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青年は逃げようとする男を追ってその手を掴み、後ろ手にひねって、だんっ! と音を立てて床に倒した。
「怪我はないか?!」
叫んで振り向いたその青年は。
「ルース……?」
眼鏡をかけていないために見慣れない顔をしていたが、確かにそこにいるのはルースだ。だが彼は、いつもの執事の格好ではなく、白い正装をしていた。髪も、なでつけていないために、彼の動きにつれてふわふわと踊っている。
「テオ!」
アディが驚いていると、窓の外から声がかかった。
「大丈夫!?」
窓から、ひょい、と出てきた顔を見て、アディはまた驚く。
「フィル?!」
呼ばれてアディに軽く笑顔を見せると、フィルは男を押さえつけているルースに駆け寄った。
「こいつ一人だけ?」
「ああ、捕まえた。そっちは?」
「僕がへまするわけないじゃん」
窓の外がなにやら騒がしい。どうやら、衛兵が来たようだった。
「フィル! どういうことなの?」
「間にあって良かった。アディも大丈夫だった?」
にっこりといつもの笑顔で言うと、フィルは床に落ちていた短刀を拾い上げた。
「あ、うん。私は大丈夫だけど……」
扉が開く音がしてアディが振り返ると、廊下から幾人もの衛兵が入ってきてルースが捕まえた男に縄をかける。
「これで全部か?」
ルースが言うと、持っていた短刀を衛兵に渡したフィルが顔を引き締めた。
「外で二人捕まえたから、これで全部。案の定、今日を狙ってきたね。あと残るは、例の親玉だけだよ。それより」
フィルは両手を腰に当てて、わざとらしくルースを睨みつける真似をする。
「こいつらは僕が始末するから、無茶するなって言ったじゃん。今日は大事な日だっていうのに、怪我でもしたらどうすんのさ」
「俺が守らないで、誰が彼女を守るんだ」
傲岸に言い放ったルースに、フィルは軽く肩をすくめた。
「あとは僕がやっておく。テオもちゃんと支度して」
その言葉にアディは目を丸くする。
「テオ……って……」
呆然とするアディを見て近づくと、フィルは姿勢を正して微笑んだ。
「改めて自己紹介するね。僕は、フィラント・アクトン。テオフィルス殿下の執事……というか、通常は身代わり役、かな。まあ、つまりは都合よくつかわれている使いっぱしりだね」
「え……え? 殿下の、執事……?」
「そう。それとも、いつもクレムがお世話になっています、の方がいいかな?」
「あ!」
アクトン。それは、クレムのファミリーネームだ。
「じゃあ、王宮に勤めているクレムのお兄様って……」
「そう。僕だよ。名乗った時にわかるかなー、と思ったんだけど、僕の名前、クレムから聞いていなかったみたいだね」
にっこりと笑った顔は、言われてみればどことなくクレムの面影がある。初めてフィルに会った時に感じた既視感は、クレムにつながっていたのだ。
「君のことは、よくクレムから聞いていたんだ。ちゃんと調べるまで、街にいる元気なアディが伯爵令嬢のアデライードだなんて知らなかったけど。クレムもまだ知らないからさ、君がただのメイドとして王宮に来ていると今でも思っている。くれぐれもくれぐれもよろしく、ってそりゃあ強くお願いされたよ」
「クレムが?」
遠く離れた自分をそこまで心配してくれたのかと、アディは胸が熱くなる。やっぱりクレムはいい友人だと再確認しているアディは、きっと弟の気持ちはアディには届いていないんだろうなあ、とフィルが心の中でしみじみと思っていることには気づかなかった。




