。勝てなくてもいい、だがただただ言いなりになることだけはせず、血まみれになる覚悟で徹底的に抗ってやれ!」
「で、でも…」
「腕っぷしで勝てないなら先生や親にチクるなり、相手の自宅に怪文書送るなり玄関の前で大便ぶちまけてやるなり、とにかく方法は何でもいい。戦う意思を見せるんだ」
「え!?」
「どうせ相手は卑劣な連中だ。こっちが手段を選んでやる必要なんかないだろ?ただ出来れば君には本当の意味で強くなってほしいと思ってる。それでも行き詰ったり怖くなったら私に連絡をして来い。もう一度この手で叩きのめしてやる!」
「…!」
ヨシオはギムの男らしさと器の大きさに感銘を受け、武者震いを足元に漂わせていた。
「さぁ。そろそろ学校に行くんだ」
「…はい、ありがとうございます!!」
そしてヨシオは学校へ向けて駆け出して行った。
その後姿を見守るギム刑事の目にはヨシオの後姿がほんの少し頼もしいものに映っていた。
そんなギム刑事に対し背後から声を掛ける男が現れた。
「よぉ」
「!」
ギム刑事が振り返ると、そこにはドレッドの姿があった。
「何の用だ?こんな所に呼び出しやがって」
「エリカちゃんは結局施設に預けたんだな」
「…あいつにはこの国に慣れてもらう必要がある。これから普通の生活を送るために必要なことだ。購入したあのレンジで施設の人気者だぜ」
「時々会いに行ってやれよ」
「っるせー。余計なお世話だ!」
するとギム刑事は徐にポケットからひとつのUSBメモリを取り出しドレッド向かって放り投げた。
「あぁ?なんだこりゃ?」
「しっぽを掴むだけでだいぶ苦労したぞ」
「あぁ?」
「居場所の情報や絡んでいる組織のデータだ。全部じゃないが有益なものを集めてある」
「はぁ?」
「妹さんの情報だ」
「!!!」
ドレッドの表情に激震が走った。
「おそらく妹さんは生きてる。いつか会えるといいな。私に出来るのはここまでだ」
ドレッドはUSBメモリをじっと見つめ、溢れる感情を必死でこらえつつUSBをポケットにしまい込んだ。
「…素直に礼を言うのは苦手でな。この落とし前は金でつけられねぇか?」
「あぁ、それもいいな」
「!」
ギム刑事の意外な返答に顔を上げるドレッド。
「家族を守るという私情のため、私は2ケタに上る既定違反を犯し核兵器を強奪した上、暴力で不良学生をねじ伏せた。もう私にルールだ法だの語る資格はない。お前からの汚い金も受け取っておこう。ちょうど家内が欲しがっているバッグがあったんだ。刑事の給料は安いからな」
ギムが見せた人間らしさにドレッドはほくそ笑んだ。
「…はっ!いい心構えだぜ。刑事にしとくにゃ惜しい男だぜ」
「お前こそ、悪党にしておくには惜しい人情屋だよ。妹さんのこともそうだが、エリカちゃんがヨシオ君に殺された時、いの一番に立ち向かって行ったのはお前だったな。命を賭して」
「つまんねぇこと覚えてんじゃねぇ!」
「ふ。…もう行け、長居は無用だ」
ドレッドは大きく口角を上げた表情をギムに向けた後、振り向きそのまま去って行った。
その日の夜、ヨシオは学校を終え早めに帰宅していた。
「あらヨシオ?今日は早いのね」
「うん。ちょっと調べ物したくて」
「調べ物?」
「…刑事になるには、どうすればいいのかなーって」
ヨシオは少し照れくさそうに告げた後、そそくさと階段を駆け上り2階にある自分の部屋に入って行くのだった。
そして同じ日の深夜、ギム刑事は警察署内の自席にて事務処理に追われていた。
「ふぁぁぁ~…眠い。全く集中出来ん…」
灰皿にある大量のタバコの消しカス、そして並べられた缶コーヒーの空き缶がギムの長時間労働を物語っていた。
すると突然部屋の出入り口がノックされた。
”コンコン”
「!」
ギム刑事がノックのする方向を振り向くと、そこには女殺し屋のギルティの姿があった。
「お、お前!堂々とこんな所に来るな!見つかったらどうするつもりだ!?」
「お前が約束を守るかどうかが心配になってな」
忍び込んできた様子のギルティではあったが、カジュアルな服装に身を包みその表情はとても穏やかなものだった。
「…あぁ」
するとギム刑事は自分のデスク引き出しから一冊のファイルを取り出しギルティに放り投げた。
「これか?」
受け取ったギルティはファイルの中身に目を通し始める。
「あぁ。そこに載ってる連中が金と権力を使って法の網目をかいくぐってるクソ野郎共だ」
「よし、いいだろう」
ギルティはファイルをパタンと閉じ、ギム刑事に背を向け、その場を去ろうとした。
「しかし、あんな土壇場でそんな条件を叩きつけるとは、随分と自分の仕事にプライドを持っているんだな。てっきり”自分の犯罪歴を抹消しろ”とか言われるかと思ったがな」
「私の殺しはいずれも大儀ある誇らしいものばかりだ。命かがけで行った正義、抹消されてはかなわん」
「色んな正義の形があるものだな」
「全くだ」
「そのファイルに載ってる連中も君に殺されるんだろうな。なんだか、死刑執行のスイッチを押した様な気分だよ」
「誇りに思え」
「…ギルティ、これからも罪の無い人間だけはどうか殺めないでくれよ」
「…罪の無い人間などいない」
そう呟いたギルティは薄暗い警察署の廊下に姿を消して行ったのだった。




