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「共に教会で学んだ友人です。口も態度も悪い子爵家の次男坊で、しょっちゅう私とは喧嘩ばかりしていました。ホント、憎たらしいんですよ? でも、こちらで働いている兄のために、彼の好きなビスコッティをこっそりと用意する優しいところもあって……?」
思い出しながら話していると、ふいにアディは背後に気配を感じた。何気なく振り向くと、くい、とそのあごを持ち上げられる。
何が起こったのかわからなかった。
気がついた時には、アディの口は塞がれていた。ルースの唇で。
頭が真っ白になったアディは、ルースが離れても動けなかった。そんなアディを、ルースは無表情な顔で見下ろす。
「俺の前で他の男の話をするな」
「いっ……! 今……! なにを……?!」
「おや、キスは初めてですか?」
言葉遣いを敬語に戻したルースは、平然とした態度で言った。
「安心してください。私も初めてですから」
「だからってっ! 何をっ、どう安心しろと! 私は、あの! 王太子妃として、ふさわしい! 清い純潔を!」
動揺したアディは、自分でも何を言っているのかわからなくなった。
「うるさいですね。もう一度その口、ふさぎますよ?」
アディは、ばしりと両手で自分の口を覆った。再び同じことをされてはたまらない。
「……な、慣れてますね」
言外に初めてという言葉を疑うと、ルースは口の端だけをあげて笑った。
「こんなに清い体の私に、何を言うのです」
アディの言葉尻をとらえて返すその姿は、うさんくさいことこの上ない。そんな顔でアディがルースを見上げていると、ふいにルースが眉をしかめた。
「何をしているのです?」
それが自分の背後にかけられた言葉だと気づいて、アディは振り向いた。
「何か賑やかそうだったから、来ちゃった」
すると、窓枠を乗り越えて、フィルが図書室へと入ってくるところだった。ルースが盛大にため息をつく。
「来ちゃった、じゃないでしょう。すぐにお戻り下さい」
「ちょっとくらいいいじゃん。僕、昼まではもう何の予定もないし。アディと二人だけなんでしょ? やらしいなあ。何の勉強してたの? 人生勉強? それとも恋愛について?」
「どれも違います」
「ああ、オリベスラ語ね」
アディの目の前にあった本をペラペラとめくりながら、フィルが言った。行儀悪く机に腰掛けたフィルを、アディは見上げる。
「フィルもわかるの?」
「女性ならともかく、この国の男ならたいていわかるんじゃない? 僕が手とり足取り教えてあげようか? ルースよりきっと優しいよ?」
言いながらアディの手を握ったフィルの手を、ルースがばしりと叩き落とす。
「お、か、え、り、く、だ、さ、い」
低い声に、アディの方がびくりと肩をすくめた。だが、フィルは平然としたものだ。
「邪魔はしないよ。ルースがアディをいじめないか見張っているだけ」
どうやってもフィルに帰るつもりがないことを悟ると、ルースは再び深い溜息をついた。
「アデライード様。これは無視して結構です。いないものと思ってください」
「はあ……」
おどろおどろしい声でルースが言って、アディがまた本を手にした時だった。
ぽとっ。
アディの目の前の机に、一本の矢が落ちてきた。
(え?)
と、アディが思った次の瞬間、すばやい動作でルースがアディの体を自分の腕に抱え込んだ。窓から庭へと身を乗り出そうとするフィルに、ルースが叫ぶ。
「追うな!」
その一言で、フィルの動きが止まる。飛び出そうとしたままの格好で外を睨んでフィルが言った。




