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「あら、クレム、お迎えよ」
アディが言うと、クレムは握っていたアディの手を離して思い切り眉をしかめる。名残惜しそうにアディから離れると、さりげなく紙袋を背中に隠した。
「クレメント様! そのお顔は!」
アディと一緒に立ち上がったクレムは、悲鳴をあげた執事から、あわてて赤くなった頬を背けた。
「なんでもない」
「ご用がありましたら、私に申し付けて下さればようございましたのに。一体、どうなされたのですか?」
「……まあ、ちょっと」
それ以上は聞かずに、執事はにこりと笑った。
「向こうに馬車を待たせてあります。さあ、帰りましょう」
「じゃあね、クレム。その顔、早く冷やした方がいいわよ」
これ幸いとアディも手を振る。そのアディに、ぐいとクレムはビスコティを押し付けた。
「とにかく! 王宮になんか行くな!」
「なんであんたにそんなこと言われなきゃいけないのよ」
「何でもだ! 王宮のメイドになるくらいなら、俺のよ……じゃなくて、俺が雇ってやる! じゃあな!」
それだけ言うと、クレムはすたすたと背を向けて歩き出す。アディがその背を見送っていると、数歩いったところでくるりと振り向いた。
「この街から離れるなんて、絶対考えるなよ! わかったな!」
それだけ言うと、もう後ろも見ずに行ってしまった。執事がそのあとを追う。
二人が馬車に乗るのを見て、アディもスーキーと家に向かって歩き始めた。
「お嬢様が王宮にあがること、クレメント様にお話されたのですか?」
歩きながら、スーキーが首をひねる。
「話したというか……つい口がすべって王宮に行くって、言っちゃったの。私が王宮へ行こうがどうしようが、クレムに反対されるようなことじゃないわよね」
なぜクレムが反対するのか。その気持ちに気づいているスーキーは、心底彼に同情した。
「きっと、お寂しいのですよ、お嬢様がキリノアに行ってしまわれるのが」
「寂しかったら、早く結婚でもなんでもすればいいのに。彼、あんなんでも結構もてるのよね。なのにいまだに正妻もいないし、内妻ですら一人もいないのよ? もったいないわよね」
まったくクレムの気持ちに気づいていないアディは、あっけらかんとしたものである。
妻の他にも女性を娶ることが公に許されているこの国では、正妻はともかく、内妻は若いうちから何人か持つのが普通だった。今年十九歳になったクレムはお年頃ど真ん中なので、もう内妻くらいいてもおかしくはない。