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イジワル執事と王太子は伯爵令嬢を惑わせる  作者: 和泉 利依
第四章

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- 8 -

「ル、ルース……?」

「フィルの匂いがする」

 言われて、アディは先ほどフィルに抱きしめられたことを思い出した。わずかに残る甘い香りは、確かに自分のものではない。

「あ、さっき……」

 言いかけて、口をつぐむ。男性に抱きしめられたなど、言えるわけがない。


「フィルに、何をされました?」

 ルースの顔がさらに近づいてきてアディは後ずさろうとするが、腕を掴まれていてそれ以上は動けない。

「な、何も……」

「言いなさい。何かされましたか?」

「されてません」

 嘘をつくことに慣れていないアディは、耐えられずに目を逸らした。


「……あなたから他の男の匂いがするのは気に入らないですね」

 そうつぶやくと、ルースはアディを引き寄せて自分の胸に抱きしめた。


「ル、ル……!!」

「静かに。人が来ますよ」

「でもっ……!」

「黙って」

 アディを抱く腕に、力がこめられる。ルースがアディの髪に顔をうずめて言った。

「このまま、あなたを私のものにしてしまいましょうか」

「!!」


 アディの胸が、どきどきと早い鼓動を刻む。押し付けられたルースの胸からも、フィルと同じ甘い香りがした。おそらく、城で使っている香かなにかなのだろう。

 けれどそれは、同じようでいてフィルとは違う。やはりルース独特の香りだ。


 自分にはない香りと抱きしめられた腕や胸の硬さに、目の前にいるのが執事である前に一人の男である事を、アディははっきりと思い知らされた。


「覚えておけ」

「……え?」

「これが、俺の匂いだ」

 意地悪な声でも、面白がっている声でもない。どこか切羽詰まったようなルースの声に、アディは返す言葉がなかった。


  ☆


 やがてゆっくりと体を離すと、ルースはアディの指に自分のそれを絡めた。そうして離宮へ向かって歩き始めたルースに、引っ張られるようにしてアディはついて行く。

 お互い何も言わなかった。


 ふわふわとした沈黙に包まれながら、アディは目の前の高い背中を見上げる。


 まだ、心臓がどきどきしていた。うまく息もできないけれど、決してそれは嫌な気持ちではなかった。

 ルースの表情が見えないのが怖くもあり、けれど見えないことで安堵もする。今は、彼から冷たい言葉を聞きたくなかった。絞り出すような熱のこもった声音だけを覚えておきたかった。

 けれど、なぜそんな風に自分が思うのか、アディにはまだわからなかった。

 ただ一つ気になることは。

 ルースは、今、何を思っているのだろう。


 二人が離宮へ近づくと、中から一人の女性が出てくるのが見えた。なにやらあちこちに視線をさまよわせている様子に気づいて、ルースが声をかける。

「どうしたのですか、マルセラ」


「ああ、ルース」

 彼女はルースを見つけると、ほっとしたように近づいてきた。

 アディは、あわててルースから指を離す。ルースは、ちらりと視線をよこしただけで何も言わなかった。


「フィルを見かけなかった? どこにもいないのよ」

 年配の女性だった。服装からして、女官らしい。

「先ほどあちらのガゼボにいましたので、さっさと戻るように言いました」

 それを聞くと、女性は安堵したようにため息をついた。

「そう。よかったこと。まったくあの子は……」

 なにか言いかけて、彼女はちらりとアディを見る。それに気づいて、ルースが言った。


「モントクローゼス伯爵令嬢、アデライード様です」

 はっと、その女性は顔を引きしめると、膝を折って礼の形をとった。アディがどういう立場なのか、瞬時に理解したようだ。

「マルセラ・ラガルドです。こちらの離宮に務めております」

「アデライード・モントクローゼスです」

 軽く膝を折って、アディも淑女の礼をとる。

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