「私は殺し屋であって悪魔ではない」
ギムが刑事の肩書を使い侵入したホテルの部屋、その奥にあるドアの向こうからは明らかに人がいる気配が漂っていた。
ドアに向かってギルティの名前を叫んだギム刑事。中から反応が返る。
「…あの時の刑事か。一体何の用だ?」
「知れたことだ!」
ドア越しの会話が始まった。
「例の核兵器を奪いに来たのか?購入者の許可なく奪えば"ペナルティ"が及ぶ話は聞いたな?」
「平和と国民の命のため、最悪は覚悟の上さ…。だが今日は生憎そういった提案で来たのではない!」
「ほう?」
「もし、購入者が死亡した場合は、どうなるかな…?」
「…」
緊張が強まる。
「言っておくが覚悟は出来ている。いくらお前が殺し屋といえど逮捕状すら出ていない相手を殺せば私は法の裁きを受ける。しかしそれで大勢の命が救われるのであれば本望だ。コトが済んだ後に自首するつもりだ。そして私1人が十字架にかけられることで法も遵守される!」
「ふん、随分とまぁ無理矢理な解釈をしたもんだな。お前の理論には矛盾だらけだぞ」
「黙れ!!どうせお前が持っている核兵器がこの世界で危険物だとは証明されないだろう。理解の得られない暗殺になることは分かっている!だがそれでも、私は覚悟を決めている!」
「…お前は本当に真っ直ぐな男なのだな。嘘が下手過ぎる」
「な、何だと!?」
「さしずめ脅した上で私に核兵器を手放すよう交渉するつもりだったのだろ?」
「ふざけるな!私は本気だ!!」
「諦めろ、声色で分かる。それに本当に暗殺するつもりの人間は今から殺す相手に対しそんなに喋ったりはしないし殺害予告もしない」
「ぐっ…」
ギム刑事は全てを見抜かれていたことに悔しさを滲ませた。
「まぁお前なりに考え抜いた末の行動だったのだろうがな。法とルールに対する信念、そして正義と葛藤、全くご苦労な男だ」
「コケにするのか?本当に撃つぞ!!」
からかわれていると感じたギム刑事は声を荒げて銃を構え直した。
「法の遵守した上で何とか核兵器を取り上げようとしているつもりらしいが、これも立派な脅迫罪じゃないのか?」
”カチャ”
そしてドアノブが捻られ、ゆっくりとドアが開き中から人影が姿を現した。
「なっ!?!?」
そこに居たのは間違いなく女殺し屋のギルティだった。
しかしその姿は一糸を纏わぬしなやかな曲線をあちこちになびかせる生まれたままの姿、頭の上から足先まで無数の滴が重力に逆らわず地面に向かい垂れ流れている様だった。
「のわあああぁぁぁっっ!!!」
ギム刑事は慌てて後ろを振り向いた。
ギルティはその隙を取ってギム刑事の背中に前蹴りを入れた。
「ぐあぁっ!!」
ギム刑事は大きな音と共に床に倒れ込み、その反動で拳銃はあさっての方向に飛ばされてしまった。
ギルティはすかさずその拳銃を拾い上げる。
「な、な、な、なんて格好をしてるんだ君はぁ!!?」
ギム刑事は照れから顔を上げることが出来ず、倒れたまま床に顔を向け喋り出す。
「シャワーの最中に突然乗り込んできて"出て来い"と言うからだ」
「せ、せ、せめてバスタオルくらい巻け!!」
ギルティはシャワー室の前に置いてあったバスローブに身を包み、近くにあったソファに腰を落とした。
「…それで?今日は私を殺しに来たらしいが、形勢は逆転してしまったぞ。どうする?」
ギルティは悠々と構え銃口をギムに向けたが、ギムはそんなことはお構いなしに動揺を続ける。
「ち、ち、違うぞ!私が覗いたんじゃないぞ!君が勝手にそんなはしたない格好で出てきたんだからなっ!!違うぞ!違うからなっ!」
「…」
ギルティは溜め息と共に足を組み、少し呆れたような表情を見せた。
「はぁ…。全く女の裸くらいでいちいちうるさい男だな。童貞か?」
「なっ!!ち、違う!!断じて違う!!」
ギルティは拳銃を隣のテーブルに置き、引き換えにタオルを取り髪の毛に付いた水滴を拭き取り始めた。
「私が最初にレイプされたのは8つの時だ。以降生き抜くために数え切れないほど身体も売ってきた。今更何とも思ってない。分かったらさっさと起き上がれ」
「!」
それを聞くとギム刑事はゆっくりと起き上がり、恐る恐るギルティに目線を移した。
バスローブ姿を目視で確認すると安心の溜め息をついた。
「それで?暗殺ごっこ以外の用件はないのか?それならもう出て行け」
「…改めて聞くが、あの核兵器を手放す気は無いのか?」
「諦めろ」
「何に使うつもりだ?」
「さぁな」
「…」
ギム刑事は言葉に詰まり、ただただギルティを睨み付けることしか出来なかった。
ギルティはそんなギムを見つめどこか感傷に浸っている様な表情を浮かべた。
「…本当、随分と真っ直ぐな目をしているな。刑事にしても珍しい」
「?」
「まぁ安心しろ。暫くは使う予定は無いとだけ言っておく」
「それで安心出来ると思うか?」
「あぁ、それから話は変わるが、あのエリカとか言う難民の子供、早めに警察で保護してやれ。あのドレッド頭を気に入ってる様だが、いい影響があるとは思えん」
「!?」
ギム刑事はギルティの意外な発言に少し驚いた様な表情を見せた。
「何故お前が見ず知らずの子供を心配する?」
「…」
ギルティは少し物憂げな表情を浮かべた。
「私も元戦争難民でな。味わった地獄は1つや2つじゃない」
「!」
ギム刑事は改めてまじまじとギルティを眺めギルティの人柄に疑問を感じ始めると、思ったことを問い掛けた。
「”金次第で誰でも殺す”と言ったな?あれは本当なのか?」
「?」
「仕事柄、数え切れない程の悪党やクズを見てきた。しかしお前は明らかに様子が違う。お前は本当に殺し屋なのか?」
「…」
ギルティは頭に乗っかっているタオルを取り去り静かに言い放った。
「あぁ、本当だ」
「子供でもか?」
「あぁ」
「なっ、何!?ほ、本当なのか?心は痛まないのか?」
「勘違いするな。子供を殺めた事など無い」
「?」
「”金次第”と言ったはずだ。極稀に地位争いや親への復讐目的で幼子の暗殺を依頼されることはあるが、それには一国の国家予算に匹敵する額を要求している。支払われた試しはない」
ギム刑事の緊張が緩み、少し穏やかな表情を見せた。
「それにそんな案件請け負わなくても殺し屋家業は凄まじく盛況でね。世の中は殺したい奴、恨まれている奴、クズ、悪党で溢れ返っているからな。憎しみと恨みが商売の種だ、廃業することは無いだろう」
「…ふん、なるほどな。随分とこだわりの強い殺し屋だな。裏社会ではあまり好かれてなさそうだ」
「私は殺し屋であって悪魔ではない」
ギム刑事は先程まで身体中に走っていた緊張が完全に緩まっていた。
「話しが済んだらさっさと消えろ。お前の伊達振りに免じて今日の痴漢行為は見逃してやる」
「なっ!だ、だからアレはお前が勝手に!!」
「結婚はしているのか?」
「ん?あぁ」
「…そうか」
ギルティは立ち上がりベッドの横へ移動した。
「早く出て行け、私は疲れてるんだ。そろそろ寝かせろ」
「ま、待て!まだ話は終わってない」
「ん?何だ?もう一度みたいのか?」
そう言うとギルティはバスローブの結び目を解き、再度自身の裸体をギム刑事に見せ付けた。
「おわぁあああぁぁっっ!!!」
ギム刑事は大慌てで部屋を出て行く。
その様子をクスリと鼻で笑いながら見送ったギルティはバスローブを脱ぎ去りソファに掛けると、ベッドへ潜り込んで寝息を立て始めるのだった。