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深呼吸をして落ち着いたアディは、月明かりの庭で何かが動くのを目の端にとらえた。
「あら? 何かしら」
タヌキでもいるかと思ったが、大きさからしてどうやら人のようだ。かといって、見回りの衛兵にしては服装がおかしい。フードを被ったその人物は、あたりをうかがうようにして庭の端を横切っていく。その様子を不審に思ってじっと目を凝らしていたアディは、月明かりに照らされたその横顔を見て思わず声をあげた。
「ポーレット?」
夜更けには出歩くな、とルースに言われたことをアディは思い出す。ポーレットのような真面目な女性が、アディのようにしょっちゅう庭に出てるとは思えない。おそらく彼女は、ふらふらしているとあらぬ容疑をかけられて衛兵につかまってしまう、などということは知らないだろう。
ただでさえ今日の事件で衛兵が多くなっているのだ。エレオノーラの騒ぎで忘れていた恐怖が、またアディの足元に忍び寄る。彼女だって、アディのように狙われないとは限らない。
ポーレットにあんな思いをさせるわけにはいかない。
「まったく、もう」
アディはスーキーを起こさないようにそっとベッドを抜けると、ポーレットを捕まえるために扉をあけた。
☆
「どこへ行ったのかしら…」
ポーレットの歩いていった方向に急いでいたアディは、廊下の角を曲がるポーレットを見つけた。
「ポー……」
声をかけようとして気づいた。
この先は、テオフィルス殿下のいる部屋だ。ポーレットが言っていた言葉を思い出す。
『いっそ、王太子のご寝所に忍び込んで肉体的に籠絡してしまえば……』
(ま、まさか……もう行動にうつしたの?!)
案外と度胸のあるポーレットのことだ。考え付いてしまった案を行動に移すのに、それほど躊躇はしないような気がする。
案の定、アディが足音を立てずに角を曲がると、ポーレットはテオフィルスの部屋の前にたたずんでいた。そうしてアディが声をかける前に、ポーレットはそうっと部屋に入ってしまった。
それならそれで、アディが口を出すことじゃない。これでポーレットが王太子妃となっても、アディは悔しいとは思わないだろう。
むしろこのままここにいては、聞こえてはいけない何かが聞こえてくるかもしれない。その方がまずい気がする。
踵を返そうとしたアディの耳に、突然、闇を引き裂いてポーレットの悲鳴が聞こえた。
ただならぬその声音に、アディはあわてて部屋に駆け寄るとためらわずにテオフィルスの部屋の扉をあける。
「ポーレット!」
ポーレットのことで頭がいっぱいになっていたアディは、いつもならそこここにいるはずの衛兵が一人もいないことに気づいていなかった。
以前見た時よりさらに暗い部屋の中で、レースのはだけた天蓋の中、誰かがポーレットを抑え込んでいる姿がうっすらと見えた。一瞬濡れ場かと思ってぎょっとしたが、どうも雰囲気が違う。ポーレットの片手を掴んで後ろ手に回し、うつぶせにシーツへと押さえつけているのは、見慣れた眼鏡の執事だ。
「ルース! 何を……!」
駆け寄ろうとしたアディは、伸ばされた方のポーレットの手に、光る刃があるのを見て足を止めた。その手もルースに掴まれて、ポーレットは動けない。
「残念でしたね。中にいたのが殿下ではなくて」




