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「アデライード様がこの離宮にいらした時を、よく覚えておりますよ。なんと可愛らしいお嬢様がいらっしゃったのかと、嬉しくなったものです。王太子殿下も、アデライード様が王太子妃として選ばれたのなら、さぞお喜びになるでしょう」
その言葉で、はっとアディは思い出す。
そうだ。自分は、王太子妃となるためにここへきているのだ。
浮かれていた気分がみるみるひいて、体が冷たくなっていく。ここにいる間、自分が考えていいのは王太子のことだけだ。
アディは、いつの間にかルースのことばかり考えている自分に気づいてしまった。
「あの、マルセラはテオフィルス様にお会いしたことがありますか?」
心に浮かんだ顔を振り払うようにアディは、無理やり意識を王太子へと向けた。唐突な質問に、マルセラは目を丸くする。
「そうですね。……何度かは」
「どのような方なのでしょう。私もこちらに来てから一度、天蓋のレース越しにしかお会いしていないので」
マルセラは、少し考え込むようにしてから言った。
「お寂しい方です。窮屈な生活の中で、信じられる方も少なく……せめて、自由に散策くらいできるようになるとよいのですけれど」
やはり、ルースやフィルの言っていた通り、王太子は孤独なのだろう。
「フィルも、同じことを言っていました。それに私にまで、この王宮にいる間は、誰も信じてはいけない、と」
「フィルをご存じなのですか?」
意外なことを聞いたように、マルセラが目を見開いた。
「存じている、というほどでもありませんけれど、先ほども一緒に話をしておりました。そういえば、フィルはどういった方なのでしょうか?」
何気なく聞くと、マルセラはふいっと視線をそらした。
「お知り合いになったのでしたら、いずれ本人が話すでしょう。あの子は嘘をつくような子ではないので、いつかお知りになることができると思います。……では、私はこれで失礼しますね」
いつの間にか二人は、アディの部屋の前まで来ていた。
「ありがとうございました」
「いえ。……アデライード様」
「はい?」
少しためらってから、マルセラは言った。
「ルースは、今はあなたの専属執事なのでしたわね」
「はい」
「あの通りの方ですけれど……どうか、よろしくお願いいたします」
深々と頭を下げるマルセラに、アディは慌てて言った。
「いえ、こちらこそ彼にはいつもお世話になっていて……」
「ルースにあんな顔をさせることのできるお方は、そういないと思います。きっと彼にとって、あなたは特別な方なのでしょう」
「私は……」
言葉に詰まったアディを見て、マルセラははっと気づいたように言った。
「アデライード様のお立場も考えず、差し出がましいことを申しました。お許しください」
どうやら思ったよりマルセラは、ルースに対して強い感情を持っているようだ。確かにあんな性格を知っていれば、人付き合いをうまくやっていけるか心配にはなるだろう。
そうやってマルセラがルースの事を心配する気持ちを、アディは愛おしいと感じた。
アディはそっと彼女の手を取ると、その瞳を見つめる。
「もしも私が王太子妃になることができましたら、あなたやルースと共に、王太子殿下を支えていきたいと思います。その時はよろしくお願いしますね」
微笑むアディに、マルセラは一瞬目を丸くしてから、はい、と顔をほころばせて答えた。




