はじまりはじまり
「馬っ鹿もーーーん!!!なんだこの報告書は!全く売り上げが上がってないじゃろーがっ!」
「ひっ、ひぃぃっ!」
とある一室で男の怒鳴り声が響き渡り、叱責を受けている女性が肩をすくめ怯えていた。
「いいか!次月までにノルマを達成しなかったから降格じゃからな!」
「そ、そんなぁー、せっかく5年もかけて営業部になれたのにぃ…」
ここはどこかの社長室風の部屋、上司らしき中年の男性が女性部下を叱っている場面の様だ。
「それが嫌ならさっさと営業行って来ーーいっ!」
「は、はひぃぃっ!!」
女性は叫び声にも似た返事を告げながら大慌てで部屋を飛び出した。
廊下に出た女性は数回の深呼吸を繰り返し息を整えた後、トボトボと廊下を歩き始める。
「はぁ~、また怒られちゃった…」
その女性はどこかのエレベーターガールの様な明るいベストと白シャツ、そしてタイトスカートに身を包んでいた。
「ノルマ、ノルマって簡単に言わないでほしいよなぁ~、今はただでさえ次の世界上昇直前の時期で不作なのにぃ~…」
女性は廊下を進みオフィスの様な部屋に辿り着いた。
およそ30人分程のデスクが並び連なり、それぞれがパーティションで区切られているどこにでもありそうなオフィスの風景。
女性は自席と思われる場所に腰を落とし、机に突っ伏してブツブツ言い始めた。
「こんな時期に沢山の"運"を貯めてる生物なんてそうそういないよなぁ~…」
女性の様子を隣で見ていた男性が声を掛ける。
「なんだよオットロ、どうしたんだ?また部長に大目玉でもくらったのか?」
「そうなんですよ~、成績悪すぎてお呼び出しもらっちゃって、もう泣きそうですぅ~…」
顔を上げることなく男性の質問に答えるその女性は"オットロ"と呼ばれた。
「まぁ俺たち営業部こそが会社の生命線だからなー、厳しくされるのもしょうがないさ」
襟付きのシャツにネクタイを締めたスレンダーな男性は椅子に大きく寄りかかりオットロを慰めた。
「ですよねー。はぁーあ、私なんかが営業部に入ったのはやっぱり間違いだったんですかねぇ~…」
悲壮な嘆きを呟くオットロを見て男性は何かを思い付いた様に自分のデスクの引き出しを開けた。
そこから何かの資料を取り出すとオットロの後ろに立ち、その用紙でオットロの頭をポンッとはたいた。
「ん?なんですか?」
オットロは顔を上げ男性が差し出した資料を受け取る。
「次はそこを当たってみろよ。俺がリストアップしておいた有力候補の内のひとつだ」
「え!?」
オットロは資料に目を通し始めた。
「そこは第7世界にある"地球"って星だ。まぁ賛否両論あるがどこも手付かずだからまだ"運"を沢山持ってる生物がいるかもよ」
「えぇぇ!本当ですか?いいんですか?先輩」
「あぁ、お前にやるよ」
「ありがとうございます!!」
そう言うと同時にオットロは男性へ勢いよく抱き付いた。
「おわっ、ちょっ、おい、よせ!」
男性は顔を赤らめ戸惑いながらもオットロを自分から引き離した。
「先輩、本当にありがとうございます!この恩は一生忘れません!」
オットロは両手を組み男性へ拝むようにお礼を言う。
「おう!この"地球"って所で一発どデカイ"買い物"取って来い!」
「はい!一発どデカく決めて参ります!私が出世したら先輩は一番の部下にしてあげますからね!」
「あ、あのなぁ…」
「それでは行って参ります!」
そう言い放つとオットロはカバンと上着を取りそそくさとオフィスを出て行ったが、自分の失礼な上から目線と男性の呆れ顔に気付いた様子は一切無かった。
「…ったく、あぁいう抜けてるところが無ければなぁ…」
男性はひとつ小さめのため息をつき椅子に腰を下ろした。その頃オットロは既に建物の外に出ていた。
「よーし!頑張るぞぉ~!」
SF映画に出てくる近未来の様な町の風景と建物、空には小型UFOの様な飛行物体が数多く飛び交う中、空中浮遊をしている人々の姿もあった。
人間らしき人々が多く歩いている中で本来四足歩行するはずの動物が人間の様な服装に身を包み二足歩行で横行している。
中には半魚人の様な見た目の生物や液体の固まりに目玉だけがついている様な物体も当たり前のように街を歩いてるが、オットロ含め周囲の人々に驚いている様子は一切無い。
「えーっと、カードの残量まだ残ってたかな?」
オットロは内胸ポケットに手を入れ一枚のカードを取り出した。
「えぇっと、地球って星は第7世界かー。ここは第2世界だから…んー、ギリギリだなー。帰ってきたらチャージしておかなきゃ」
オットロはそう言うとカードを持った右手を高らかに空へと突き上げた。
「よし、それでは早速”第7世界、地球”へ、テレポート!」
オットロがそう言い終わると、先程までその場にあったはずのオットロの姿は一瞬にしてその場から消え去ってしまった。
「…頑張って来いよ」
オットロが出てきた建物の上層階の窓辺には、その様子を見下ろし静かに呟く先輩男性の姿があった。