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「北の塔だ」
「衛兵!」
フィルが見上げた先には、高い見張りの塔があった。ルースの声に反応して、廊下にいた衛兵が扉をあける。
「北の塔に侵入者! 追え!」
「はっ!」
第二矢がこないことを確認したルースが、アディから離れる。窓を閉めたフィルは、塔を睨むように見上げていた。
「ふーん、あの距離から矢をかけてきたのか」
「あわよくば、くらいの気持ちだろう。本気で狙ってくるには距離がありすぎる」
「すぐ裏が通りに通じる森だ。いつも衛兵が詰めていると思って、油断したね。まわりの木をきれいに刈り込んだのが裏目に出たかな」
「至急、衛兵の配置を見直そう」
机の上に落ちた矢を取りあげながら、苦々しくルースが言った。
ようやく何が起こったのかを悟ったアディの本を持つ腕が、かたかたと小さく震える。
「な、んで……」
矢は、アディの耳元をかすめていた。ほとんど勢いもなく落ちてきたことを考えても、その矢が刺さったからと言って死ぬ可能性は少なかっただろう。だが、その矢尻に毒でもぬってあったら話は別だ。あとほんの少しずれていたら、アディはその矢を受けていたかもしれない。
閉められた窓のガラスは厚く、使われた矢で貫通することはできない。
「衛兵が塔へ向かったから心配しなくていいよ」
安心させるようにフィルが言った。ルースは、かたまったままのアディの腕から、そっと本をとりあげる。
「もう大丈夫です」
珍しいルースの優しい声を聞いても、アディは体の奥から湧いて来る震えを止められなかった。
人に矢を射かけるなど、冗談ですることではない。その矢は、確実に人を傷つけることを意図されて放たれたのだ。ここは離れとはいえ王宮内。まさか、そんなことをするものがいるとは、アディは考えてもいなかった。
いや、昨日、フィルは言っていなかっただろうか。王太子を暗殺しようとするものが、王宮内にいることを。
「この矢は……誰を……」
震えるアディの声に、ルースとフィルは目を見合わせる。
ルースだとは考えにくい。危険をおかしてただの執事を狙う事はしないだろう。もしかしたら、フィルもなにか自身の立場で命を狙われるような問題ごとを抱えているのかもしれない。
そして、アディも。
彼女が狙われるとしたら、王太子妃になるかもしれないという存在だからだ。
気をつけて、と昨日フィルに言われた時は、他人事のように聞いていた。けれど今はまざまざと実感できる。この王宮に、自分の近くに、悪意を持って誰かを害そうとするものがいることを。
怖い、という感情を、アディはこの王宮に来てから初めて持った。
ふいに、アディの背中がふわりと温かくなった。
「怖い思いをさせてしまい、申し訳ありません」
ルースは、自分の重みをアディに預けるように、座ったままの彼女を背中から抱きしめていた。矢からアディを守ろうとした激しい勢いではなく、安心させるようにそうっと、温かく。
フィルは何も言わないで外を見ている。
「ご心配なさらないでください。誰にも、あなたを傷つけたりさせません。あなたの執事である私が、必ず守ります」
アディは、自分の体に回された力強い腕に、ぎゅっとすがりつく。震える体を包み込んでくれる温かさが、今は何よりも頼れる気がした。ルースの言葉で泣きそうになっている自分を自覚して、きゅっと唇をかみしめる。
「このままだと、はなみず、つきますよ」
「それをネタに強請るという手もありますね」
それを聞いて笑おうとしたアディの目から、一粒の涙がこぼれた。一度涙腺が決壊すると、あとはもう止められない。
声を殺して泣き続けるアディを、ルースは黙って抱きしめていた。




