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エレオノーラのような気迫や華やかさはないが、物静かなポーレットは博学で度胸もある。およそ考えられる王妃として相応しい雰囲気というものを、彼女はしっかりと備えているようにアディには思えた。
「ポーレットなら、私も祝福するわ。私に姉はいないけど、ポーレットみたいな人がお姉さんだったら、すごく嬉しいと思うもの」
「アデライードは、王太子妃になりたくないの?」
ポーレットは穏やかな顔で聞いた。
「そうね。なりたいことはなりたいけど……ポーレットより自分の方がふさわしい、と今は思えないかしら。ポーレットはやっぱり、王太子妃になりたいの?」
「ええ。そのためにここにいるんですもの。アデライードには申し訳ないけど、負けたくないわ」
そうはっきりと言える強さも、上に立つ者として必要なものだ。
ただ、たった一つだけ、王太子妃になる条件があると国王は言っていた。気にしなくていいとルースは言っていたが、それが決定打となることは間違いない。
「条件て、なんなのかしらね」
首をかしげて言ったアディにしばらく考えてから、ポーレットは言った。
「いっそ、王太子のご寝所に忍び込んで肉体的に籠絡してしまえば条件なんて……」
「ええ?! あの、いくらなんでもそれは……!」
おっとりとした顔でものすごい発言をしたポーレットに、アディはあわてて言葉を遮る。
「まだ私たちのうちどちらが選ばれるかなんてわからないんだから。あせっちゃだめよ」
「……そうね」
柔らかい笑顔を浮かべるポーレットの本心がつかめないことに、アディはようやく気づいた。
ポーレットはいつも笑顔を絶やさない。けれど、その笑顔の中には、どんな感情が含まれているのだろう。
アディの目の前で、ポーレットは笑んだまま、またカップを手に取った。
☆
その夜。
アディは、なかなか寝付けずにいた。エレオノーラを迎えに来たブライアン。誰かを想うポーレット。
二人とも、アディが初めて見る女の顔をしていた。
アディは、まだ自分が恋も知らないことを初めて残念に思った。
自分が貴族の令嬢であるがゆえに、いつか自分が結婚するならそれは家同士の政略結婚であるだろうということを前提にアディは生きてきた。だから、人を好きになるという当たり前の感情を実は自分も持てるという事を、今まで考えてこなかったように思う。ましてや、今の自分は王太子妃となるためにここにいるのだ。自分が恋をするなら、それは王太子殿下に他ならない。
けれど、エレオノーラやポーレットを見て、少しだけ彼女たちがうらやましいと思ってしまった。
ポーレットのように、その人のことを思い出すだけで頬が熱くなるような気持ちを、自分は知らない。
そう考えていたアディの胸に、ふいに一人の顔がよぎる。
思いがけないその人物に、アディはがばりと起き上った。なぜか、体がむずがゆいような熱さを感じる。
「ないない! ないわ! そりゃ、前よりは嫌な奴とは思わないけど……! 思わないけど……」
胸の鼓動が速くなる。王太子以外に好意を寄せるなんて、あってはならないことなのだ。それはわかっているが、自分の胸に初めて感じるその熱さの理由を、アディはうすうす理解し始めていた。
「私は……」
「お嬢様……?」
アディの声に気づいて、スーキーが隣の部屋から顔を出した。眠そうなその顔に、アディはあわてて謝る。
「ごめんなさい。ちょっと寝ぼけたみたい」
「そうですか。落ち着くように、お茶でもいれましょうか?」
「いいえ、大丈夫よ。ありがとう、スーキー」
なにかあったらお呼びください、と言って、スーキーは自分の部屋へと戻った。




