生きたい命、生きられない命、生きたくない命
十数分後、ドレッドとエリカの2人はとある高級ホテルの受付にいた。
「スイートで頼む」
「かしこまりました。28階の2801号室でございます」
受付の女性から鍵を受け取ったドレッドはエリカを連れてエレベーターに乗り込んだ。
「ねぇねぇ、ここがお兄ちゃんの家なの?」
「んな訳ねぇだろ。俺の家は遠い。またどうせあの女にどこに戻されるか分からねぇから"買い物"が終わるまではホテルに泊まる」
「はーい」
エレベーターが28階に到着しドレッドが2801号室の部屋を開けると、そこにはとても広々とした開放感のある部屋が広がっていた。
「すごーーい!広--い!!」
一目散に部屋の奥にかけていくエリカはそれぞれの部屋を回りながら物珍しそうな様子であちこち物色していく。
ドレッドはリビングにあるソファに腰掛け、ジュラルミンケースをその横に置いた。
そしてオットロから受け取った"リストボード"を取り出し、再び購入可能商品一覧に目を通し始めた。
「すごーい!」
「?」
突然部屋の奥からエリカの声が響いた。
「ねぇねぇ、お兄ちゃん、ここ水が出るよ!これ、飲んでもいいのかな?」
エリカは洗面所の蛇口をひねりり出てきた大量の水に感動している様子だった。
「うるせーな、好きなだけ飲んでろ」
「やったー!」
ゴクゴクと美味しそうに水を飲むエリカ。ドレッドは再びボードに目を移し商品一覧を眺め始める。
「…マジでこんな物まで存在しやがんのかよ」
少ししてエリカがドレッドの元へやって来た。
「お兄ちゃん、何してるの?」
「見りゃ分かんだろ。お前は買う物決めたのかよ?」
「んー、だいたいは決めてるよー」
「そうかよ。で、そっからはどうするつもりだ?」
「そっからって?」
「ブツ買った後の話だ。まさか一生俺にまとわりつくつもりじゃねーだろーな?」
「…ダメ?」
「お断りだ。身の振りぐらい自分で考えろ」
「だって、どうせもうすぐ死んじゃうと思ってたから…。大人になるまで生きれないと思ってたから、そんなの考えてないよ…」
シュンとした声で答えるエリカ。
ドレッドは貧困と飢餓により痩せ細ったエリカの体を見てその言葉の背景にあるこれまでを想像してしまった。
「…あの刑事の野郎が施設紹介するっつってただろーが」
「…うん、もしお兄ちゃんが迷惑ならそうする」
エリカが悲しそうな表情で虚ろ気に隣の部屋に移動しようとした時、
”バサ”
「いてっ!」
エリカの後頭部に何かが当たった。落ちたそれを見ると帯で結ばれた札束だった。
「取り合えず何か服買って来い。そんなオンボロな服で隣にいられちゃ目立ってしょうがねぇ」
「え、いいの?」
「…どうせしばらくはいるんだろうが」
その言葉を聞いたエリカは顔色に生気を取り戻し満面の笑みで微笑んだ。
「うん、ありがとう!」
エリカはズボンのポケットに札束をしまい込み、嬉しそうに買い物に出かけて行った。
エリカがホテルの部屋を出て少しした時、ドレッドの携帯端末が鳴った。すかさず受電するドレッド。
「俺だ。…あぁ、来週、同じ場所。おうよ」
新たな取り引きを確約したドレッドは、静かに携帯端末を置いたのだった。
ドレッドがエリカの勢いに負け本人を預かることになってから暫くして、他の3人も自宅や拠点など、それぞれが腰を落ち着けた上で購入可能商品の一覧が表示される"リストボード"を凝視していた。
ギム刑事は警察署内の自席にて周囲に悟られない様に、
「こ、これは…。これだけは何としてでも私が手に入れなければ…」
殺し屋のギルティは無人と思われる雑居ビルの一室で、
「"第6世界の死刑囚"。前科は強盗殺人。握力200kgを誇る怪力の持ち主。痛ぶりながら殺したい相手がいる方にお勧め、か。ふん、殺し屋の技術がある私自身も商品に成りえるかもな」
自殺志願者の学生ヨシオは自宅にある自分の部屋で、
「"お手伝いロボット"、"透明人間錠(5分)"、"瞬間移動の種"、"運命の赤いヒモ"、"プロスポーツ選手の才能"、"IQ500ブレイン"…、どうしよう、どうしよう、どれもいいな、迷うよぉ…」
すると家の1階からヨシオの母親と思われる声が届いて来た。
「ヨシオー、ご飯よー」
「あ、うん。今いくー」
ヨシオは"リストボード"を鍵付きの引き出しにしまい、そそくさと階段を降りて行った。
ダイニングに着くと、そこにあるTVがニュース映像を流していた。
「!」
[昨日未明、○○地区の○○高校に通う男子学生が遺体で発見されました。自宅のガレージで首を吊っている状態で発見され、近くには遺書の様なものがあることから、警察は自殺した可能性が高いと見て捜査を進めています]
「…」
「あらやだ、また自殺?最近多いわねー」
[なお、死亡した学生の両親は学校や警察に対し"息子がいじめられている可能性がある"と数ヶ月前から何度か相談していたことも分かりました]
ニュースの映像が切り替わり、学校の校長や警察の人間が無数のフラッシュを浴びる中、報道陣に対して頭を下げている映像が流れた。
「遺族の気持ち考えると、心が痛むわねー…」
「…どうせこいつらだって、ろくに調査なんかしなかったんだよ。本当に何とかしようなんて思ってなかったんだ。どうせ他人事だしね」
「そうねー。まぁ今色々コンプライアンスだとモンスターペアレンツだの難しい世の中になってるみたいだしねー」
「それでも、それでも…」
ヨシオはそれ以上言葉を発することは無く静かに食事に手を付け始めた。
ヨシオの母親もヨシオの様子が少しおかしいことに気付いてはいたが、深く詮索することはなく食事を口に運び始めた。
それぞれが商品に思いを馳せながら、約束の1週間が経過した。5人は例によって第2世界より迎えに来たオットロが持つ"テレポートカード"によって"デパートアトランティス"の前に集まっていた。
「みなさ~ん、お久しぶりですぅ~。お元気でしたか~?」
「はーい!」
元気よく手を上げながら返事をするのは難民少女エリカ、それ以外の4人は沈黙を貫いていた。
「皆さん、ご希望の商品は決まりましたか~?また決まってないって方ー?」
オットロの確認に手を挙げる者はいなかった。
「お!素晴らしい~。結構決められない方が多いのですが皆さんは優秀ですねぇ~。それでは早速ご希望商品をお伺い出来ますか~?」
「おーし、じゃあ俺からいかせてもらうぜぇ~」
「待て!私からだ!」
「私が先だ!」
ドレッドの申し出にすかさず名乗りを上げたのはギム刑事と殺し屋のギルティだった。
「皆さん落ち着いて。特に早い者勝ちってことはありませんので、お1人ずつ仰ってください~」
3人はお互いに目を合わせ、次の瞬間、驚愕の商品の名称が告げられた。